理由もなくこればかり聴いてしまうCDのコーナー

CDはたくさんあるのですが、なぜか、いつもこればかり聴いてしまうCDを紹介します。

 

 

 

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クリスマスアルバムのコーナー                          








す ばら しい明日に向かって

その4


   すばら しい明日に向かって http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.htm

意識のあ らゆる形は、絶えず運動している素粒子の海を泳いでいます。
あなた方の意識は、これらの粒子を識別して選び、自由に使います。

素粒子は、実在する世界の全ての領域に常に繋がっていて、活発に働いて現実を構築しています。
いま起こっている加速がもっと進行して、太陽系が宇宙の新しい領域を通過するのに対応して、あなた方は、これらの領域が与えてくれる新しいエネルギーのダ ンスに、個人として参画する必要があります。

様々なタイプの天空の活動は、意識のコードを、 《いのち》の名誉、気品、目的、そして尊厳が回復するように活性化して、集合としての人類の認識を、新しい 理解レベルへ強く放り出すのに、極めて重要な役割を持っています。


直前のパラグラフで解説した、《魂》または《意識》が、《常時この宇宙のあらゆる存在や情報源にアクセスする能力も持って》いることの、物理学的側面は、 ここにいう「素粒子」が、情報の媒体の役割を担ってい ることです。
様々なタイプの 天空の活動」とは、「この時代」に銀河中心から送られて くる特別のエネルギー、それを受けて異常に活性化している太陽活動などを指します。

それが、「人類の認識を、新しい理解レベルへ強く放り出すのに、極めて重要な 役割を持って」いるというわけです。

それらは、「この時代」に生きる私たちの与件 です。
こうした環境がお膳立てしてくれる「新しいエネルギーのダンス」 に、積極的に「個人として参画する」ことが時代の要請 です。



(以上:引用)





さて、この図ですが・・・・



先達て、「精神レベルは、上下の直線ではなく、もっ と多次元ではないか?」という話で、「螺旋の形から平面になり、中心の点・・・これが0(ゼロ)点であり、これが精神レベルの有り様を語るなら、あるべき (?)姿なのではないか?」というような話をしましたがそれの、私の観念的イメージは、こんな感じです。


光学マウスでのフリーハンドの部分がありますので、あまりうまくありませんが・・・。

色の種類は、精神レベルを考える要素です。
そして、もし目指すものがある、というのなら、真ん中の赤い点のところです。

浅見帆帆子さんの言っているようなことを考慮すると、流れは螺旋なのかもしれません。
螺旋だとしたら、緑色の線のような具合で進んでいきます。

価格ドットコム」の製品評価や、企業での多角的評価なども、円を使います が、それは、外側に伸びて行き、丸が塗りつぶされるのと100点満点ですね。



ここでは、内側へ伸びて行き、面積が小さいほど、良 く(?)、0(ゼロ)点、つまり点になってしまうのが、満点(?)に対応するものです。

今森田健さんの「自分ひとりでは変われないあなたへ」(講談社:2005年発行)を読んでいますが、似たような図が出てきます。
同じようなことを言っているのかどうかは、分かりませんが、外に広がらず、内へ向かっていることだけは、似ているようです。


中央の点ですが、点というのは、面白いですね。

3次元で、印刷されたものとしての点は、いくら小さくても、面積はあります。
面積がある限り、拡大してみて見れば、前も、後ろもあります。

しかし、ここで言っている点は、面積があるか、と言えば、微妙です。
少なくとも、前も、後ろもなく、
それでいて、存在しているからには、面積はあるにはあるのでしょうが、その面積は、おそらく余計なものがまったくなく、この世、つまり3次元での最小単位 の大きさである、そんな存在です。


エハンさん式の精神レベルですが・・・
上下もそうですが、仮に直線にするなら、


0−−−−−−−−−−−−100−−−−

のようになるはずです。
これを考えると、0は、別に一番良い点でも何でもありません。

0は、0点で、あり、一つの価値も無い、というような意味に近いです。
もちろん、人権とは別の話で。


−100−−−−−−−−−−−0−−−−−−−− −−−−100−−−−
これも、良く見ますが、きっと、基準点として決めた0が、存在し、自然界に、その基準点よりも、下の度数が存在する場合のメーターですね。

気温ならマイナス10度が0度でも良かったわけです。


こう考えていくと、一番最後の点があるレベルというのは、何か逆に分かりやすいように感じます。

お金をかける、ということを考えると、いくらでも、上がありますね。
お金をかけない、ということを考えると、0円以下はありませんね。

やはり、0に向かう考え方というのは、何か正しいように感じます。

船井幸雄さんの「資本主義のもっと、もっと、という考え方が・・・」を考えても、何となくしっくりくるものがあります。
但し、ここでの0とは、きっと、心を裸にする、という意味に”近い”ようですので、物質的な0を、目指すとは、きっと違うものなのでしょう。

みなさんは、どう思うでしょうか?







さて・・・

様々なタイプの天空の活動は、意識のコードを《いのち》の名誉、気品、目的、そして尊厳が回復するように活性化し て、集合としての人類の認識を、新しい 理解レベルへ強く放り出すのに、極めて重要な役割を持っています。
と書かれています。

もちろん原文は日本語ではないはずですので、翻訳なのでしょうが、「
《いの ち》の名誉、気 品、目的、そして尊厳」という言葉は、0に向かう、という私(?)の発想からすると、若干違和感があります。
何か、内側ではなく、外側に向かって、点とは離れてしまうような感覚があります。
もちろん、言わんとすることは、感覚で分るのですが。

原文は分かりませんが、もし日本人が直接宇宙意識から聞いたのならば、なんと感じたでしょうか?

名誉は喜び、
気品は輝き、
目的は意味
尊厳は真実

であったら、何となく、0地点合致しやすいように感じます。


みなさんなら、どう宇宙意識の言葉を聞いたでしょうか?






様々なタイプの 天空の活動」とは、「この時代」に銀河中心から送られて くる特別のエネルギー、それを受けて異常に活性化している太陽活動などを指します。
それが、「人類の認識を、新しい理解レベルへ強く放り出すのに、極めて重要な 役割を持って」いるというわけです。

それらは、「この時代」に生きる私たちの与件 です。
こうした環境がお膳立てしてくれる「新しいエネルギーのダンス」 に、積極的に「個人として参画する」ことが時代の要請 です。


とあります。
何度も出てきていますが、太陽と宇宙エネルギーが、ポイントのようです。

こうした環境がお膳立てしてくれる「新しいエネルギーのダンス」 に、積極的に「個人として参画する」ことが時代の要請 です。
とありますが、これも、政木和三さんではありませんが、「これをすることにより、地球、宇宙を救うと言う善行ができる」などとは、思わないほうが、きっと 良いのだと感じます。

その思いは、我欲も入りますし、本当の善行にはなり得ないようです。

「これをすることにより、地球、宇宙を救える」
は、きっとまだ、良いのでしょう。
善行かどうかに関わらず、その人は地球を変えたい、宇宙を変えたい、と思っていて、それに素直に従っているだけなのだと感じます。

あるいは、本当は、今この瞬間、自分がやってみたいことを素直にやれば、それで良いのかもしれません。
この啓示が正しければ、すでに、みんな宇宙エネルギーを受けている訳です。
何かのDNAが開いたり、閉じたりしたのかもしれません。

みなさんは、どう思うでしょうか?




その5

   すばら しい明日に向かって http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.htm


あ なた方の祖先の多くは、現代人が時間と空間の唯一の解釈として信奉している、「直線仮定」を超えて見る能力を発展させ活用しました。
時間は同時に存在して いるので、知性を持つ多くの存在たちは、彼らの意識の焦点をあなた方の方向に合わせることによって、あなた方の「いま」を観察し、あなた方やあなた方の世 界と互いに影響し合うことができます。

彼らは、エネルギーが加速される時代は、無力感の波動が癒される機会を提供してくれるので、《ナノセカンド》に引き付けられています。

あなたが既に行った体験は、時間の外の視点から再解釈して理解することができるのです。
そして、一旦あなたが多次元的な創造者であることを本当に実感することができれば、《いのち》には、今の時代をはるかに超えて波紋を広げる、特質と目的が あることが分かるでしょう。

あなたが、いったんこの認識に心を開くことができれば、あなたの新しい知恵が、あなたの能力の最高のものを引き出すでしょう。

そして、一旦あなたが、現実のより大きい全体像を見ることができれば、あなたとあなたの遺伝系統を梗塞している、強固な犠牲者感や無力感を解き放つことが できるでしょう。


直線仮定」とは、時間が過去から未来へ直線的に進ん でおり、したがって文明も、原始時代のレベルから現代の水準へ直線的に発展して来たとする《思い込み》のことです。

実際には、過去からでも未来からでも、「知性を持つ多くの存在たち」が、簡単に私たちに「互いに影響し合う」ことができます。

その方法は、単に「彼らの意識の焦点をあなた方の方向に合わせ」 るだけです。
私たちの「祖先の多く」は、こうしたことを理解してい て、多次元との交流を発展させたのです。


あなたが既に行った体験は、時間の外の視点から再解釈して理解することがで き」ますというのは、
まるで《敗者復活》が出来るようなものです。
その時点では、(狭い視野しか持ち合わせていなかったので)「失 敗した」「まずいことをした」「ああすればよかったのに」などと後悔したことでも、実は、高く広い視野から見れば「《いのち》には、今の時代をはるかに超えて波紋を広げる、特質と目的がある」 ことが分かるといいます。


そして、「いったんこの認識に心を開くことができれば」、「あなたの能力の最高のものを引き出す」ことが出来るだけでなく、「遺伝系統を梗塞している、強固な犠牲者感や無力感を解き放つことができる」 というわけです。




(以 上:引用)

時間という概念は高次元ではない、ということだと思 います。
多くの人が語っていますので、その可能性が高いですね。


直線仮定」とは、時間が過去から未来へ直線的に進ん でおり、したがって文明も、原始時代のレベルから現代の水準へ直線的に発展して来たとする《思い込み》のことです。
実際には、過去からでも未来からでも、「知性を持つ多くの存在たち」が、簡単に私たちに「互いに影響し合う」ことができます。


ですが、直線仮説という名前までついていたとは知りませんでした。

セスは語る」(1999年発行ナチュラルスピリット社) では、「今こうしている時ですら、あなたの前世も、 その前の世も行き続けている・・・」というような書き方がされていたように思います。
しかし、この「セス」の言っていることが、誤訳でも、なんでもないとすると、いくらか言っていることは異なるのでしょうか?
私の理解間違えかもしれません。



「セス」式ですと、今生き続けている過去世達と、「夢の中」などで、交信しあっている、というような内容が、私には、特長的でしたが。

しかし、上のでは、接触してくるのが高次元の存在だけのようにも読めます。
しかし・・・


・・・いろいろ考えると、時間もまた0地点であり、肉体が何かに同期しているから時間が過去から現在に流れているように感じられるだけであり、この3次元 でも、そして、それ以上の高次元でも、基本的には時間などない、そして、肉体の制約を離れられる存在は、3次元の存在であろうと、高次元の存在であろう と、3次元で言われている過去の存在でも、今の存在でも、未来の存在でも、いつでも、コンタクトしあえる、ということなのでしょう。



その方法は、単に「彼らの意識の焦点をあなた方の方向に合わせ」 るだけです。
ですが、これは、時間は波動である、ということを言っているのでしょう。

何度か書きましたが、波動は、周波数と波長ですので、きっと、2005年11月6日2時31分と周波数にあわせて、特定の波長で、チューニングすれば、そ れが、
彼らの意識の焦点をあなた方の方向に合わせということになるのでしょう。

何もこれはむつかしいことではなく、今使っているWINDOWS OSで、大抵は右下にある時計をクリックすると、カレンダーと時計が出てきますが、そこ で、日付と時間を合わせるのと同じことなのでしょう。
波長まで考えれば、それは正にラジオのチューニングですね。


エハンさんは、先達ての船井幸雄オープンワールドで、「タイムマシンはできません。この体は時空を超えることはできませんので」というようなことを言って いました。
確かにそうなのだと思います。
時間の概念に縛られているのは、正に、この肉体があるからなのでしょう。
そして、目のシャッタースピードというか、時間当たりのコマ数というか、それもまた「時間」と同期しているからでしょうか。

この意味で、仏教では、肉体から離れることが、悟りへの道である、というようなことを説いているのかもしれません。
しかし「自分の中にいる神」を考えれば、必ずしもそうではないのでしょう。
内側から高次元に入り込む、ということですが。
外側に向かうから、「外側」重視になるのかもしれませんね・・・。



みなさんは、どう思うでしょうか?





時間の外 の視点から再解釈して理解することができるのです。
そして、一旦あなたが多次元的な創造者であることを本当に実 感することができれば、《いのち》には、今の時代をはるかに超えて波紋を広げる、特質と目的が あることが分かるでしょう。


とあります。

我々が多次元的な創造者であるのなら、やはり、高次元(5次元か?)まで、運命は決まっている可能性は高いと感じます。
でないと、我々のあり方が多次元の創造者たりえないと感じます。
しかしながら、何らかの方法で、我々は運命を変更できるようです。
そうでないと、また、高次元の創造者でありえないでしょう。




私たちの「祖先の多く」は、こうしたことを理解してい て、多次元との交流を発展させたのです。
とあります。
これは、何を意味しているのでしょうか?
少し分かりませんが・・・。

古代人ということでしょうか?
少なくとも、嫉妬のDNAがONになる前のは、みんな出来ていたと考えても不思議ではないように感じます。

まずは人と比べない、ということでしょうか(笑)?

人と比べないで、しかし、一生懸命生きる・・・

政木和三さんは面白いことを書いています。

「未来への発想法」(1996年:東洋経済新報社)
(231ページより引用)

『昔の人の教えに「道の上にある黒い意志を踏むな」というのがあるが、これも同じである。遠くにある目標は見なくても決まっている。下を見て、地面の黒い 意志を踏まぬようにこまやかに観察し、一歩一歩確実に歩め、とのことなのである。目的ばかりを追った「一生懸命」では、ふんぞり返るだけで足もとがおぼつ かなく、なかなか上へと進まない。一歩ずつ確実に進むには「一所懸命」、これが大切である。
これは、ゴルフにも通じることで、「汝のゴルフ場は、汝のア言うもと1メートル四方だけである」の神示と同じである。自分のすることは、足もと1メートル 平方の中で足をふんばい方向を決め、飛ばそうとの欲望を捨て、「クラブヘッドをボールに当てるだけ」という意味である。
(中略)
どんなことでも、人生における生き方でも、まず、自分のすることは自分の足もとのみをみつめ、一歩一歩確実に歩むこと、一所懸命に実行することが、最も大 事なことなのである。』

(以上・引用)

一生懸命ではなく、一所懸命だと言っています。
階段を上るなら、目的地、頂上を見ず、足元の石を踏まないように注意でもするように、自分の足元1メートル四方を見ながら上がれば、いつのまにか上がって いるのだ、ということなのだと思います。

政木和三さんは、強情な人だったそうですが、何かこういう言い回しにも、それが出ているようで、読んでいると楽しくなってきます(笑)。

政木和三さんについていろいろ読んでいると、「面白い人だなぁ」と感じることが良くにあります。

「東条総理」に掛け合ったり、「スプーンまげが怪しからん」といってテレビ局に電話をしたり、「円盤がいついつどこそこへ来る」 と言っている超能力者をフーチで測定して、「絶対にありません。今すぐ、謝罪広告を出しなさい」と言ったり、講演を10分くらいで止めてしまったり、実に 自由な人です。
もちろん暴力などは絶対にしませんが。


足もとは見るが、人がどう出世した、どううまくやった、ということも、見ないのでしょう。
というよりきっと生まれつきそういうことが気にならないので、書いていないのでしょう。

どうも、人と比べないの極意は、「人の進捗状況を見ない」ということにあるのかもしれません。
少し、飛躍しているでしょうか?

その意味でも、確かに、一生懸命ではなく、一所懸命ですね。



みなさんはどう思うでしょうか?










あなたが既に行った体験は、時間の外の視点から再解釈して理解することがで き」ますというのは、
まるで《敗者復活》が出来るようなものです。
その時点では、(狭い視野しか持ち合わせていなかったので)「失 敗した」「まずいことをした」「ああすればよかったのに」などと後悔したことでも、実は、高く広い視野から見れば「《いのち》には、今の 時代をはるかに超えて波紋を広げる、特質と目的がある」 ことが分かるといいます。


そして、「いったんこの認識に心を開くことができれば」、「あなたの能力の最高のものを引き出す」ことが出来るだけでなく、「遺伝系統を梗塞している、強固な犠牲者感や無力感を解き放つことができる というわけです。


ですが・・・

強固な犠牲者感や無力感が、遺伝系統を梗塞している、と書いていま す。
要するに、DNAが開かなくなっている、ということでしょうか?

犠牲者感とは、おそらく、「この資本主義下だから、〜なんだ」とか、「長男だから〜なんだ」というようなことでしょう。
平たく言えば、「運命」のことでしょうか?

考えるに、
運命が決まっていて変えられないものであるならあるで、犠牲者感が沸き、
運命が変えられるものでありながら、変えられなければ、それはそれでまた、犠牲者感というのは、有り得るのでしょう。

逆に、
運命が決まっていて変えられないものであるなら、は なから自分に責任はないので、犠牲者感など持つ必要もなく、
運命が変えられるものでありながら、変えられなければ、それはそれでまた、今流行の、一種の自己責任、というように考えることもできるのかもしれません。

しかし、運命変更の方法を知っていればそうかもしれませんが、知らない、そして、決して広く知れ渡っている訳ではない、となると、必ずしも、自己責任とは 言えないでしょう。

増して、少なくとも、この60年間くらいは、金銭面だけで見れば、なりふり構わず、精神的に見て、汚い手段であっても、猪突猛進すれば、とりあえず成功で きた面もあったわけですので、普通に生きていると、何がなんだか分らなくなっても不思議ではないようにも感じます。

しかし・・・
今、普通に生きていれば、と書きましたが、もし、サラリーマンだろうが、何だろうが、そして、出世しようがすまいが、苦手だろうが得意だろうが、体を壊そ うが、健康にやれようが、いくらか非道でも、何でもいいよ、と思えれば、何も運命変更になど苦しむ必要はないのかもしれませんね。

それでも、そういう人はなかなかいないと感じますが、どうなのでしょうか?


私は仕事の種類とか会社の規模には、ほとんど興味がありません。
給料には興味がありますが。
それと体格的に肉体労働は苦手のようですが。
ただし今まで、一番活き活きしていた会社は、一番小さく、一番給料の少なかったところであるのは事実です。
これは、別に、給料が少なくて、小さいところが好きだ、ということではなく、やはり、どんなものにでも人はなれるのでしょうが、人には特性があると感じま す。
あるいは、仕事がいい加減だった、という推測も立ちますが(笑)、そうでもなかったように思います。

六爻占術によれば、生まれた日付と時間によって、性格は決定付けられてしまうようですので、この特性がある、という分析はきっと正しいのでしょう。



船井幸雄さんが良く書くことに、「若くして頭の髪の毛がなくなってしまったことは、とても悲しかったが、今思うと、若い頃から皆に年上だと思われることが 多く仕事がしやすかった・・・・・・」というものがあります。

これを考えると、性格だけではなく、身体的特徴なども、間違いなく運命には関係してくるのだろうと思えます。
それは、むしろ、男性より、女性の方が感じていることのようですね。

最近、「絶対、きれない女性の方が説く」と言う言葉を、良くテレビで聞くようになりましたが、以前は、そうかもしれなくとも、そういう言葉を人前で言う人 はほとんどいなかったように感じます。

それは、女性らしさが変わってしまったのか、意見がはっきり言えるようになったのか、エゴ意識が強くなったのか・・・つまるところ、良くなったのか、悪く なったのか、どちらでもないうのか、良く分かりませんが。






しかし、女性でも、男性でも、流行の顔かたち、スタイルというものは、時代によって相当ことなってきますので、姿かたちと運命と言うのであれば、生まれて きた時代との関係も、一緒に考えなくてはならないのでしょう。

その意味では、政木和三さんの、「人は生まれ変わっても、似たような顔をしている」ということを考えると、いろいろな転生を送っていたのだろうな、という 予想はつきますね(笑)。

民主党の岡田さんなどは、あの侍のような顔立ちが、今回の選挙では、不利を生んだ一つの要素かもしれませんが、最近・・・昭和のある時期あたりくらいだっ たら、とても政治家としてふさわしい顔つきのようにも感じます。
あるいは、それこそ、侍だったら、なかなか二枚目のお侍さんだったかもしれません。








性格の話に戻りますが、良く分かりませんが、「自由が嫌い」という人に、たびたびお目にかかります。
つまり自分で決めたくなかったり、人の指示がどうしても欲しかったり・・・という人ですが。
もちろん、それも含めて自由だと言えばそうかもしれませんが・・・。

岡田多母さんは、
どんなコトでも変えられないものはありません。性格は過去の 経験と思いぐせの集積です。と言っています。

もちろん、ひどく悪い方向にばかりものを考えるということは、問題があるとは思うのですが、性格というのは、果たして全てが過去の思い癖かどうかについ て、考えて見ます。




性格と好みは、一体のようでもあり、あるいは相互に関係しあっているようでもあり、また別のものでもある側面を持っていると感じます。

私の妹などは、映画やドラマのことについて聞いてくると、最後の最後まで話して欲しい、と真剣に思う、という珍しい”性格”です(笑)。
普通は、「あっ、だめだめ、見るとつまらなくなってしまうから」と言うものだと思うのですが。
私の妹は、「見る時つまらないと可愛そうだから、最後は言うないようにしよう」と思い、言わないと、「なんで、教えてくれないのよ。意地悪!!」と本気で 怒ります(怖)。
もっとも、最近は知りませんが。

私は、「妹のケースは、少数派だろうが、30%くらいは世間にいるのかもしれない。何せ、この4人家族の中に一人いるくらいだから」と思っていました。
しかし、どうも、40年以上生きてきて、妹のようなことを言う人間には、まだ。彼女以外に会ったことはありません(謎)。


この妹の特長は、性格なのか、好みなのかと考えますが、好みでしょうか?
性格だとしたら、とても、過去の思い癖は関係ありませんね・・・・・・で終わらそうと思いましたが、そうではなく、やはり「過去の経験」が大きいのかもし れません。
どんな経験かは分かりませんが。
何かそれを導く経験があったのかもしれません。


そうすると、岡田多母さんの
どんなコトでも変えられないものはありません。性格は過去の 経験と思いぐせの集積です。とは、その通りなのかもしれません。

そうすると、森田健さんの、「いつでも、スターとタイン・・・が、運命を変更するかもしれない」、という発想も分るように感じます。

そもそも、生まれた赤ちゃんに、例えば、嫉妬とか、怒りっぽいとか、そういう種類の性格あるのでしょうか?
おそらく、おとなしい、とか、元気、とか、そういう性格はあるように感じますが、ひょっとしたら、嫉妬深いとか、優しい、とか、そういったものは、全て過 去の経験によって作られているのかもしれませんね。


そうとは言え、森田健さんの生まれ変わりの村の調査によれば、生まれたての赤ちゃんでも、
記憶を無くすスープを飲んでいなければ、ちゃんと前世〜あの世で大人として生きてきた”記 憶”は残っているようです。

仮に、スープを飲んでも、DNAレベルなどで、過去が残っているとしたらどうなのでしょうか?
もし、何か残っていたのなら、いくらかの性格も残っているかもしれませんね。
しかしながら、そうだとしても、過去世を含めて、今がスタートタインとしてしまえば、良いのかもしれません。

みなさんはどう思うでしょうか?



しかし、先に書いた特性とこの性格は、どう考えたら良いのでしょうか?
というよりも、やはり、人間には運命的にも、肉体的にも、持って生まれたものと、後からできたものがある。
そして、持って生まれたものには、変えられるものもあれば、そうでないうものもあり、後からできたものには、簡単に変えられるものもあれば、なかなか変え られないものもあるが、基本的には変えられる、ということなのでしょう。

ただし、その変え方は、従来言われてきたように、ただただ一生懸命やれば、変えられるだなんていうものではないようですね。
ちゃんと、方法があるようです。




私は、以前は大変緊張しやすい体質でした。
今でも、特にきれいな女性などにはそうですが(笑)。
きっと、幕張などで開かれる展示会の展示ブースに行って、きれいなお姉さんがいると、緊張して、まともに、資料をもらえないのは私くらいではないでしょう か?
大抵喜びます。
写真を撮るなど、もっての外です。


いろいろ緊張につてい考えますが、どうも、ひとえに緊張と言っても、少なくとも2つの意味がありますね。
一つは、神経が研ぎ澄まされている状態、これは、どちらかと言えばプラス方向にメーターが振れていますね。

逆に、固くなっている・・・これは、そのままの自分に自信のもてない状態であったり、ちゃんと練習ができていない状態、などの時ですね。
私などは分析すると、「良く見せよう、と普通通りに見せよう、の2つがせめぎあってしまい、どうしたら良いのか、分らなくなっている状態」が原因だったよ うですが。



別にそれぞれの対処方法を書こうとは思っていないのですが・・・
私などは、「おまえ緊張していないか?」と言われたりすると、口ではどう言っても、「緊張などしてたまるか」と、意気込むところがありました。
それはひとえに、緊張が、後者の意味を示すものである、と思い込んでいたからだと思います。

少なくとも、前者の場合もあるようですね。
これからは、「おまえ、緊張してないか?」と、他人でも、自分でも、問いかけられたら、「ああ、神経が研ぎ澄まされているよ」と思うことにしてみようと思 います。


初めから緊張に悪い意味など、持っていない人も多くいるようです。


みなさんは、どう思うでしょうか?



 

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