理由もなくこればかり聴いてしまうCDのコーナー
CDはたくさんあるのですが、なぜか、いつもこればかり聴いてしまうCDを紹介します。 |
1〜20 | 21〜40 | 41〜60 | 61〜80 | 81〜100 | 101〜120 | 121〜140 | 141〜160 | 161〜180 | 181〜190 191〜200 |
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201〜220 | 221〜240 | 241〜260 | 261〜280 | 281〜300 |
クリスマスアルバムのコーナー |
181:STARDUST: ナタリー・コール | ||
ナタリーのスタンダード集第二弾です。 こちらは、ナッキンコールの代表曲の内、「スターダスト」がタイトルになっています。 とても良い演奏です。 スターダストとは、星屑という意味です。 昔、スターダスターズという人気ビッグバンドが日本にありました。 リーダーの渡辺ひろしさんは、バンドネオン奏者でしたので、戦後の日本のポップスの状況を色濃く表しています。 当時は(私は生まれていないが)、外国から入ってくる音楽はみな、ジャズとされていたようです。 ですので、マンボ、タンゴ、シャンソン、カンツォーネ、ハワイアン・・・なんでもジャズでくくっていた期間があったようです。 もう少し言えば、軽音楽という言葉を「ジャズ」という言葉に当てはめていたようです。 今は軽音楽という言葉はほとんど使われませんが、私が中学生くらいまでは、良く使われていました。 FM放送の番組タイトルにも、軽音楽という文字が良く見られました。 |
「スターダスト」には名盤がたくさんあります。
ジャズ界では、ライオネル・ハンプトン、アーティ・ショーなどの演奏が有名です。
あの美空ひばりさんも歌っていたと思います。
美しいメロディラインの曲ですが、なかなか覚えにくいメロディでもあります。
5年くらい前までは、私は良くいろいろな人と演奏をしたりしていましたが、「スターダストを歌いたい」というシンガーには一度も会ったことがありませ
ん。
それは、覚えにくいメロディが原因かもしれません。
それでは、なぜその覚えにくいメロディラインが、これほど有名な曲になったのでしょうか?
同じくらい良い曲はいくらでもあるような気がします。
「♪♪ 時々、僕は思うんだ。どうして僕はこんなに寂しい時を過ごさなくてはなら
ないのかと・・・・」
という詞で歌い出されます。
(※バースを除く)
外国では詞が重要でしょうが、日本ではほとんど関係ないと思われますので、やはり覚えにくいが美しいメロディのせいでしょうか?
※バース:作曲者が
意図した実際のAメロ以外に、その前方に付けられた前口上のようなメロ
ディ。
1950年代以前くらいの多くの曲にバースが
付いていますが、演奏されることは、
ほとんどありません。
バースがしばしば演奏される曲として、「スターダスト」以外に、「枯葉」、「フラ
イ・ミー・トウ・ザ・ムーン」などが有名。
特にスターダストのバースは
あまりに有名で、バーヴと思っていない人もいるかもし
れないほどです。
ただ、一つ言えるのは、覚えにくいメロディほど、覚えてしまうと、「好き」度が増す、と言い ますか、「良さが分かる」状態になることが多いようです。
珍味などと呼ばれる食べ物と、非常に似た現象だと思います。
ホギーカーマイケルが星空を見上げていた時に、思いついたメロディだということです。
なかなかロマンチックです。
最近は、この話をイメージして心に星空を思い浮かべますと、池田邦吉さんと船井幸雄さんによ る「あしたの世界」(2004年3月:明窓出版)の関英男さんのページの星空を思い出します。
この本の114ページには、関英男さんと佐々木将人さんによる「心は宇宙の鏡」の一部が掲載されています。
この本は出版社がなくなってしまったようで、絶版になっており、時々オーションで2万円くらいで売っています。
そこには、関さんが大学を出てすぐに就職した通信・アンテナ関係の会社でのある夜のことが書かれています。
受信機のテストをしていた時、通常の電波の音とは違う音が聞えてきたそうです。
何の音かと耳を澄ますと、それに答えるように、ザーという音が聞えてきたとあります。
関さんは、これは宇宙から発せられた音に違いない、と感じたそうです。
後で分かったこととして、同じ頃、外国でも宇宙の音を聞いたことがある人がいたそうです。
その時、関さんは、外に出てこぼれ落ちそうな星空を見上げたそうです。
その後を引用してみます。
(117ページ)
『 夜空を見上げ、目をこらして見ているうちに、まるで、星たちが沈黙のうちに語
り合っているように見え、私は、だんだんと不思議な感覚になってきました。見えたり見えなかったりする星がはっきり見えてきて、光が強くなったと思ったと
たん、私の胸の中がスーッとするのです。
そして突然、空から一切の雲が消え、澄み切った天空になりました。星の輝きは増
し、私のもの透明度を増したようです。そのうちに、「天も人間の心も同じなのだ」という感覚が私の体を包みました。澄めば澄むほど見えてくる星々。そし
て、
私の心もいつのまにか、幼い頃のような邪心のない気持ちを思い出していました。
自分の心に邪心がなく、まっすぐになれば、宇宙と心がひとつになれるのではない
かーーこのとき、私は心底からそう思いました。
私にとって美しい秘密の場所とは、宇宙のことだったのです。宇宙の音と光を通し
て、宇宙の中心とつながったような気持ちでした。
この経験があってから、研究者というものは、通説にとらわれることなく、まっす
ぐな心で見つめなければいけない。邪心なき心で臨めば、気がつかなかったことに気がつき、見えないものが見えてくる。そして思わぬ発見につながるのではな
いかーーということを思うようになりました。
結局、生涯その考え方が身に沁み込んでしまったせいか、その後の人生は「科学と
心」がテーマになっていったのです。
そして、不思議な体験や出会いがたび重なって起こってくるようになりました。』
「スターダスト」がこれほど有名な曲になったのは、ひょっとすると、宇宙の力が働いているせ
いかもしれませんね。
曲を分析しますと、特に転調があるという訳でもなく、コード進行的には、表面的なところだけ
見れば、変わったところはありません。
ただ半音階的なコード進行を多様していう面はあります。
オーギュメントというコード※や、F→Fmというようなコード進行、C→Em→A7というような似たような音編成で少しだけ違うコードによるコード進行な
ど
などです。
要するに、比較的平たい流れで、変化が少ないが、それでいて聴覚上、効果的な変化、というようなコード進行です。
※オーギュメント:
基本的にキーがCなら、Cというド・ミ。ソで作られたコードの内、ソの音を半音上げたコード。つまりド・ミ・ソの♯・という構成です。
Caugとか、C+のような表記の仕方をされます。
メロディライン的には、やや間延びしたようなメロでどこか東洋的な雰囲気も感じます。
森田健さんの不思議研究所で出している、「天目CD」に入っているシンセが奏でるメロに似ている雰囲気です。
この「天目CD」については、不思議研究所の商品紹介には、”うねり音”についての記述はありますが、メロディそのものについての記述はないようです。
このCDを聴きながら瞑想をすると、瞑想の効果が上がるようです。
私は以前は瞑想の時、このCDを使っていました。
現在は政木和三さんのアルファシータを使いながらやっています。
天目CDからアルファシータに変えてしばらくは、アルファシータに入っていない天目CDのメロディが今鳴っているかのように、聴こえてきていました。
あれは、一体なにが起こっていたのでしょうか?
想像するに、アルファシータには、右脳にある記憶を左脳にスムーズに流す効果があるようですので、右脳に溜まっていた天目CDのメロディがアルファ
シータによって左脳に流されていたのでしょうか?
それとも、両方に入っているうねり音が同じような成分であり、それがどこかで、天目CDのメロディを思い浮かばさせていたのでしょうか?
音や臭いによって、ある状況を思い出すのと同じようなことですが。
いずれにしても、仮説ですが。
もし、このスターダストのメロディと天目CDのメロディが似ているということに、スターダス
トの人気の秘密があるとしたら、なんとなく納得できることであり、興味深いことだと感じます。
仮にそれが事実であるとして、スターダストが星空を見上げている時にインスピレーションが浮かんだということと考えあわせると、ホギーカーマイケルは、ど
こかからか何らかの信号を受信して、この曲を作曲したということなのかもしれませんね。
カイルアにいた時、部屋は禁煙でしたので、タバコを吸うときは、いつも屋上で吸っていました。
その部屋から屋上へ直接出ることができます。ひとつの屋上は2つの部屋で共有しており、そういう作りの建物がいく棟か集まっている場所でした。
ここで言う部屋とは、つまり何号室という部屋の単位です。
私のシェアーしていた自室から出られるということではありません。
その時、生まれて初めて、万遍の星空というのを体験しました。
生まれた時から東京の私は、あのような星空を経験したことは、あの期間だけです。
まさにこぼれ落ちてきそうな星空でした。
その時、スターダストを口ずさんだかどうかは、定かではありません。
きっと口ずさんだかもしれません。
その後、連続しておきた数々の楽しいこと嬉しいことは、ひょっとするとあの星空が原因なのかもしれない、と仮説すると、なかなかロマンチックです。
みなさんは、星空を見ることはできるでしょうか?
182: SISTER SCT1&2:サウンドトラック |
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映画「天使にラブソングを」のサウンドトラックです。 全編にモータウン系、ソウル系のヒット曲がちりばめられています。 一番耳に残っている「愛のシャリオ」(I'll follow him)は、日本人好みのメロディを持った曲です。 循環コードにヨーロッパ調の、メロデイが乗った曲です。 作曲者は複数の連名ですが、その一人にポール・モーリアが入っています。 当然、彼もレコーディングしています。 主演のウーピー・ゴールドバーグは、アメリカのワイドショーなどに芸能人として良く出演しているようです。 旅行の度にテレビをつけると彼女が出演しています。 いつだったか、彼女の主演映画で、なかなか変わっているのを見たことがあります。 いたずらで電話だったか、単なる電話の長話だったかで、始めから終わりまで、彼女が長電話しっぱなしなのですが、最後にその電話は、だれからもかかってい な いもので、彼女が、終始一人でしゃべっている・・・ということが判明する、という映画だったと思います。 映画自体すっかり忘れていましたが、今思い出しました。 最後の衝撃だけ覚えています。 |
さて、セレブの人が出てくるテレビを時々見ます。
概してお稽古ごとが好きだというようなことをテレビでは言っています。
確かにテレビで見る限りではそのようです。
情報操作されていなければですが。
テレビでやっていることというのは、私の経験では、結構、情報操作されている、というか、実
際と異なることが多いように思っています。
ドキュメントでも、ドラマでもいいのですが。
ただ、それは私が普通と違うのかもしれませんので、”思う”に留めておきますが。
たとえば、恋愛ごとなどは、まずもって、ドラマでやられているそれとは、まったく違うものです。
ほかにもいろいろあるとは思いますが、テレビの影響が良いものなのか、悪いものなのかは良く
分かりません。
どちらもあるのでしょうが。
先の中国の日本人パッシングなども、相当ひどいようですが、連休中の中国へ行った観光客のイ
ンタビューなどを見ていると、かなり雰囲気は違うようにも感じます。
ただ、だからと言って、テレビの報道と真逆に違いない、とヤマを張ると、それはそれで、正しくもないようですので、扱い方がむつかしいように感じます。
テレビで報道されていることの、されている状況側にいたことと言うのはありません
ので、ニュース報道と現実の違いに関して具体例を挙げることはできませんが、きっとずいぶん違うものなのでしょう。
オリンピックの金メダリストが、「本当は金メダルを噛んだりしたくないのだけれど、カメラマ
ンがどうしてもやってくれというので、やりました」と先日話していました。
いつだったか、だれかがそれをやり、報道的に受けたのと、噛むと、メダルと顔の両方がうまく収まるので、そう依頼しているようです。
ただ、当人がそうしたいというのならまだ良いのですが、基本的には大切なものを”噛む”だな
んていう行為は、褒められたものではありませんので、それを依頼するというのも、おかしいことですし、それを見た人が「噛んだりするのはこれほどに一般的
なことなんだ」という間違った常識を身につけてしまうのも、困ったことだと感じます。
確かに、マスコミは相当自分の我欲に偏ったことをしているというのは、事実に近いように感じます。
報道される側ということでもないのですが、例の9.11事件のときにハワイにいたことがあり
ます。
事件の3日くらい前にやや遅い夏休みが取れ、ハワイへ行った時のことでした。
その日はアイリーンという以前お世話になったおばあさんと逢う約束のある日でした。
朝9時過ぎくらいにテレビを着けると、飛行機が貿易センタービルに突っ込むシーンをやっています。
それが何回目の放送だったのかはもう良く分かりませんが、とにかくくり返しやっていました。
アイリーンに電話すると、「ショックなので逢えない」と言います。
「テレビは見た?」
と言いますので、「見た」と言いました。
どういうことかと言うと、私の感覚と、アメリカ人であるアイリーン感覚にずれがあったようで
す。
あるいは、アイリーンは、同情心の厚い人であったのかもしれません。
私の感覚では、大変なことではあるが、久しぶりに日本から来た昔世話になった人が逢いたいと言い、約束までしているのを、キャンセルするまですることとは
思わなかった、ということであり、アイリーンにすれば、たとえだれでも、今日は人と逢いたくないくらいにショックであう、ということだったようです。
どちらが正しいのか、人それぞれで片付けて良い事なのかも、よく分かりません。
結局アイリーンには逢えませんでした。
「そちらへ行っても良いのですよ」
とまで言いましたが、旦那のジョンが、病気で寝込んでいる状態だというので、それも叶いませんでした。
長電話はしましたが。
アイリーンが言うには、「私がフィリピンから来て、今こうしていられるのは、英語を勉強したからだから、あなたも英語を一生懸命勉強するのよ」
ということでした。
アイリーンの知っている女性と、私が帰国後、私はサンフランシスコへ一緒に旅行へ行ったのですが、
「あなたはサンフランシスコへ旅行へ行ったの?」
とアイリーンが聞くので、これは、相手も隠している、ということだと思い、私も隠しておいた方が良いに違いない、と、察し、
「行っていないよ。どうしてそんなことを聞くのですか?」
と言うような感じで、否定し、濁しておきまた。
それでもアイリーンは確信していたようですが。
今サンフランシスコへ行った彼女は現地のお金持ちと結婚して、子供もいるようです。
その事件直後のワイキキはどうだったかと言いますと、まずアラモアナショッピングセンター
は、お休みになりました。
バスは走っていました。
私はいつもの、一泊$60のアンバサダーホテルに泊まっていましたが、他の中級以上のホテル
に泊まっていて、飛行機が飛ばずに仕方なく延泊をしなくてはならない日本人などが、次々に引っ越してきていました。
多くが何となく、新婚旅行かな?という感じのカップルでしたが。
テレビはずっと事件のニュースをやっています。
ハワイでも、1,2日後には、現地独自でも、追悼の式典などが行われ、それがテレビ中継されていたりしていました。
私は私で、ちゃんとスケジュール通りに日本へ帰れるのかどうか、毎日チャイナエアラインに電
話をし続けました。
日が経つにつれて、だんだん街中に人が減ってきたように感じました。
もちろん入っては来なくなっていたのでしょうが、減っているところを見ると、きっと出て行く飛行機はある程度飛んでいたのでしょう。
どこの国へ行く飛行機かは分かりませんが。
確か事件2日目にはアラモアナショッピングセンターは、オープンしていたように思います。
一度、留守番電話のにメッセージが入っていましたが、メッセージが良く入っておらず、だれか
からは分かりませんでした。
帰国後分かったのは、会社の女性からのようでした。
要するに「スケジュール通りに帰れますか?」
というものだったようです。
きっと、どこかで番号かなにかを押し間違えてのでしょう。
その会社は、そういう電話の仕事をしている会社だったのですが(笑)。
私は、帰国2日前くらいまでに、はっきりしなかったら会社へ連絡を入れておこうと思っていま
した。
結局、2日くらい前には、予約しておいた飛行機はスケジュール通りに飛ぶ、ということが分かりましたので、会社には連絡しませんでした。
帰国当日は、何があるか分かりませんので、相当早めに、空港へ行きました。
それでも前から数えて2,30番目くらいだったように思います。
一番前には、なんと、山田邦子が並んでいました。
帰国前日の夜には、テレビの特番で、キャロル・キング、ゲーリー・ゴフィン、シンシア・ウイ
ル、バリー・マンという歴史的な作曲作詞家コンビが出演する番組を見ることが出来ました。
その2年後くらいに、またハワイへは行っていますが、カイルアビーチへ行く時に、近くですので、アイリーンの家の前までは行きましたが、どうしても呼び鈴
を押すことはできませんでした。
ジョンはなくなっている可能性は高かったですし、アイリーンもそこにはいないかもしれませんし、なんとなく、車の感じや、直感で子供たちのような違う人が
住んでいるような気がしましたので。
その家の前に住んでいる人は、あやしいやつが家の中を覗いていると思ったのか、こちらを注意
深く見ていました。
その家の人は、サンフランシスコへ行った彼女の妹が、その道で車越しの引ったくりに会い、道を引きずられていった時に、助けてくれた人だと思います。
その妹さんも手を放せば、引きずられずに済んだのに、ハンドバックを放さなかったようです。
すごい根性です。
結局、病院の世話になり、治療費のことで、日本の保険会はからお金が下りるタイミングと、現地の病院からの請求で、いろいろ大変だったようです。
お姉さんは看護婦ですが、妹が看護婦だったかどうかは、良く分かりません。
もう一人お世話になったベティさんというおばあさんも、近くに住んでいましたが、その2年く らい前に、カリフォルニアの娘さんのところへ移ったということでした。
心臓が悪かったようです。
存命かどうかも、良く分かりません。
北海道出身の女性ですが、ずいぶん昔にハワイへ来たようで、”ベティ・スワンソンさん”とい
う名前になっていました。
スワンソンさんは、旦那さんの苗字として、ベティはどこから来たのでしょうか?ばびぶべぼ、で始まる名前というものあまりありませんので、見た目からかも
しれません。
ベティさんがらみで話すと、一緒にショッピングへ言ったとき、何とかと言う現地ではすごく人気があり有名なマジシャンとすれ違ったことがありました。
ベティさんはすごく感動していました。
私は知らない人だったので、反応しようがありませんでした。
また、どこかでも書いたような気がしましたが、ベティさんが、当時の私のいた会社のオースト
ラリア人英語講師の、日本人の奥さんの知り合いであるということも分かりました。
ベティさんは「What a small world!!」と言っていました(笑)。
思い出しついでに、いろいろ書いてしまいます。
2回目にハワイへ行った時のことです。
15年くらい前ですが、当時ソニー製品の営業をやっていた私は、3官プロジェクターという1台1〜200万円くらいする機械を、いろいろな事情があり、た
く
さん売ることができました。
観光施設とか、病院とかへ売ったのですが、そのお陰で、ソニーのプロジェクターの事業部の招待で無料でハワイへ行ったときのことです。
母の友人で小林さんという女性がいるのですが、彼女は以前GHQの仕事をしていたスティーヴさんという人と結婚していました。
そのスティーブさんがまだワイキキにいるということで、手紙を渡して欲しい、というお願いをされました。
そう言っても、当時の私は英語もままならず、ハワイの事情も今ほどに知りませんでしたので、
観光会社の人に電話番号を教えて電話してもらうことになりました。
当然、スティーブさんには現在の奥さんもいますので、電話をした人の話によれば、奥さんの反応はひどく良くなかったものだったようです。
それでもスティーブさんとは連絡が付き、私もお会いし、日本にいる小林さんへ電話を入れてくれることになりました。
旅行会社も、こんなことまで頼まれて、本当に大変だったと思います。
ありがたいことです。
その2年位後、一度目の病気で療養中だった私は、ハワイへまた行ってきましたが(当時は病気でもハワイへ行く底力があった)、その時はスティーブさんと食
事などもして、当人に何か特技があるなら、スポンサーになっても良い、とまで言われたのですが、いかんせん、特に特技もなく、その時点でのハワイ永住は、
叶いませんでした。
その時、ステーキハウスに行きましたが、エスカルゴを生まれて始めて食べました。
ニンニクとバターの味しかしなかったのを覚えています。
今はなくなってしまいましたが、昔シェラトンホテルの正面くらいに、エスカルゴの専門店があ
りましたが、その隣の空き地にはカタツムリがたくさんいたのを覚えています。
今は、その店も空き地もないようです。
結局、小林さんは、スティーブさんから、「こちらに来て、一緒に住まないか?」と言わ
れたそうですが、そうはしなかったようです。
「もうずいぶん昔のことだから・・・」
というようなことを当人から聞いたような気がします。
それでも、「手紙を持っていってほしい」、と頼むあたりは、大きく意味を読まないと真実は分かりません
なくなってしまったものと言えば、昔ワイキキのはずれにゲイの人専門の屋外型のバーがありま
した。
なんとも怪しげな場所で大きな木がうっそうと茂る敷地の中にありました。
今でもその木は残っています。
近くには高級ブランドのブティックが建てられていて、当時の面影はありませんが。
ひょんなことがきっかけで、あるドイツ人の”おじさん”と知り合いになったときがありまし
た(今では、私がおじさんですが、自覚がなかなか持てません)。
彼はゲイだったのですが、その時は気が付きませんでした。
そのおじさんに連れて行かれたのが、そのゲイバーでした。
日本人のゲイの人なども多く来ていた様で、片言の日本語で現地のゲイの人とコニュニケーションをしているのが、見受けられました(笑)。
きゃしゃで元気の良い少年風の日本人が、「I'm a Japanese. i'm a Gay!」 とやり取りしていたのを覚えています。
その日は、そのおじさんが手作りの料理を作るというので食べに一人で行ったのですが、彼はゲ
イであることを、最終のバスがなくなってから告白したので、私は、その家に泊まらざるをえなくなりました(驚!)
鍵を厳重にして、いつでも逃げられるように、万全を期して泊まったのを覚えています(笑)。
当人はぜんぜん悪い人ではないのですが。
自分の部屋に帰った後で、シェアードルームの持ち主のエリックのイギリス人の恋人が遊びに来
ていたので、その話をして、「まるで10代の女の子が貞操を守っているようだった」という話をしたら、大変喜んで聞いていました。
ちなみにイギリス人の彼女と書いたのは、エリックには彼女が日本人を含めてたくさんいたから
です。
ハワイもカイルアでは12月くらいには朝方は20度くらいになり、湿気もほとんどないので、半ズボン、半そでで、寝ていると、凍えるのですが、「寒い」と
言った
ら、「日本に比べれば寒くない。自分は冬の京都に彼女と旅行したことがある」と言っていました。
確かに、ハワイの人が雪の京都に行ったら、さぞかし寒かったことでしょう。
ところで、そのイギリス人の彼女ですが、私は好感を持っていました。
どうも外国人といっても、アメリカ人女性は特にエゴっぽいイメージがあるのですが、イギリス人、オーストラリア人などは、そうでもないような経験がありま
す。
また、日本風の冗談をそのまま英語で言っても大抵、喜んでくれるようです。
アメリカ人もかなり変わってきているように感じていますが。
アメリカ人女性に関しては、今のところ、良い思い出は、ほとんどありません。
良い思いでがあるのは、アメリカ国籍の中国人、韓国人くらいです。
今、増田俊夫さんの「だから日本は勝つ」(PHP研究所:2005年1月発行)を読んでいま
す。
そこには沢山の面白いことが書かれていますが、93ページの「戦略国家として存在することを運命づけられているアメリカ」には、なるほどと思わせる内容が
あります。
ざっとこんな感じです。
アメリカは独立宣言
からまだ230年弱の新しい国であり、人口的に作られた国である。
欧州はじめ世界各国からの移民の寄集めで人種の坩堝である。
こういう国のリーダーは絶えず国が破壊しないようにしなくてはならない。
アメリカ人がアメリカ人であることに誇りを持つのは、アメリカ合衆国が世界最強の
軍事力を持ち、最もお金持ちな国だからである。
アメリカ人の感覚は、国民のアイデンティティと個人的な損得勘定が結びついている。
日本人はお金持ちでなくとも、戦争に負けても日本人であることをやめようと思わな
いが、アメリカ人はアメリカが貧しい国になったら、別の国へいこうと考えかねない。
アメリカにやってくるのは、昔から豊かさを求める人々である。
このことは、アメリカは国力が落ちたら分裂、破壊する宿命であることを示し、国家
として存続するためには、常に国益を優先した戦略を立てて、先手を打ち続けなくてはならない。
そのためには、国家の頭脳・シンクタンクが必要なのである。
90%引用に近くなってしまいましたが、それは、きっと文章が簡潔で完成されているというこ
とでしょう。
どうしようもなく、要約が引用に近くなってしまう文章というのは、あります。
要約するほうに大きな問題がない限り、そういう文章は、きっと良い文章なのでしょう。
昔、日本を捨てて、外国に永住しようと考えたことがありましたが、やはり少数派であったのかもしれません。
今は日本が好きですが。
やはり、一番好きな食べ物は、塩ジャケとアジの干物であり、次に来るのは、白菜のお新香で
す。
みなさんは、外国人になりたいと持ったことはないでしょうか?
というわけで、本当は、お稽古ごとと、運命について、書こうと思いましたが、ハワイのお話になってしまいました。
183:Sergio Mendes & Brasil &66:セルジオ・メンデス&ブラジル’66 |
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セルジオ・メンデス&ブラジル’66のベスト盤です。 今でも良くCMなどで聴かれる「マシュケナダ」などが入っています。
ビートルズナンバーが多いのが目に付きます。 7.フール・オン・ザ・ヒルは、14,5年くらい前でしょうか、土曜の深夜映画番組のエンディング使われていました。 アンニュイと言うのか、なんとも現実離れした曜日帯と時間帯にあっていたのを思い出します。 |
確か、セルジオ・メンデスは、以前はラテンピアニストとして活躍していたはずです。
どうしてポップスの世界に入ってきたのか知りませんが、当時流行していたボサノバと関係があ
るのだろうとは感じます。
60年初頭には、ジャズが完全にポピュラー音楽からは離れてしまいました。
大人数の聴衆に受け入れられて、ジャズミュージシャンとしても音使いなどの面で、納得して演奏できる音楽と考えたとき、この※ボサノバは最適だったことで
しょう。
※ボサノバ:ジャズとラテン、ブラジル系の音楽が融合してできたものとされてい
る。ジャズのテンション感と、ラテン、ブラジルの音楽のリズム感が、うまくミックスされていて、けだるい雰囲気のものや、サンバ調の軽快なものまで含まれ
る。
帰国後の渡辺貞夫さんは頻繁にボサノバを演奏していたようです。
私が生まれてすぐ後くらいのことなので、良く知りませんが。
それと同じことが、ブラジリアン音楽の側でも言えるのだとすれば、それがきっと、セルジオが
このバンドを編成した理由なのかもしれません。
売れれば、なんでもできるだろう、と言う人もいるかもしれませんが、私の感じでは、ミュージシャンのような、「好きだからやっている」という種類の職業に
は、それはなかなか通用しません。
1,2曲だけ、仕方なく・・・・というのなら、良くあることですが。
先日テレビで、オリックス・バッファローズ、ソフトバンク・フォークス、読売ジャイアンツの経営者?が3人テレビに出演して、プロ野球についていろいろ語
り合っていました。
掲示板にも少し書いたのですが、その番組の中で、孫さんは、日本のプロ野球の年棒に制限を設
けたら、良い選手はもっと稼げるアメリカに行って
しまうと言っていました。
私は、おそらく違うと思います。
松井もイチロウも野茂も、別にお金が稼げるのでアメリカに行ったのではないと思います。
もっと高いレベルの野球ができる環境で自分を試してみたかったのだと思います。
別に孫さんのように、巨大な事業をしようとしているわけではないので、お金がありすぎても仕方のないことで、それよりも、彼らなら日本で暮らしていた方が
楽しいことでしょう。
長谷川のように、昔からアメリカに憧れていたような種類の人間は別ですが。
長谷川のような人間なら、逆に、給料が安くて、アメリカのプロ野球のレベルが低くても、制度的にアメリカへ行くことが可能なら、いつでも行っていたと思い
ます。
私もいつでも、ハワイに仕事があるのなら、数年くらいは、働いてみたいと思います。別に仕事のレベルや数億を超えるような給料でなくとも。
要するに彼らは野球をすることが楽しくてしょうがないので、もっとレベルの高い野球をしたいだけなのだと思います。
ですので、仮に日本の野球が今のアメリカより高レベルになったら、今度は給料が安くとも、日本へ戻ってくることでしょう。
同様に、米プロ野球の選手でも、自分の力を試したいという人は日本へ来ることでしょう。
もうとっくに一生暮らせるくらいのお金は持っているはずですし。
別に何か設備投資のようなことをしようとしたり、支社、関連会社、資本金などを増やしたりする必要はまったくない人たちです。
その点において、孫さんのような種類の企業経営者には、理解できないものがあるのだと感じます。
西武でいつか球団の代表だか、だれかが変わったとき、西武式の神経質な査定方式で選手の年棒を査定しようとして、大失敗したことがありました。
私ならあんな会社では働きませんが、それでも、そういう会社でもいいので、お金のためと割り切りがまんする人というのは、一般人にはいくらかいます。
しかし、プロ野球選手というのは、もともとが、食べていくということよりも、好きで好きで仕方がないことをやって生きていきたい、そしてその能力も運も
あった、という人たちですので、根本が、資本主義経済をありのままに行うタイプの企業経営者とは別の人間だと感じます。
ですので、もし、良い選手を集めて、尚且つ給料もある程度にしたいのなら、きっと、日本のプロ野球のレベルを上げることが、それにつながるのではないで
しょうか?
好きで好きで仕方のない人というのは、レベルの高いところに行きたがるように感じます。
先のミュージシャンの話でもそうですが、融通が聞かないと言えば確かにそうだろうとは思いま
す。
しかし、融通が利かないということは、「自分が好きで仕方のないことをやる」ということですので、それはそれで、どこか良い結果に結びつくようにも感じま
す。
もちろん、全員がうまく行っている訳ではないようですが。
但し、人は何にでもなれる、という観点からすれば、もったいないことでもあるのかもしれませ
ん。
ただ、明らかに、「これがやりたくて仕方がない」ということが、はっきりしているのなら、無理して可能性を広げようとしないで、それをやれば良いとも感じ
ます。
よく2000年以前の成功話には、「もともと〜〜になろうとは思っていなかった」とか、 「〜〜をやろうとは思わなかった」、けれども、「どういう訳か、この仕事をやっていて、今成功している」、というようなものがありました。
あれは本当でしょうか??
芸能人などのこの辺の話には、どうやら嘘もあるようです。
「友達のオーディションについて行ったら、たまたま目に留まって・・・・」とか、そういうやつですが、全部が全部造り話ではないようですが,造り話も多い
ようです。
もちろんセレンビリティ的な偶然的な発明、成功などでも、上記のような表現をすることもあるとは思いますが、上で言っていることは、それとは異なると思い
ます。
しかし、同じかもしれません。
どっちでしょうか?(笑)
「〜〜を研究していたら、偶然○○を発見した」、と言うのと、「〜〜の仕事を目指していた
ら、ひょんなことから、○○の仕事に就いてしまった」、というのは、同じなのかもしれません。
みなさんは、どう思うでしょうか?
ひょんなことから、仕事に就いたと言えば、私は96年くらいに留学関係の仕事を、独立して始
めましたが、それは結局、ひょんなことから、そういう会社に入って、その会社が傾いてしまったのが理由でした。
当時、インターネットというものが、世に登場していました。
目(ま)の当たりにしたのは、ある英語学校との契約と旅行をかねて、サンフランシスコへ行った時のことでした。
新聞を見ますと、その見開き1ページ全体が、URLというか、ホームページの宣伝の紙面に
なっていました。
日本では、まだまだ、ほんの一部の人のものでしたので、少し驚きました。
これは近いうちに、日本でもブレイクするだろうし、これは、外国とも安くやり取りが出来る、
と直感して、帰国後、早速HTMLというものを勉強して、留学のホームページをこさえました。(今は、ホームページ作成ソフトで作っていますが:笑)
「アクセス」という名称で、友人と外国語のホームページを日本語のページに作り直す、という
仕事もやってみました。
ニュージーランドのB&Bなどのサイトを作ったりしましたが、いかんせん、うまくいきませんでした。
理由はいろいろありますが、要するにバイタリティが足りなかったのだろう、と感じます。
97年くらいには、留学の仕事は継続しながら、友人と日本語ホームページ作成サービスの仕事
を大々的に始めよう、ということで、ずいぶん、良い所まで準備が進みましたが、協力者の友人のIT関連会社の社長というのが、その協力者に言った「ホーム
ページ作成業なんてうまくいかないよ」という言葉により、断ち切れになってしまいました。
これもひとえに、私のバイタリティ不足によるものでしょうが、その後、同じようなことをして
成功した人がいるところを見ると、なんとももったいない限りです・・・・・・
と思うのが良いのか、「少なくとも、発想は正しかった」と思うのが良いのか、なんとも、良く分かりません。
とは言うものの、実際は、もう過去のことなので、運命変更の題材くらいにしか、考えてはいま
せん。
当時起きた偶然と言えば、看護留学先を探していてサンフランシスコのサイトに連絡を取ったら、以前同じ会社にいた人だった、ということがありました。
大きな大学病院の教授の息子さんですので、いろいろやっていたのだろうとは思いますが、本当に「What a small world!」でした。
つい数年前まで、日本で同じ会社にいた人が、インターネットを通じて、サンフランシスコと日
本で、偶然巡り合ってしまった訳です。
私の場合、いい所まで行く、という経験は良く在ります。
どうして、その後うまく切り抜けられないのか?と考えます。
もちろんバイタリティのなさもあるのでしょうが、いままでの私は、苦しくなってくると、「苦
しいのは当たり前だ」、「もっと苦しくしてみろ」、「結果は得られないかもしれないが、倒れるまでやってやる」というようなことを考えます。
そうすると、本当に、「もっと苦しくなってくる」し、大抵「本当に病気などになり倒れて」しまいます。
しかし、今いろいろ知って、これらを振り返りますと、「自分の思った通りになっているではないか?」という感じがします。
みなさんはどう感じるでしょうか?
ものの見事に、病気になり倒れたり、ものの見事に、もっと苦しい状況が訪れます。
やはり、この”想念”に、大きな間違いがあるのかもしれません。
あるいは、強引にハンドルを捻じ曲げようとしたことに、間違いがあったのかもしません。
「意地でも、舵を取ってやる」
と以前は良く思っていたものでした。
今は、どうもそれはいけないようだ、とは感じていますが、しかし、今ひとつ、良く分かりませ
ん。
184:Roy Orbison - In Dreams: Greatest Hits | ||
1987年の作品です。 この頃、ロイオービソンのリバイバルがありました。 それは、「ブラック&ホワイト」というブルース・スプリングスティーンなどのスーパースターをゲストに迎えて作られたビデオ作品や、このアルバムなどに よってです。 大滝詠一さんがラジオでさかんにロイのことを語っていたのも、そのころだったような気がします。 「クライング」のライブバージョンがオンエアされ、それが好きで、よくテープで聴いていました。 確か覚えでは、当時アメリカでは新作があまり発売されず、イギリスのレコード会社から、アルバムなどが発売されていたような気がします。 思い違いかもしれません。 今はコストが安くなったせいか、インターネットのせいで、国境の垣根がなくなったせいか、CD時代の今は、あまりそういうことは関係ないようです。 カーペンターズの「ライブ・イン・ジャパン」などは、基本的に日本のみの発売のようですが。 もちろん、外国人もアマゾン経由などで、海外からも購入できます。 |
アルバムの内容は、要するに、彼のヒット曲、作曲作品の再録です。
デジタル録音なのでしょうか、高域に少しくせがあります。
それともCDの特性のせいでしょうか?
あるいは、アナログ録音のものに慣れていたせいでしょうか?
はじめは聴きにくかったですが、だんだん慣れてきました。
曲目です。
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185:スクリーン・ポップス史2■ロミオとジュリエット | |||||
映画音楽集です。
基本的に、「白い恋人たち」と「ゴッドファーザー」のために所有しています。 「白い恋人たち」は、小学生のころ、自宅にあった(今でもあるが)、良く分からないオムニバスの映画音楽集のテープに入っていた、この曲の演奏が好きで、 それ以来ずっと好きな曲です。 その演奏は、エレキギター(たぶんセミアコか?)を主体とした演奏でしたが、なんとも独特な音質で、とてもよい演奏でした。 CD−Rに落としてありますが、最近はほとんど聴きません。 作曲は、フランシス・レイです。 「ある愛の詩」など、多くの映画音楽で秀作があります。 |
「ゴッドファーザー」は、言わずと知れたあの曲です。
若々しいアルパチーノが出ていました。
作曲は、同じく映画音楽の巨匠ニノ・ロータです。
両曲ともに、EP盤のシングルレコードを持っていました。
私の小学生〜中学生くらいまで傾向としては、かようにヨーロッパ調のメロディの曲が好きだったように感じます。
その意味では、中学生になってビートルズにはまったというのは、3次元的にみて偶然ではないのかもしれません。
もちろん、時空が作ったシナリオには違いないのでしょうが、3次元的に言うと、偶然としか言えないものと、科学や、統計学、実証主義などいろいろな方法
で、理由が見つかるものの両方があります。
今思い出してみても、小学生の時に購入した2枚組みの2つのポールモーリアのLPレコードの
中で、はまった曲というのは、「恋は水色」、「涙のトッカータ」、「愛のノクターン」、「薔薇色のメヌエット」、「シバの女王」、「愛の休日」(ミッシェ
ル・ポルナレフ)、「ジュテーム・モア・ノン・ブリュー」、「愛のシャリオ」・・・など、ヨーロッパ調の曲が多かったように思います。
もちろんそのLPには、ビートルズの「レット・イト・ビー」や「ヘイ・ジュード」のような曲
も入っていましたが。
ただし、映画としての「白い恋人たち」は見ていません。
いや、何度か、深夜テレビで見たような記憶も少しあります。
この映画は、いつだったかの冬季オリンピックの記録映画ですので、リアルタイムでないと、それほど興味をそそるものではないと感じます。少なくとも私はそ
うでした。それで、いつも途中で、見るのを止めてしまっていたように記憶しています。
「ゴッドファーザー」は、テレビで何度も見ました。
「タワーリング・インフェルノ」、「ジョーズ」と並んで、放映回数の多い映画ですね。
そう言えば、カイルアの例のシェアードルームに入ったばかりの頃、これが放映されて、エリッ
クが「一緒に見ないか?」と言っていたのを思い出します。
収録されている映画全体で見ても、見たことのある映画というのは、それほどありません。
もともと、映画館には、ほとんど行かないほうです。
高校生までは、良く名画座へ通っていましたが、地元の名画座がなくなってしまった後は、2,3回しか映画館へ入っていません。
大学生以降に行った映画・・・・・・・・・・は、
大学受験後に「E.T」、 デートで「ボディガード」、それだけのような気がします。
ですので、ここ10年くらいは映画館へは入ってもいません。
後は飛行機の中と、ビデオレンタルのみです。
飛行機の中では、例の「セント・オブ・ウーマン」、「パトリオット・ゲーム」・・・・10近
く見ているはずですが、思い出せません。
収録曲でほかに良いな、と感じたものと言えば、「雨の訪問者」くらいでしょうか。
チャールズ・ブロンソンの映画ですが、テレビで見て、良かったな、と思ったのを覚えています。
もちろん「太陽がいっぱい」も同様ですが。
「戦争と平和」も見ましたが、ヘンリー・ホンダがかっこいいな、と思ったくらいしか覚えてい
ません。
ジェーンホンダが先日ニュースに出ていましたが、もう70歳前後なのだと思います。
ヘンリーホンダの最後の作品が高校生だったか、大学生だったか、社会人になりたてだったかの頃、ありましたので、私は普通で行けば、親子二代の最後を見る
ことになるのでしょう。
私は40歳を超えたのも、頷けます。
さて、なんで映画を見なくなったかと言えば、良く覚えていませんが、確か、なにか脱皮のようなことをしようとしたような覚えがあります。
今思えば、ほんの2,3年映画に浸かっていただけなのですが、それでもって、何かを悟った(笑)ように思い、「映画を卒業しよう」と思ったのかもしれませ
ん。
別に映画は私にとっては、それほど思い入れのあるものではなかったように思いますが、変なことを考えたものです。
そして、その後本当に映画館に行かなくなりました。
ただ、思いますのは、同じく中学生の3年生くらいのころ、ビートルズを卒業しようとして、ストーンズを聴き始めました。
しかし、これが、なんとも私の趣味に合わず、結局ストーンズは聴かなくなり、ジャズと、ビートルズとイージーリスニングを聴き続けました。
ストーンズを聴かなくなったのは、今思うともうひとつ理由があります。
当時父の弟(当時大学生くらい)が良く家に遊びきており、私はストーンズを聞きだしたことろ知ると、「ビートルズからストーンズか、ありふれた成り行きだ
な」というようなことを言いました。
その言葉に、やや”カチッ”と来たのも、ストーンズを聴くのを止めた一つの理由だったように
思います。
ただ、今思うと、果たして当時ビートルズを卒業しようと思ったのかどうかについては、怪しいです。
ただ、単に聴いてみようと思っただっかかもしれません。
ただ、その頃、良く”卒業”だとか、”次のステップ”だとかいうようなことを、意識的にいろ
いろやっていたような気はしますが。
どういう意味だったのか、今は良く分かりません。
きっと、上昇意識のようなもののせいか、それとも、何か前世の体験のせいなのかもしれません。
確か当時、「段階」ということがいつも頭の中にあったような気がします。
高校3年生の時に、母親と一緒に担任の先生と面談をして、応答いろいろ言い合った記憶があり
ますが、そのときも私は「その段階は過ぎて、次の段階に行ったので〜〜だ」というようなこと、しきりに言っていました。
何かモノの見え方、解釈のようなことについてだったような気がします。
それが今で言う波動や、意識レベルのようなものであったのかどうかは、良く分かりませんが。
おそらく違うと思います。
当時、どこかもっと上のレベルの人と逢いたいとは思っていました。
しかし、どうも当時は、「意識レベ」ル、「波動」というような「立体的に人を見る」方法を知りませんでしたので、確か”知能指数の高い人”、”すごいこと
をやっている人”に、逢いたい、とだけ思っていたように感じます。
その意味では当時、考えていたことのひとつの答えは見つかったのかもしれません。
私が会いたいのは、波動、意識レベル、が高い人なのではないか?ということなのですが。
それで、当時は、そういう人(知能指数の高い人、すごいことをやっている人)に会ったり、友
人になったりしたかといえば果たしてどうだったでしょうか?
大学に入って、アルバイトで塾の先生をしました(問題教師でしたが)。一番長いのは、コンビ
ニエンスストアのアルバイトでしたが。
その塾で知り合ったやつに面白いのがいました。
なんでも映画の作成をやっていると言うのです。
どういう訳か家に泊まりに来たり、一緒に飯などを良く食べたりしました。
私の作成した音楽のテープを聴かせたり、音楽談義などをしたりしていました。
少したって就職の話になった時に「そう言えば、どこの大学なんだ?」
と聞いたら、何と「東大」と言っていました(驚)
私は「あ・・・・じゃ、就職の心配はないね・・・」と、とりあえず言うしかありませんでした
が(笑)
彼が波動が高いかどうかは知りませんが、まあ、知能指数は高かったのでしょう。
彼はその後、どうしたでしょうか?
もう、20年近く会っていません。
波動が高いかどうかは知りませんが、大学にも面白いやつがいました。
千葉県の進学高校から推薦で入ってきたやつでした。
相当勉強はできたようです。
それでも、受験が面倒くさいので、どこでもいいや、という感じで私の大学を選んだようです。
こっちはとりあえず、必死で勉強したというのに(笑)
少し知れた会社の会長の孫ということでした。
経済原論などでも、ほとんどの人間が落第点ぎりぎり、あるいは落第点のところ、そいつだけ、
満点近い点数をとっていましたので、本当に勉強はできたようです。
私は経済原論は落第点でしたので、追試の時には、早稲田の理系に通っている友人に頼み、徹夜で微分積分の勉強をして、なんとか良い点数を取り、落第は免れ
ました。
何と言われても、微分積分など、私は高校ではやっていない(学校が教えていないわけではない)ので、仕方のないところです。
書いていて分かってきたのは、「まともな人間になろう」と思うたびに、変な方向へ行ってしまっているような気がする、ということです。
変なとは、つまり、自分らしくない、という意味なのですが。
あるいは、「卒業」など、人間にはないのかもしれません。
生まれた時、そのままの自分が、まさに本当の自分なのでしょうか?
そういう意味では、生命体というか、本質には、少し申し訳ないことをしてきたな、とも感じます。
しかし、一番自分らしかったなのは、いつだったか、思うと、それも良く分かりません。
みなさんは、自分らしく生きているでしょうか?
どうも、そういう意味では、カイルアにいた時前後の私が一番私らしかったような気がします。
本当のところは、良く分かりませんが。
こういうのも「私はだれか?」という問いに収まる範疇なのでしょうか?
ひょっとしたら、「私はだれ?」という問いを発しはじめた以降、つまり、これから現れるにな
にかに、答えがあるのかもしれません。
また、私の中には、「まともな人間」=「自分らしい自分」ではない、という考えがあったよう
です。
潜在意識の連ベルなのでしょうか?
それとも、まだまだ顕在式のレベルなのかもしれませんが。
もちろん本当は、「自分らしい」=「まともな生き方」なのだと思いますが。
船井幸雄さんの新著:「人は生まれ変わる」(ダイアモンド社:2005年5月発行)には、
「得意なことは、前世で経験を積んできたことであるので、それをやれば、大抵うまくいく」、
というような意味のことが書かれています。
今までの説目より、一歩踏み込んだ言い方です。
この意味では、「今まで、あまりうまく行ったことはなかった」、とすれば、「まだそれをやっ
ていない」、ということなのかもしれません。
あるいは、「いろいろなことをやる」ということを前世でやっていたのかもしれませんが(笑)。
隔世遺伝があるのなら、父方の祖父は「パン職人」です。
母方の祖父は「エンジニア」と言うか「機械職人」というか、そのような感じです。
なんとなく、頷けます。
私は料理を作るのも好きですし、機械も好きです。
隔世遺伝もまた、時空のシステムの一部なら、それに従うことも、ハンドルを手放すことなのかもしれません。
とりあえず、映画は見なくなっても(故意に離れようとするば、離れられるものもある)、好き
なメロディからは離れられない、ということを、このCDは教えてくれたように思います。
みなさんは、離れられないモノはあるでしょうか?
186:ルパン三世ジャズ:大野雄二トリオ | ||
最近、カクテルピアノのコーナーを書かないので、写真をこっちへ引っ張ってきました。 大野雄二さんによる、ルパン三世のジャズ盤です。 大野さんは、基本的には、前田憲男さんや藤家虹ニさんに師事したジャズミュージシャンです。 どこかでも書きましたが、ルパン三世は、はじめ山下毅雄さんが担当でしたが、次に大野さんになり、その後、今までずっと大野さんのようです。 メンバーは、ベースの鈴木良雄さんなどが参加しています。 フュージョンを演奏するときの大野さんは、ラムゼイ・ルイスの影響が強いように感じますが、4ビートは、私にはだれの影響があるのか良く分かりません。 大野さんというと、私には今田勝さんあたりと、同印象がありますが、それは、きっと、同世代のピアニストだから、ということだと思います。 他にはだれが同世代なのでしょうか? 市川秀男さんや、佐藤充彦さんあたりは同世代でしょうか? あるいは、もう少し新しい人が同世代なのかもしれません。 |
私の印象では、ジャズのプロミュージシャンの人は、あまりジャンルにこだわらない印象があり
ます。
比較的幅広いジャンルの音楽を、こだわりなしに取り入れる傾向にある、という意味です。
もちろん全ての人がそうではないでしょうし、アマチュアまで入れてしまったら、私には良く分かりません。
私なりに、なぜそうなのかを考えてみると、アドリブソロができるのなら、どんなリズムでも、
メロディラインでも、構わないということがあるからなのかもしれません。
それゆえなのか、逆にブルースの側からは、「ジャズのミュージシャンはブルースの心を大切にしない」と書かれたものを読んだこともあります。
基本的にジャズは4ビートですが、スイングのそれとモダンのそれの乗り方は微妙に違います。
それでも、ラテン調のリズムなどは、かなり以前からジャズミュージシャンは取り入れていますし、70年代以降、流行していくブラックコンテンプラリーもの
などは、フュージョン系の演奏が大きな貢献をしているように感じます。
あるいはジャズというジャンルでくくるのが、本当はどこかに無理があるのかもしれません。
ジャズというのは、もともとはラグタイムやデキシーランドあたりから始まり、スイングジャズ
になり、その後、バップなどなどへ別れていくわけですが、基本的にスイングジャズより後のジャズがモダンジャズと呼ばれているようです。
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187:MISTY: 山本剛 |
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日本のジャズ界では、有名なアルバムです。 1:Misty 2:Blues 3:Yestwrdays 4:Honey Suckle Rose 5:Smoke Gets In Your Eyes 6:I don't Know What Time It Was 7:Angel Eyes 1974年の作品です。 山本剛さんには、「ミスティ」の名演がいくつかあります。 アルバム「スターダスト」に収録の「ミスティ」も大変好きな演奏です。 LPでは、「ラストタンゴ・イン・パリ」の良い演奏のものがありましたが、CDでは、まだ出ていないのか見たことがありません。 ひとつ前のアルバム紹介で、大野雄二さんと同世代のピアニストとして、山本さんの名前を出しませんでしたが、どうも私の感覚では、山本さんは、少し違う場 所に配置されているようです。 理由を考えて見ると、 1:山本さんは、ホーン奏者とあまり共演しないこと、 2:ピアノ・バラードものに秀作が多いこと、 3:エロールガーナーに影響されているということが、モダンピアノ全盛の中では異例であること、 4:戦後すぐの世代のジャズメンと、あまり共演がないこと、 5:フュージョン系、あるいはそれに近い演奏が、ほとんどない。 などが理由ではないでしょうか。 |
1:山本さんは、ホーン奏者とあまり共演しないこと、
は、少なくともレコード、CD化されているものでは、ホーン奏者との共演盤は、とても少ないです。
むしろ、印象的には、ギター奏者などとの共演の方が、心に残っています。
2:ピアノ・バラードものに秀作が多いこと、
は、代表的なアルバムである「スターダスト」そして、この「ミスティ」あたりの印象が強いせいではないでしょうか?
実際は、バラード以外にも良い演奏はありますし、他のピアニストでも、バラードに良い演奏のある方はいます。
3:エロールガーナーに影響されているということが、モダンピアノ全盛の中では異例であること、
は、とても、珍しいと感じます。
世良譲さんをはじめ、その世代の方には、エロールガーナー、アートテイタム、テディウイウソンあたりを、影響を受けたピアニストとして挙げる人は多いです
が、山本さんの世代では、オスカーピーターソンあたりは出てきても、大抵は、もっとモダンなピアニストを挙げているようです。
4:戦後すぐの世代のジャズメンと、あまり共演がないこと、
は、やはり珍しいと感じます。
理由は分かりませんが、山本さんの世代で、ビッグフォーの面々や、その同時代の方と共演が少ないというのは、大変めずらしいです。
大抵は、師弟関係であったり、そうでなくとも、どこかで世話になったり、縁があったり、昔ファンだったりして、競演するものです。
想像するに、そういうのが嫌いなのか、デビューの仕方が、少し他の人とは違っていたのか、・・・何かそのような理由なのかもしれません。
もっとも、山本さんの生演奏を聴く機会はほとんどありませんでしたので、ステージではどうなのだかは、良く分かりません。
山下洋輔さんでも、ステージでは、松本英彦さんや渡辺貞夫さんなどと共演しているようですので。
山本さんの音使いは、またなかなか独特です。
特に、バラード以外の曲において、それを良く感じるときがありますが。
独特というのは、つまり他の同年代のモダンピアニストと違う、ということです。
もちろんみんな違うのでしょうが、それでもどこか、似たような・・・つまりモダンピアノに共通した何かで繫がっているようなものを感じますが、山本さん
は、それが、他のピアニストの間にないように感じます。
ところで、先日テレビで、親猫が火事の中に入っていって、子猫5匹を救った、ということをテレビでやっていました。
親猫は何度も火の中に入り、無事5匹の子猫を助け出しました。
親猫は、かなりの焼けどを負ったのですが、病院へ連れて行かれ、回復し、その後、飼い主を公募したところ、7000件も申し出があり、行き先もきまり、幸
せに暮らしているそうです。
さて、ここで私は考えたことがあります。
猫好きの方には申し訳ないのですが、私はここで親の愛、よりも、宇宙の愛、宇宙に愛されている、ということを感じてしまいました。
猫には、大きな知能はないと思います。
そうすると、猫にあるのは、本能と、心だと思います。
猫は懐きにくい動物であるとは言われますが、猫に限らず、動物にあるのは、基本的に、本能と心ではないかと感じます。
猫が子猫を助けたり、育てたりするのは、私は多分に本能によるものだと感じます。
もちろん、飼い犬が主人を助けたり、怪我をしていたりすると、寄って来たりすることから、心もあるのだとは思います。
ただ、今回のように、動物が最もいやがる火の中に何度も入っていくというようなことを見ると、どうもそれは、心ではなく、本能によるものではないか
と思えてしまいます。
私の動物に関する知識が足りないのかもしれませんが。
そうとは言え、「本能なら、火を怖がって、子供を助けない」、ということになるのではないか?
ということも、言えるようにも感じます。
どちらが正しいのか分かりませんが、私は、「助けたこと」が本能だと思います。
もし人間なら、おそらく助けに入れない、あるいは入らないのではないかと思います。
だれかが、止めるでしょうし、人によっては、自分で入らないかもしれません。
(森田健さんによると、若山敏弘さんの話では、直接助けない方が良いようなのですが。直接助けると時空に、身代わりかと思われてしまうそうです。)
もちろんそこには、猫と人間の、体の大きさ、運動能力の違いという要素もあるでしょうから、必ずしても、知能だけが、そうしない理由ではないとも思
いますが。
しかし、猫は助けに入ったようです。
全ての猫がそうするのかは、良く分かりませんが、そういう前提に立って考えます。
これは、どうも、本能のように感じます。
本能とは、何かと考えれば、創造主がDNAに書き込んだプログラムということでしょう。
それに、つまり、親猫の立場を物質化した折には、自分の危険を顧みず、子猫を守る、ということが、DNAに書き込まれているのでしょう。
これは、どういうことかと言えば、子猫の立場から見てみれば、ハンドルを手放してしまえば、宇宙的観点から、ちゃんとと助けてくれる存在がいる、と いうことなのだと感じます。
人間でも、同じことなのだとは思いますが、人間には知能というものがありますので、今やっている行動、行為は、果たして本能によるものなのか、知
識、知恵によるものなのか、分かりにくいことがあります。
赤ちゃんに、オッパイをあげる母親は、素直に本能によるものだ、創造主がDNAに書き込んだものによるものだ、と感じられるのですが、哺乳ビンで赤
ちゃんにミルクをあげる姿からは、これは果たして本能なのか、知恵なのか、判断つきにくいところがあります。
また動物の場合、親が子供に、狩の仕方を教えている場面は、本能によるものだと感じられますが(心によるものでもない)、人間のケースで、親が子供
に勉強を教えているところを見ても、子供のためを思っての本能なのか、自分の何かを満足させるための、”愛”ではない、何かによるものなのか、分からない
ことがあります。
ただ、少し考えて見ますと、勉強を教える、というのは、人間であれば、心か、知恵か、それ以外のあまり良くない感情、ではないかとも思えます。
もし、人間のケースで本能により、親が子供に何か手ほどきをするとすれば、もっと原始的な・・・・食べ物の食べ方とか、そのような種類ものもののような気
がします。
実際はどうかは、良く分かりません。
どうも、人間は、知能というものがある故に、行っている行動が、本能、つまり創造主によってDNAに書き込まれたものによるものなのか、後から身に付けた
知識、知恵によるものなのか、分かりにくくなっているようです。
私だけかもしれませんが。
セックスは本能なのでしょう。
しかし、たとえば、顔に精液を引っ掛ける、というような行為は、どう考えても、本能ではないと思います(笑)。
私はやりませんが(笑)、表現の自由とは言え、規制したくなるのも、まったく分からないこともありません。
とすれば、そういうのは、良い知識かどうかは別として、知識となると思えます。
動物が繁殖期に、求愛行動を取るのは、本能でしょう。
求愛に、変わった踊りをする鳥や、ほかにもいろいろな行動をする動物がいたりしますが、本能でしょう。
人間も、性欲が高まってくる時期というのは、男女ともにあるようですが、その時とる行動というのは、どうでしょうか?
基本的には、知識のような気がしますが。
露出の多い服を着る、香水を付ける・・・・・少なくとも、表面に出てきていることは知識のように感じます。
もちろん、「胸を強調すると、男性はまいってしまう」、「いい匂いのする女性になびいてしまう」というようなことは、ひょっとすると、DNAに書き込まれ
てるのかもしれないのですが。
(私だけかもしれませんが)
いずれにしても、人間を見ていると、どの部分が本能なのか、が分かりにくいように感じます。
(言いたいのはこういうことです)
少しだけ、違う方面から考えれば、人間は知能がある故に、本能が、知識にこまかされることもある、ということも言えるでしょう。
こまかされないようにするには、本能の部分を強調するか、正しい知識を得るか、ということになるのだと思います。
ただ、ここでの知識とは、どちらかと言えば、ソフトウエアのことであり、融通の利かない「答え」ではないと思います。
むしろ、融通の利かない「答え」は、本能を騙すために有効に使用できてしまう手段でさえあるのかもしれません。
何が言いたいのかと言いますと、私は、火の中へ5回も入っていき、子猫を助けた親猫の話を聞き、「宇宙の愛」、「宇宙に愛されているとはどういうこ
とか?」 ということを、感じてしまいました、ということです。
もっとも、動物の本能と、人間の本能は、まったく同じではないとも感じます。
猫は、餌を十分に与えておいても、ほっとおけば、狩をして、餌になる小動物を取ってきます。少なくとも、動くものを捕まえます。
人間は、食べ物が十分にあれば、ほっておいても、狩をしないようです。
先の猫の話にもどりますと、その後、親猫は、病院へ連れていかれ、飼い主も、見つかりました。
もちろん、この猫は運の良い猫と言って良いかもしれませんが、何か、ハンドルを手放なす、宇宙に愛されていることを自覚する、とは、こういうことなのかも
しれない、と感じながら見ていました。
ただ、この猫は、何か特別の使命を持った猫である可能性もあるかもしれませんね。
そこまでは、良く分かりません。
みなさんは、どう思うでしょうか?
本能に限らず、知能によって、こまかされてしまう、ということを考えるとき、いくつか、頭に浮かぶことがあります。
※かなり横道にそれますが、「こまかす」ではなく、「ごまかす」なのです
ね。どうもいくら変換しても、できないと思いました。
「ごまかす」は「誤魔化す」と、変換されますね。
北方健三さんは、良くエッセイや、作品の台詞の中で、「全部好きということは、全部嫌いということと同じだ」と書いていました。
初めてこれを読んだときは、「そうか、なるほど」などど思ったりもしましたが、今考えるに、これは、間違っていると思います。
「全部好き」と「全部嫌い」は違います。
「全部好きということは、全部嫌いということと同じだ」というのは、要するに「差をつける」ということだと感じます。
しかしながら、「全部好き」とは、全部好きなのです。
「全部嫌い」とは、全てに不満を持っている、ということだと感じます。
最近、上記のように思っています。
「強きをくじき、弱気を助ける」、だったかなにか・・・・・そういう言葉がありますが、これも問題あると感じます。
しばらく私は、この言葉に無意識にコントロールされ強いものには、なんでも歯向かい、弱いものには何でも、大目に見る、というようなパターンの人間であっ
たことがあります。
正しくは「強かろうが、弱かろうが、正しいものは正しく評価し、正しくないものは、正しくないと言い、・・・・」というようなことが、正解なのだと
感じます。
だれが一体、このような間違ったことを、言い出したのでしょうか?
もっとも、弱い者いじめが好きな、波動の低い人間に、「強きをくじき、弱気を助ける」、を言い聞かせれば、嗜好と知識が相殺されて、だれにも攻撃しない人
間になるかとは思いますが。
ジャングルで、ライオンが草食動物などを襲い、食べてしまうのを見て、「弱肉強食」だと言う人がいますが、あれもどこか間違っていると思います。
うまく言えませんが、ライオンは、草や昆虫を食べません。昆虫のほうが、草食動物より弱いと思います。
また、草食動物を食べつくしてしまうこともないようです。
また、良くやっている番組で、ペンギンが一生懸命子供を育てているのに、他の鳥が来て、卵を食べてしまったり、ひなを襲ってしまっているのを映して、「こ
んなひどいことを・・・・・」とやっているのも、どこか間違っていると感じます。
どこか、ひどく人間の視点すぎると感じます。
もし、そこまで人間的視点で番組を作るというのなら、ちゃんとその前のシーンでペンギンのおかあさんが、小魚だったか、何かを食べているシーンをやってい
ますので、本当であれば、小魚の親子の物語も、放送しなくては、不公平です。
あるいは、卵を食べてしまったほかの鳥も、子育て風景も映さなくては不公平です。
魚にしてみれば、「おかあさん魚が育てた子供魚を、大きなペンギンがやってきて、食べてしまいました。なんという・・・・・」
というドラマがあるかもしれません。
鳥にしてみれば、「1週間ぶりにおかあさん鳥がひなに餌を持ってきました。・・・・」
というドラマがあるのかもしれません。
言ってみれば、”他の鳥”はテレビによって作られた悪者であり、ペンギンのえさになった魚は、完全無視された状態です。
事実を客観的に映さなくてはいけないと感じます。
少し違うことですが、私の幼少時代からの癖で、「これとこれ以外だったら、何でも良い」
と考える癖がありました。
つい最近まで引きずっていましたが。
なんで、こんなことをしてしまっていたかと言えば、なんとなく覚えていますが、緊張するのを防ぐためであったか、心を広くするためであったか、希望
が叶わずにがっかりするのを防
ぐためだったかのように思います。
子供の浅知恵が、つい最近まで無意識に引きつながれていました。
これは、どうやらとんでもない間違いのようです。
心にうまく映像が出てこなかったのも、これのせいかもしれません。
正しくは、やはり「これ」と指定することであり、そうでなくとも、「これか、これ」と第一志望、第二志望を指定するのがよいようですね。
どうも考えるに、マニュアル的な、データの丸暗記とは、世の中を1次元的に点のようにしか見ていない人間のやることのように感じます。
188:Trio in Person: ボビー・ティモンズ |
||||
「モーニン」の作曲者として有名で、アート・ブレイキー&ジャズメッセンジャーズでの活躍で知られるボ
ビーのアルバムです。
「モーニン」はファンキージャズの名曲として知られますが、ファンキージャズとは、R&B色の濃いジャズという感じだと思います。 実際ボビーにピアノは、そういう味がします。 私は20代から30代まで、この手のジャズが大好きでした。 今はなぜか、それほど聴きたいとは感じなくなっています。 決して嫌いではありませんが、取り合えず自然に任せておこうと思っています。 |
1つは、「超脳革命」(オーエス出版:1996年9月)、もう一つは、「人類を救うヒット商 品開発法」(1995年3月発行:東洋経済新報社)というものです。
政木さんの場合、どの本を購入しても、基本的に80%は、ほとんど同じことが書いてあります。
残りの20%に、他の本を読んで、もっと詳しく説明してほしかったのに、思っていたようなことが書いてあります。
「超脳革命」(オーエス出版:1996年9月)の159ページには、こんなことが書いてあり
ます。
(引用)
『私が子供の頃から、人がなんとも思わないようなことにでも不思議さを感じる性分
だったことは前にも述べたが、このような気持ちは、八〇の声を聞いたいまでも変わっていない。
等々、まだいくらでも疑問を挙げることができる。』
これらが森田健さんの言う下位の問いなのか、上位の問いなのか、いまだ、はっきり判別つきま
せん。
ベーシックな問いが下位の問いということですが、思うに、どうも「自分(人間)の肉体と直接関係のないことへの問い」と仮定してみると、何となくでも上位
と下位の問いの判別が付いてきそうな気がしています。
「肉体」を「利害関係」あるいは、「個」としても、良いのかもしれません。
あるいは、ネットワークに対する問いが、下位であり、端末単位への問いが上位の問いなのかもしれません。
もっと言えば、全てのものが宇宙の下で繫がっていることを自覚して、初めて下位の問いがももてるのかもしれませんね。
宇宙に愛されていることを、自覚しているか、どうかとも言えるのではないかと感じます。
この概念は、どうも簡単に分かる人とそうでない人に、大きく分かれているような感じがしま す。
実際は、統計を取ったわけではないので、よく分かりませんが。
取ってみたら面白いですね。
とってみて、どのような傾向があるのか、を見てみたい気もします。
みさなんは、どう思うでしょうか?
さて、上記の判別から政木さんの疑問を考えてみると、どうも下位の問いに近いものであるのか
もしれません。
みなさんはどう考えるでしょうか?
だた、上の判断方法からだと、「恋愛とは何か?」というような問いは、下位の問いよりいくら
か上位よりの問いに判定されるように感じます。
果たしてどちらなのでしょうか?
恋愛などまったく興味がない、という人にとっては、下位の問いになるのかもしれません。
あるいは、恋愛を、どう知りたいのか?ということによっても違うのかもしれません。
「How
to」であれば、きっと上位でしょうし、「人間に恋愛という感情を、なぜ時空は持たせたのだろうか?」ということであれば、下位になるのかもしれません。
良く分かりませんが。
今、たとえで、「なぜ時空は・・・」と書きましたが、なんでもなんでも、「時空」をつければ
下位の問いになるというものでもないのでしょう。
上記の政木和三さんの疑問ですが、1995年発売の本ですので、当然この当時の疑問と言うこ とになります。
裏覚えですが、確か、「光の速度は一定ではない」ということもどこかに書いてあったように思
います。
勘違いかもしれませんが。
あるいは、「時間は波動である」ということは、いろいろな本に書かれていますが、政木さんの
他の著作にも書いてあったかどうかは、良く覚えていません。
もっとも、私には、本当に時間が波動なのかどうか、知りようもありませんが。
勘では、「波動なのだろう」という感じです。
自動作曲ソフトというのがあるようです。私は使ったことがないので良く知らないのですが。
もしそのソフトが、相当量の曲のパターンをインプットされており、あるフレーズを入れると、残りの部分を自動的にこしらえてくれるものであるとしたら、そ
の曲上のタイムコードが時間に相当するもののイメージのように感じます。
つまりこの場合で言えば、人生、歴史は作曲された情報ファイルということになるのですが。
ファイルを開いて、特定の箇所を、自分で考えたメロディに変更すると、それに従って、前後が
自動的に作曲され直すとすれば、その行為は、正に運命変更に似ていると感じます。
もしこのソフトに「自動アレンジ機能」もあれば、メロデイの変更に従って、アレンジ(伴奏)
も変更されていきますので、各楽器の各パートも、違う譜面に変更されます。
それが他の人の運命に相当すると考えると、何とも興味深いソフトだと思います。
各パートも譜面ですので、それも一種の作曲だと考えれば、もしそのアレンジを任意に変更する
ことにより、他のアレンジ部分、メロディまで変わっていくとするならば、その相関関係は、まるで人と人の係わり合いのようです。
果たして、本当にこのようなソフトなのかは、知りませんが、もしそうであったなら、一度使
かってみたいものです。
みなさんは、どう思うでしょうか?
政木和三さんは、良く、「欲を捨てて・・・」ということを書きますが、これがどうも何が言いたいのか、分からな
い部分がありました。
今でも、100%など、とても分かってはいませんが。
「ああしたい、こうしたい、○○がほしい」という目先の小さな欲望を捨てることにより、生命体の能力が発揮できる、と書かれています。
今自分がすべきことを、確実に行うことによって、目標の達成ができる、としています。
高い理想を掲げ、目標の実現に燃え、「一生懸命さ」を口癖にしている人がいるが、一生懸命さ
の中に欲望があると、判断力、実行力が鈍り、がむしゃらにやっても思うように成果が上がらない。
目先の欲望をみつめている間は足元が宙に浮いた不安定な状態にある、としています。
目先の欲望を捨て、「無限小」の速度で、「無限大」の時間をかければ、雑草の芽がアスファルトにヒビを入れて芽を出すように、軌跡のようなことが起きると
言っています。
要するに、焦点に向かって、舵を握り締めすぎるな、ということが言いたいように感じます。
ここで語られている「目先の欲望を捨てる」ということが、私には、森田健さんの言う「ハンド
ルと手放す」、という
ことと、同じ意味に思えてなりません。
政木さんは目先の欲望を捨てる方法として、2つ挙げています。
1つは、絶対達成できないような大きな目標を持つこと、としています。
そうすることにより、目先の欲望にはとらわれないようになるそうです。
そして、一度、絶対に達成えきないような目標を持ったら、後はすっかり目標のことを忘れてし まい、 自分の足元をしっかり見据え、今やらなくてはならないことをひとつづつやっていくのが良いそうです。
また、もう一つは、完全にあきらめること、とあります。
完全にあきらめ、そして「もう〜〜になりました」と過去完了形で思うことによって、軌跡のよ
うなことが起きることがある、としています。
実例なども挙がられていますが、興味がある方は、ご自身でお読みになってみてください。
ただ、これは政木さん自身「私の生命体から、こうだ、と知らされたのであって、どういうこと
なのかは、分からない」としています。
掲載されている実例は、医者からみはなされた命が助かったりなど、本当に”諦めざるを得な
い”状況であって、はじめてそうなるようです。
時々、願望達成の本に、「過去完了系で願うこと」とありますが、もしそれが政木さんと同じこ
とを言っているのだとすれば、「完全にあきらめる」という大事な要素について相当ページをさいていない限り、表面だけをなぞった調子の良い本だと思わざる
を得ません。
普通の人が、「完全に諦める」、という心境のなれるのは、「もうこれ以上、できない」というところまでやった瞬間だけだと感じます。
そう考えると、これはとても片手間の願望実現の方法などにはなり得ないものであると感じま
す。
ただ感じるに、普通30年以上生きれば、一度くらい、「もうこれ以上はなすすべがない」という経験があるのではないでしょうか?
ささいなことでも構わないとすれば・・・・・
私の経験では、そのような時というのは、「残念」ではあるものの、「残念」すら感じなくな
り、何か「フッ・・」という感じになる時があります。
あの時というのは、ひょっとしたら、脳波がシータ波になっているのかもしれません。
その状態によって、どこかにアクセスすることが可能になり、運命と言いますか、物質化と言い
ますが、原因の世界と言いますか、そう言ったものを、変更しているのかもしれません。
仮説ですが。
自動ドアと自動炊飯器は政木さんの発明によるもののようですが、これらが世に出る前に、政木
さんの家には、政木さんが作成した、これらのものがあり、すでに活用されていた、というのが、何かとても面白いです。
当時(昭和30年より前)、映画館で放映されていたアサヒニュースが政木さんの家に取材に来
て、その放映を見た家電メーカーが製品化したい、というので製品化されたそうです。
ちなみに自動炊飯器の第一号機は東芝からで、それが昭和30年くらいのことだったそうです。
発明と言えば、空気エンジンなどは、無公害でとても、良いものだと感じますが、私は素人なの
で、素人考えで発想しますと・・・・
夏の暑い日、あの暑さを原動力にして、冷房のエネルギーを作り出すことはできないのでしょうか?
太陽発電がそうだと言われればそうなのですが、たとえば、各家庭で使用している冷房の室外機から出てくる熱を集めて、それをエネルギーに変える、とか、そ
ういうことなのですが。
きっと、むつかしいか、だれかが研究中なのかもしれませんが。
それとつまらないことを発想すれば、コンビニなどは一日中、電気が付いて冷房も暖房も効いているので、あれに、貸し勉強部屋でも付けて、時間割りで貸し出
したりすると、儲けと言うより、電気代の節約になって良いような気もします。
夜食もすぐ買えますし。
24時間営業のボーリング場なども同じですが。
後は、あれですね・・・・・夕方になると、60歳近い方が、ウォーキングを良くしていますが、どうせ毎日やっているので、ペットの散歩代行を一緒にやって
しまえば、面白いかもしれません。
どうでしょうか?
夜の仕事の人などのペットんは最適かもしれません。
むつかしいこともあるのでしょうが。
ところで不思議研究所から太極八卦鏡を購入して、4,5ヶ月経ちましたが、変化としては・・・・・隣の部屋の、少し変わっている人が引っ越して、中国人の
人が越してきたのは購入の少し前でしたが、下の部屋の、部屋から異臭のする人が引っ越しました。先日、新しい人が越して来ましたが。
また窓から高速道路が見えていたのですが、部屋と高速道路の間の道にある家が立替を始めて、高速道路が見えなくなりました。
風水の本によると、高速道路は見えないほうが良いようなのですが。
とりあえず、物質化した現象としては、このようなところです。
同じく不思議研究所の財運ストッパーですが、後が木の板で止めてあるのですが、どこかの加減
が悪かったようで、一箇所でっぱってしまって、うまく閉まらない状態でしたが、先日ヤスリで削って、きちんと(前よりは)閉まるように変更しました。
ちなみに隣の中国人の方ですが、当初、女性でしたが、すぐに男性に代わってしまいました(何故?)
とりあえず、エッチなビデオを音を出して見れるようになりましたので、これで良いのでしょ
う。
ボビー・ティモンズでした。
189:PETER GUNN: サウンドトラック |
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アメリカ・テレビ映画「ピーターガン」のサウンドトラックです。 テーマソングは、例の有名なリフの曲です。 多くの方が一度は聴いたことがあるかと思います。 作曲はヘンリーマンシーニです。 全編、よくサウンドトラックにあるような、短い演奏ではなく、3分近く演奏されています。 ちゃんと曲として成立している、ということです。 結構モダンなジャズです。 演奏メンバーは特にクレジットされていません。 2,3年前はよく聴いていましたが、最近はまったく聴いていません。 趣味が変わったのかもしれません。 ちなみに、このテレビ映画は、記憶の限り、見たことがありません。 |
さて、以前マックのパフォーマーを所有していたとき、生命判断ソフトが入っていました。
「これは本当にあたるのか?」と思い、「美空ひばり」とか、「鶴田浩二」とか入れてみて、どうなるのか、試してみました。
すると確かに、相当良い判断が出てきました。
当時は、「なるほど、あたるのかもしれない」
と思いましたが、今考えると、ひょっとしたら、そういう有名人だけ、うまく良い判断が入力されていた可能性もありますね。
実際はどうだか、よく分かりませんが。
同じ名前の人がどういう運命を辿っているのか気になり、探してみたことがあります。
一人だけ見つかりました。
役者をやっている人のようです。
読み方まで一緒でした。
テレビでは、見た子ことがない人です。
知り得た情報の限りでは、特に似たような運命を歩んでいるということではないようです。
生年月日だけで運勢を占っているものもあります。 国内では、アルトサックスの本多俊之さんなどが、同じでした。 いつだったか、中学くらいの時に私がFMラジオ番組に私が出した「ジャズは音楽面ばかり言うが、若い人(当時)の音楽は詩もみなくては
だめだ」とい
う葉書は、本多俊夫さんあてだったか、油井正一さんあてだったか、よく覚えていません。 ただ、「ジャズのような音楽が好きになる運命」という意味だけが、この生年月日にあるかもしれません。 良くは分かりません。 ※永島 昭浩さんというサッカー関係者が、年も日にちも同じでした。サッカーは詳しくありません。 |
不思議研究所のサイトで、森田健さんが、
「フォーカス27までがネットワークに入っているかもしれない・・・」
という仮説を書いています。
これは先日、船井幸雄さんのところで主催されたセミナーで話した内容ということです。
このネットワークとは、私の理解の限りでは、
「生物は大きなネットワークにつながっている端末のような存在である。
それ故、問いを発することにより、たとえば一匹のバッタによってでも、未来に対しての答えがもたらされる事がある。(詳しくは、『運命を変える未来からの情報』:講談社:2004年4
月発行、をご覧下さい)
その繫がりは、相互の運命に対して、影響しあっている存在でもある。」
ということだと思うのです
が、従来の私の理解などでは、創造主のもとに、全ての宇宙の存在はつながっているのは当然であるにしても、相互の運命に関してのつながり、と考えたときに
は、生物だけである、という考えがありました。
それに対して、更に踏み込
んで、運命の相互のネットワークの中にはフォーカス27も含まれる、つまりフォーカス27までにいる生命体(肉体のない存在)まで含まれるというのが、こ
の森田さんの仮説です。
フォーカス27とは、どう
やら、28以上にいる生命体、いわゆる霊魂が、再び地上に生まれ変わるときにやってくる場所ということです。
私は行ったことはありませんが、モンロー研究所などで、体外離脱するといけるようです。
森田健さんの「あなたはだ
れですか?」と聴かれる扉は、このフォーカス27にあり、その扉の向こう側がフォーカス28という場所だということです。
この話は、船井幸雄さんの「人は生まれ変わる」(ダイアモンド社:2005年5月発行)にも書かれています。
そのフォーカス27まで
も、ネットワークに含まれ、つながれているのではないか?というのが、森田さんの新しい仮説ということなのです。
190:BODY HEAT:JAZZ AT THE MOVIES |
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映画音楽をジャズアレンジでムーディに演奏したアルバムです。 知っているミュージシャンは、テナーのアーニー・ワッツ以外はいません。 10曲目に「タクシードライバー」が入っているのが、私的にはポイントです。 しかし「タクシードライバー」は、やはりサントラのトムスコットによる演奏が一番好きです。 あの映画を見たのは小学生の時だったように記憶していますが、今思い返すと、なんとも不思議な映画です。 うだつの上がらない控えめなタクシードライバーが、仕事の合間に体を鍛え上げ、街にはびこる社会悪と戦い、勝つ・・・そしてその後はまたタクシードライ バーとして、今まで通りの生活を続けていく・・・・というものだったように記憶しています。 アメリカ的には、きっと社会悪をやっつける、というところがポイントなのではないか?と感じます。 作者の意図としては、通常の常識では掴みにくい主人公の日常生活に対しての、”何か”であるのではないかと考えますが、果たしてどうだか分かりません。 日本人の私には、あそこで演じられている状況が、たとえばピストルなどを、いとも簡単に普通の人が使用できる状況も含めて、現実的な映画なのか、虚構が 多い映画なのかも、よく分かりません。 |
政木和三さんの、例の「完全にあきらめて、すでになりましたと思い、感謝すると・・・・・」ですが、私には、諦める、と言う言葉は、「だめ」という
感覚もついてまわるので、実際は政木さんの生命体が本当に言いたいことが、正しくは繁栄された表現ではないのではないかと感じます。
1〜20 | 21〜40 | 41〜60 | 61〜80 | 81〜100 | 101〜120 | 121〜140 | 141〜160 | 161〜180 | 181〜200 191〜200 |
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201〜220 | 221〜240 | 241〜260 | 261〜280 | 281〜300 |
クリスマスアルバムのコーナー |
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