理由もなくこればかり聴いてしまうCDのコーナー

CDはたくさんあるのですが、なぜか、いつもこればかり聴いてしまうCDを紹介します。

 

 



1〜20   21〜40   41〜60   61〜80   81〜100   101〜120   121〜140   141〜160   161〜180 181〜200      
201〜220   221〜240   241〜243

245〜250
251〜260
  261〜280   281〜300                        
クリスマスアルバムのコーナー                          




 



《否 定》を手放 (1)

   《否 定》を手放す http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.html

 
欺瞞は古 い道具で、あなた方が、明白に見えるものの含意を正視することをしないで、《否定すること》を選んでいる場合にだけ有効なものです。
《気付き》は、無知を認めることを怠っている場合に、それを自覚するための全能の道具です。
あなた方は、あなた方の感情だけでなく、直感を信頼することを学ぶべきで、そうすれば、真実と虚偽を見分けることができるでしょう。



否定すること」 とは、地球の多くの人々が持っている、「耐え難い真実(後 出)」に目を塞ぎ、あるいは無関心を装う傾向のことです。
例えば、「9/11」や、それを種にしたそ の後の世界に出来事にまつわる、数々の疑問に目を塞ぎ、「そんなことがあるはずがない」「そんなことは知りたくない」という思いの中に逃げ込んで、それ以 上動こうとしないことです。



ですが・・・
アメリカは、どうも演出をする可能性があるかもしれません。
良く分かりませんが、「真珠湾」、「アラモの砦」の話を聞くと、人の命を利用してでも、演出をする可能性があります。

日本人の常識では絶対に考えられないことですが。


しかし資本主義の基本を考えれば不思議ではありません。
人をから奪う、のが前提のものだからです。

どうも、私がサッカーが嫌いなのは、ボールを奪わなくてはならないあからのようです(笑)。
野球は、ちゃんと、「次は私の番、次はあなたの番」と決まっています。
アメリカで一番、大リーグにまともさを感じるのは、そのせいかもしれません。





牛肉ですが・・・
イギリスで狂牛病に感染してなくなった日本人がいました。
つい数年前ですね。

日本は全頭検査をしています。
当然です。
日本人の何人かを検査して、病気の人は一人もいませんでした。
ですので、日本人は全員病気ではありません、が通用するはずありませんね。
私の小学生のころは、良く夏になると、「どこそこ小学校で赤痢の集団感染がありました」とかやっていました。
そうなったら、全生徒をきちんと診断してくれないことには、困りますね。


アメリカは全頭検査はしていません。

そして、アメリカは、関係機関でいくらいくら収入を失ったのは日本のせいだ、何人失業したのは日本のせいだ、と言っています。

超党派の議員で、日本制裁案を出すと報道させました。

全頭検査を論議する機関では、日本政府が押し付けた結果を間違っているとして、辞めようとした委員がいました。

その報道がある少し前には、小泉さんがニュースに出てきて、牛肉問題は政治決着するような問題ではない、と話しています。

沖縄の基地問題で、日本が譲歩すると、「日本を評価する」と発言します。

事象以外は書きません。







さて・・・

否定すること」 とは、地球の多くの人々が持っている、「耐え難い真実(後 出)」に目を塞ぎ、あるいは無関心を装う傾向のことです。
例えば、「9/11」や、それを種にしたそ の後の世界に出来事にまつわる、数々の疑問に目を塞ぎ、「そんなことがあるはずがない」「そんなことは知りたくない」という思いの中に逃げ込んで、それ以 上動こうとしないことです。


ですが、確かにあるはずのない、ということもあれば、そう思うことが必要なこともあります。
「友人を信じる」などは、そうあるべきことでしょう。

そうしますと、
あなた方は、あなた方の感情だけでなく、直感を信頼することを学ぶべきで、そうすれば、真実と虚偽を見分けることができるでしょう。

の方が、きっとややこしくないかもしれません。

直感は、高次元と直接通じて、答えを得ることです。
是非、直感を大事にしようと思います。


直感についてはhttp://www5f.biglobe.ne.jp/%7Emotion-emotion/j97.htmlに いくらか書いてあります。
もし参考になるようであれば、参照ください。



どうも、直感力を身に付けるのは、我欲が強いといけないようです。
これは、例のトランスチャネラーとコンシャスチャネラーの関係にも似ているように感じます。

きっと、思ったより多くの人が、高次元からの情報をキャッチしているのかもしれません。
特に日本人は。

その意味では多くの人はコンシャス・チャネラーである可能性もあります。
但し、我欲が強いと脚色してしまうのではないでしょうか?

脚色に意図を感じるなら、誤訳というべきでしょうか?



ただ、電波の受信の原理を考えれば、確かに、想像主の波動と共鳴しない限りは、正しく答えを受け取ることはできないのでしょう。
その意味では、思ったより多くの人がコンシャスチャネラーである可能性があっても、誤訳ではなく、ラジオやテレビにノイズが乗っている状態という方が正し いのかもしれませんね。





さて・・・
波動の悪いものの例で、「ハードロック」、「ヘヴィメタル」のような音楽、というのを、何かで読んだことがあります。
これが周波数なのか、フレーズなのか、音量なのか、演奏者の波動なのかは、良く分かりませんが。

ただ、確かに、大きな音量というのは、内容いかんに関わらず嫌いな人があるかもしれませんね。
良くサイトを訪れて、勝手に音がなるようにしているところがありますが、時々ボリュームが高いままになっているときなど、「ドキッ」としてしまいます。

かく言う私も、以前はそういうサイトを作っていましたが、今は止めました(笑)。


赤ちゃんが、テレビなどのホワイトノイズを聞かせると、泣き止む、ということがあるそうです。
どうやら、おなかの中にいる時に聴いている音に似ているからだそうです。

私は波の音を聞くと落ち着きますが、あの音も、ホワイトノイズに似ていますね。
ラジオなどで、ホワイトノイズを出して、ボリュームを上げたり下げたりすると、波の音が作れます(笑)。

これは、2重に効果があるのでしょうか(笑)?



楽器でホワイトノイズのような音のする楽器は何か、と考えましたが、あまりないですね。
一つ思いついたのは、ブラシで擦ったドラムです。
何もこれは、嘘でも、思いつきでもなく、ドラムにはこういう奏法があります。
主に、ジャズのバラードなどで使われますが。
私はこの音が大好きです。
「シャーシャー・・・」と言う感じの音がします。
ひょっとしたら、これも、同じ効果があるのかもしれません。

昔佐藤允彦さんというジャズピアニストのバラードアルバムで、ブラシの音がきれいに入っているものがありました。
CDでは一度も見たことがありません。

その内、出てくるでしょう。






さて・・・・・・
「多母の広場」の「天使と語 る」
に次のようなQ&Aがありました。




Q(要約)
人生はあの世で自分で計画して生まれてきたと言っている方がいる、本当か。
それならばなぜ、今のイラクのように人を殺したりする現象が存在するのか。
人を殺す計画をして生まれてくる人がいるのか。

A(引用)
魂の進化における自己プログラムは、確実に計画されています。その自己プログラムを読み取ることで魂の進化 がスタートするわけですが、人類は自由意志というプログラムがあり、「悟り」のプログラムが存在しています。「人を殺す」計画は誰もしていません。が、欲 望という「好き嫌い」の曇りによって進化のプログラム読み取りに誤りを生じてしまいます。残念です。
この自己プログラムに反する全てをエゴと呼びます。善に向かう純粋性の欠落がその人の本質をそこなっています。勇気を持って善を貫く決断を祈ります。私も 本当につらいです。


(以上)

というようなものです。

別にこれによって、考えを変えたということでもないのですが、どうも、やはり、生きるプログラムをどこかの時点で決めてきたように感じてしまいます。
森田健さんの「生まれ変わりの村」の報告を読むと、少なくとも、輪廻転生の度ごとにそのようなことはしていないようですが。


たとえば、魂として表れた時点で、地球のとりあえずの終了の瞬間までの自分と言いますか、根霊と言いますが、ある単位で、全て決めたのかでしょうか。

きっと、3,4,5次元でのできごと全てを決めているのかもしれません。

六爻占術でも、盲師派推命占術でも、インド占星術でもなんも良いのですが、生まれたての状態で占って「これだけは占いの結果として出てこない」というもの はあるのでしょうか?

良く分かりませんが、あったとすれば、興味深いです。



自己プログラムに反する全てがエゴである、と岡田多母さんは書いています。
その意味では願望実現法、占いなどによって、かなえた全てはエゴなのかもしれません。
しかし、その結果も、決めてきたものであるかもしれないことを考えれば、必ずしもそうではないかもしれません。
「占いの結果に感動して、占い師になった」という運命もあるかもしれません。



本当にエゴとはなんでしょうか?と考えます。
希望、願望は思考から当然発生するように感じます。

人との比較によらないものはエゴではない、ということでしょうか?




岡田多母さんは「欲望という好き嫌いの曇り・・・」と書いています。
あえて、「欲望という・・・」と書いていますので、「この仕事が好き」とか、「○○さんが好き」、「平和が好き」というような好き嫌いを欲望とは言いませ ん、ということなのだと感じます。

「欲望という好き嫌いの曇り・・・」とは、どのようなものでしょうか?
「嫉妬心による、他人との比較上の好き嫌いの
曇り・・・」と言い換えても良いのでしょうか?
私はこれであると、分かり易いです。


であれば、
「○○さんは、好きだけど、■■さんより収入が少ないし、背も高くないので、■■さんを取る」とか、
「この仕事は好きだけど、収入が少ないし、かっこ悪いから嫌い」とか、
「平和は好きだけど、それを求めると、のし上れないから、人を踏み台にする方を選ぶ」とか、
そういうことなのだと感じます。


もちろん、これらが創造主の波動に反していることは分かりますが、人間の進歩を早めるために、嫉妬のDNAをONにしてしまった、というのなら、広く人間 全体で見れば、しかたのないことのように感じます。


ひょっとしたら、この嫉妬のDNAをONにしたのは、創造主というよりは、正確には、3次元に住む人間の総意だった、という可能性はないでしょうか?

人間と言うと、今の常識で考えると、無理があり、むしろ、5次元にいる間に、と言った方が、ありえやすいように感じます。
しかし、岡田多母さん式のかつては3次元神界であった、ということを考え、その頃は嫉妬のDNAがOFFであったとするのなら、まんざらそうでもないよう に感じます。

そして、その時に、「ある程度まで行ったら、今度は3次元の総意で嫉妬のDNAをOFFにする作業をしなくてはならない」とでも、みんなで同意しあってい た、ということなら、考えられるように感じます。

もちろん、ひょっとしたら変えることができないというリスクもあるよ、という前提であったかもしれませんが。

もちろん、想像です。


はたして、もしそしこのようなことであったなら、どのようにすれば、嫉妬のDNAをOFFに戻せるでしょうか?

結果的には、創造主の波動に同期することのように思えます。

その過程で必要なものは何でしょうか?


もちろん一人一人が事実を知る、精神レベルを上げる、ということはあるでしょう。

百匹目の猿現象のように、少しずつ、そういう人を増やして行き、どこかの時点でグッと増える、ということも一つの方法だと感じます。


他には、何ができるでしょうか?
何かあるような気がします・・・。




勇気を持って善を貫く決断」と書いています。

これは良く分かります。
できない人の気持ちも分かります。

田原澄さん人の話が、池田邦吉さんの本などに出てきます。
チャネラーであり、1970年代だったと思いましたが、宇宙学教室を開いて、宇宙の理を説いていた人です。(違ったら済みません)
この方の魂は、相当高い神であったようですが、それでも、各方面から、圧力などあり、大変だったようです。

分かっていても、できない、というのは、結局、こういうことがいくつもあったことを知っているからではないかと思います。
自民党の郵政反対派の議員を見たり・・・ということですね。


私だって、圧力を受けたりするのは嫌です。
ただ私の場合、嫌なのに、どうあがいても、安泰とした方にいられなくなってしまうという運命であったようですので、決まっていたのだな、と思わざるを得な いのですが。

ただ、間違いなく、時流は変わっています。


証拠は?と言われれば・・・
「江原さんなどが、ゴールデンタイムにテレビに出てきて、明るくあの世の話をしている」というのは、説得力はあるでしょうか?
「昔から、テレビでは霊だとかやってるよ」と言う人もいるかもしれませんね。



「大規模な自然災害がたくさん起きている」というのはどうでしょうか?
しかし、これは、40歳以上くらいでないと分かりませんね。比較のしようがありません。

「時間が短くなった」も同じことですね。



きっと1,2年の内に、何か決定的な証拠が出てくるのではないでしょうか?

自民党の反対派議員が、みんな大きく復帰するとか、そういう分かりやすいことかもしれません。
さすがにキリストが復活したりしたら、私も、腰を抜かすかもしれませんが。



とにかく、時流は変化したようです。

善と言うといろいろあるかもしれませんが、マクロに見て、善と呼ばれるものを貫いてみれば、嫉妬のDNAは消えることでしょう。








《否 定》を手放 (2)

   《否 定》を手放す http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.html

 人類が積 極的に《否定すること》を手放すまで、ウソや欺瞞は、どこまで遠くへ行かなければならないでしょうか? 
地球を理解するには、あなた方の本質の奥底まで旅する必要があります。
そこでは、あなた方のDNAの古いコードの中に仕舞い込まれているパターンを用いて、あなたの感受 性を再生することができるでしょう。
世界を変えるのに、あなた個人の力を絶対に過小評価しないでください――《否定の泥沼》から抜け出しさえすれば、あなたの選択幅は劇的に増えるのです。
いつも自分自身に問うことを忘れないでください――どうしてこの現実を創ったのだろう? 何が私のレッスンで、この機会の贈り物で、これから何を学ぶこと ができるのだろう?


 

DNAの古いコードの中に仕舞い込まれているパターン」とは、学者たち が「無意味なジャンク」などと呼んでいる、DNAの大半を占める部分のことです(参考:第4回《DNAの真実》)。
そこには、あなたが本来持っている機能である《テレパッシックな能力》が「眠っている」ので、それ を活性化すれば、真実を理解することが、極めて簡単になるというわけです。




さて・・・・・・
先だって、同期の話で、「岡田多母さんが、地球の自転のスピードが速くなっている」と言っている話を書きましたが、その時なにげなく、「それが時間が短く なっている原因」と書いたのですが、正にそうですね。

そして、正に、レコードの回転が速くなっている原理と同じように感じます。



それによって起きることですが、私は初め時間が早くなっているのだから、それまで時速100キロとして認識されていたスピードは、もはや時速100キロ以 下になっている、というようなことが起きているのではないかと想像しました。

つまり、距離の100キロは変わらず時間の1時時間が短くなっている訳ですから、仮に10年前に100キロと定められたスピードで1時間走ったとして も、100キロ走らないはずではないか?と思った訳です。

しかし、エハンさんも、小松英星さんも、「爪が伸びるのが速くなった」、「髪の毛が伸びるのが速くなった」というようなことを言います。

マラソンなどでも、今だに新記録が出たりしています。



このようなことを考えていくと、ひょっとしたら、世の有様としては、全てのスピードが速くなっている方向なのではないかと考えました。

想像するに、創造主だか、太陽だかの宇宙からの波動により、全てのスピードが速くなっている、のではないでしょうか?

ですので、必ずしも、地球が速くなったその加速度に否定するということなく、それぞれがそれぞれの基準で速くなっているのかもしれません。

地球の時点が速くなったことによる変化としては、恐らく岡田多母さんも言っている斥力が強くなり、鳥の飛行高度が低くなった、とか、多くの人の言う、時間 が短くなった、ということなのでしょう。


全てが速くなることにより、どのようなことが起きているのだろう、と考えたのですが、音速なども速くなっているでしょうか?
というよりは、私としては、音の周波数も高くなっているのではないかと考えるのですが。

理屈は分かりません。
何となく、そうではないだろうか?と考えた訳です。

強引に理由を言うなら、シューマン共振数が高くなっている、という話は有名ですが、これも、「全てが速くなっている」ことが理由なのではないかと感じたこ と、
あるいは、微細な波動ほど高い波動であるということから、宇宙から来ている信号は、周波数を上げて、波長を細かくする効果があるのではないか、と考えたと いうことが上げられますが。

私はかねがね、CDの音は高音がつまっていて嫌いだったが、最近ようやく慣れてきた、ということを書いています。
ひょっとすると、これが、慣れてきたのではなく、CDから出てくる音の周波数が宇宙からの信号によって高くなっていることが理由なのかもしれません。
実際はどうだか分かりませんが。


試しに、ネットで、「最近 音 ピッチ 上がった」で検索ををしてみました。
音楽をやっている人、特にクラシックの人の耳は、常人と相当離れた能力を持っていますので、何か不思議なことを言っている人がいるのではないかと思ったの です。



しかし、どうも決定的なものはありませんでした。
しいて上げるなら、
「最近5年も使っていたクラリネットのキーが高くなり、調整しきれなくなった。修理・調整に出した方がいいでしょうか?」
「最近はピアノ協奏曲では、ピアノのキーは440Hzではなく、442Hzです」
「最近設置された信号機の音のピッチが高いような気がする」
程度のものです。

これらなら、別に高次元的理由でなくとも、説明ができてしまいます。
もっとも、本当に宇宙からの波動で、ピッチが上がっているせいかもしれませんが。


ただ、分かりませんのが・・・
私は手巻き、自動巻きの時計を持っています。
これらは大抵50,60,70年代製です。
しかし時間はどうも正確なようです。
もちろんクォーツほどではありませんが。

時間が短くなっているはずですので、このように機械式のものは、今の時間と比べたら遅くなっていて良いように思うのですが、そうでもないようです。

ということは、これらのスピードも地球の加速に比例、あるいはそれに近い状態で速くなっているのでしょうか。
そうであれば、アナログレコードプレーヤーのスピードは速くなっている可能性はありますね。
調べてみます・・・


が・・・・・・特に、速くなったと言う人はいないようです。
書かないだけかもしれませんが。


池田国吉さんは、高次元からの情報が声として聞えるようなのですが、人にそれを言ったら、「キ○○イあつかいされるので、人に言わないようにしていた」と いう話が、著作にあったように思います。
また、母親がどうも、ある有名な肩の生まれ変わりであるようなのですが、それも、兄弟の反対があるので、著作にも書かないようにしているそうです。

その意味では、一般的には、「音が前より高くなった?」ということでも、気が付いていても言わない人の方が、きっと多いだろうとは思います。
もちろん、そういう事実はない、という可能性もありますが。


それを派生させると、どうも、日本にも生まれ変わりの村はありそうだな・・・と考えてしまいます。
可能性は高いと思います。

みなさんはどう思いますか?







さて・・・・・・
船井幸雄さんが、浅見帆帆子さんと対談で、「原因の世界には時間と言うものがないので、過去完了形で願うと叶うんだ」と言っていたのですが、
これは、政木和三さんが言う「無限小の力で無限大の時間をかけると奇跡のようなことが起きる」ということとも、何か関係のあることのように感じます。

もちろん、政木さんも「過去完了形で・・・」ということも言っていますが。


私が最近思っているのは、「無限遅のスピードで何かをやろうと思うと、うまく行く」というものなのですが。
私は物心ついていからずっと、せっかちな正確ですので、何でも、速く早く、という感じでした。

ただ、もし原因の世界を考慮することが意味のあることであるのなら、この「無限遅」、という概念もありなのかもしれないと思っています。
もちろん3次元的には、あせらず、ゆっくりと、ということが良いことのようですので、それで説明できてしまいますが・・・


みなさんは、どう思うでしょうか?












《否 定》を手放す
ですが、確かDNAはその3分の1程度しか解明され ていない、ということだったと思います。
もっと少なかったかもしれません。

どうも、残りの部分にいわゆる超能力というものが眠っている、ということのようです。
いろいろな人の意見を聞いても、確かにその可能性が高いですね。


この意見を目にするたびに、いろいろやっています。
なかなか簡単なことではないようです。

しかしながら、とにかく今宇宙から”応援波動(?)”が来ていることを信じて、継続して行こうと思っています。
みさなんは、なにかやっているでしょうか?


ひょっとしたら、それも決まった運命かもしれませんが、「どっちみち決まった運命なら、ほっておいてもそうなるさ」よりは、「どっちみち決まった運命な ら、やろうと思ったことはやってみよう」の方が、私には良いようです。

これが人によるのか、よらないのかは、良く分かりませんが。

ただ、私は、絶対にどこかに、普通に行きながら運命変更をする手立てがあるように感じます。
とにかく時間と金銭の許す限り、いろいろ試してみようと思っています。




船井幸雄オープン・ワールドがあった数日前には、耳鳴りが1分以上続くようなことが何度となくありました。
もし、これが、何らかの良い状態である、ということならば、その状態とは、当たり前ですが、神経が研ぎ澄まされた状態であるように感じます。

この言葉は、比較的だれでも使ってしまう言葉ですが、それでいて、なかなかありえない状態のように感じます。

どうも、ただ忙しければ良い、ということでもなく、前に目標があれば良いということでもなく、もちろん、ただ怠惰にしていれば良いというものでもないよ うです。




FOWの数日前の状態が、例えば仕事で明日大事なことが待ち受けている状態と、どう違うのでしょうか?


まず、わくわくする、ということにおいては、仕事にもよるとは思いますが、どちらもさほど換わらないように感じます。
おそらく、金銭なのでしょうか?
良く分かりません。

仕事にはどうしても、どこかに、金銭が付きまといます。
これ自体は別にそれほどいけないことではないと思いますが、どこかで、金銭にまつわる余計なことが付きまとい、 何かを邪魔するのかもしれません。

金銭に付きまとう何か、を考えると、やはり自分、ということになるのでしょうか?
ここら辺は、養う人を持っている状態とそうでない状態では、やや違うのかもしれませんね。

「速く結婚しろ」というのは、ここら辺にも意味があるのかもしれません。

しかし、FOWにおいても、別に私は養う何かを念頭には入れていません。

やはり「好き」ということでしょうか?
「好き」ということと、「自分」ということは、別物でしょうか?

別かどうかは別として(笑)、「好き」には、どこかに創造主波動に沿っている、ということが含まれている可能性はあるように感じます。
ここら辺も船井幸雄さんをはじめ多くの方が言っていますね。
別にオリジナルではありません。

DNAの話と結びつけるなら、「好き」はDNAである可能性は高いですね。
そういうDNAを持つ運命であった、とも言えるかもしれません。


使命を意識するかしないかは、別として、やはり「好き」に使命は同期しているのかもしれません。

 
私はどうしても、好きでないことを、継続してできるとは思えません。
数年前までは、「好きでなくとも、お金がいっぱいもらえれば、できるに違いない」、 と思っていましたが、どうもそうではないようだ」、ということが分かりました。

加えて、当時は「好き」は、優柔不断を招き、「好き嫌い」はいけない、ということは、「好き」もいけないことだ。
「感情」、「感覚」をなくしてしまえば良いのだ、そうすれば嫌で仕方のないこと、間違っていると分かっていることでも命令ならできる、とすら思っていまし た。
これは不思議なことで、当時も、「嫌いなこと」、「間違っていると思えること」をすると、胸の真ん中あたりが痛くて仕方がありませんでしたので、「痛覚さ え なければいいんだ」と思っていましたら、本当に痛覚がなくなってきてしまいました。

本当に、こんなこともあるんだな、と思うと同時に、どこかそうなって当然という意識もありました。

今は、痛覚も、戻ってきたようで、嫌なことをしようとすると、胸が痛みます(笑)。
ただ、体の痛覚は、まだ、薄いようです。
それとも、これも、何か宇宙意識と関係があるのでしょうか?

しかし、どうやら、痛覚がなくなっても、嫌なこと、間違っていると感じていることは長くできないようです。
今度は病気になりました。
しかし、流れがもっとやれ、ということなら、その状態でも続いたであろうとも思っています。
そうすると今度は、運命が、そうできないようにしたようです。
ちゃんと、それ以上やりたくても、やれないようになりました。
これも運命で決まっていたことかもしれません。



不食に関しては、「1日1食しな食べられないだなんて、悪いことに決まっている。何とか強引にでも、3食食べるようにしなくては・・・」と焦ってばかりい ました。


今度も、「体に痛覚が薄いだなんて、変に決まっている。なんとか取り戻さなくては・・・」と思っていますので、もし、この状態が正しいのなら、そういう情 報を得たいと思っています。

みなさんは、痛覚が薄くなった、ということはないでしょうか?








世界を変えるのに、あなた個人の力を絶対に過小評価しないでください――《否定の泥沼》から抜け出しさえすれば、あなたの選択幅は劇的に増えるのです。


ですが、私などはすぐに、自分を過大評価してはいけない、ということが頭に上ってきてしまいます。
つまりオゴリを恐れているわけですが。

これは、人にもよるのだと思います。
私には、謙虚という言葉が毒になってしまうようです。

最近では「謙虚」という言葉を見ると、「吐き気」を伴います。


世間一般から見れば、「謙虚」が正しいことは何となく理解できます。

きっとどうしても、「謙虚」と「
あなた個 人の力を絶対に過小評価しないでください」の、統合性が図れないのだろうと思います。

「過小評価せずに謙虚であれ」ということなら、少し納得できるように思えてきました。

とすると、私が勝手に謙虚に違う意味を載せている可能性があるかもしれません。
それは何でしょう?

やはり「卑下」でしょうか?


「卑下」と「謙虚」の違いはなんでしょうか?


goo辞書によれば、

ひげ 1 【卑下】
(名)ス ル
自分を人より劣った者として扱うこと。へりくだること。謙遜すること。
「必要以上に自分を―する」
(名・形動)スル [文]ナリ
いやしめ見下す・こと(さま)。
「その―なる者に至りては/新聞雑誌 60」
――も自慢(じまん)の中(うち)
表面では謙遜していて も、実はそれを美徳として自慢しているということ。



けんきょ 1 【謙虚】

(形動)[文]ナリ
ひかえめでつつましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま。
「―な態度」「人の教えを―に聞く」
[派生] ――さ(名)




ということです。

卑下:「
表面では謙遜していても、実はそれを美徳とし て自慢しているということ。」でしょうか?

謙虚「
ひかえめでつつましやかなさま。」という言葉が気になります。


「控えめ」は万能でしょうか?
そうではないと思います。


私は運命のせいか、どうかは知りませんが、あるいは世間とはそういうものなのかもしれませんが、「控えめ」を長年強いられてきたように感じます。

ですので、良かれ悪かれ、今は「控えめ」ができます。

しかし、そうしていても、ケースによっては、「本当はこうしていてはいけない」と思いながらやっています。
その意味ではケースによっては、卑下に通じることをしているようにも感じます。

しかたがないですので、今は「私にしかできないのであれば、私がやろう」、「だれもやらないのなら私がやろう」、という気持ちが支配的です。





これは、「私はこれはうまくできるが、やりたいという人が他にもいるならば、こういうケースは、四の五の言わず、全て人に譲ろう」、という恐らくは、極端 な発想も含まれています。

時には「やりたくとも、他にやりたいという人がいれば、能力如何に関わらず譲る」ということまでする時がありました。

どうも、自分を見ていますと、少なくとも、「やりたい」時には、簡単に譲らずに、話し合うなり、何なりする方が良いように感じてきました。

「やりたい」、「好きだ」、というのは、どうもDNAの」設計か、創造主の波動かによる何かを含んでいるように感じます。
もちろん運命がそうなっているのかもしれませんが。

どれにしろ、「やりたい」、「好きだ」は、それに素直に従った方が良いようです。

もちろん、人殺し、強奪、強姦、意地悪などは、仮にしたくともしてはいけないはずです。

良く若い人が「法律で禁止されていないんだから、やって言いに決まっているじゃない」というようなことを言ったりします。
これはどういうことかと言えば、「やりたくて、好きなんだけど、どうもやってはいけないうこともあるようだ。だから法律があるんだな」という解釈によるも のであるように思います。
どうも、これも間違っています。


会社などでは、「上の人が何も言わないんだから、いいんじゃない」という意見もあります。
これも、違うようです。

創造主の意志、あるいは宇宙の理に従っていれば、良い、というのが、本当でしょうし、事実なのだとは感じますが、これは、分かる人にはしか分かりません ね。


普通は人生の中でいろいろあって、「これはいけない、これはいい」と一つずつ分かってくるものなのだとは思います。

やはり、それしか方法はないのでしょうか?








森田実さんの話が船井幸雄さんの「にん げん」に掲載されています。
どうも、増田俊夫さんほどではないしろ、森田実さんの言っていることは 相当事実で、正しいように感じます。

先の郵政民営化反対議員の現状でもそうですが、正しいことを言うと、「講演の数が激減した」というようなことが、森田実さんにも起きているようです。

これらを見ていると、少なくとも、今はまだ、表舞台にいる人が事実を言うと、ひどい目にあう、という現状は変わっていないようです。

森田実さんは、日本のアメリカ属国化についての懸念を講演したようですが、どうも、テレビ、各種マスコミ、スポンサーたる企業、広告代理店、全てに米資本 が入り込んでいて、むはや、そのような団体を介しては、正しいことが言えなくなっているようです。




私の、「謙虚」の意味への曇りは、ここら辺にも原因があるのかもしれません。

どうも、森田実さんが、こういう発言をすることは正しいように思えます。
しかし3次元的やりかたとしては、ひょっとしたら、間違っていたのではないだろうか、と思えたりもします。
もっと「うまく立ち回ればいい、という意味ですが。





しかし、考えると、やはりマスメディア、特にテレビと関わっていたこと自体に大きな問題があったのではないでしょうか?

増田俊夫さんだって、もし、テレビでコメンテイターをするような生き方をしていたら、どうなっていたか分かりません。


船井幸雄さんは、30代だったか、講演料も上がりそれだけでも食べていけるようになった時に、知り合いの流通業社長に相談をしたようです。
その人は、まず「相談をするからには、私の言ったことは何でもきくという念書にサインをしなさい」というようなことを言ったそうです。
そこで、講演だけで生きていくようなことはいてはいけない、経営者を続けなさい。テレビには50歳を過ぎるまで、出てはいけません、ということを言われ、 それに従わざる得なかったということです。


つまり、創造主の意志に従った正しいことをもししたいのなら、”既成のシステム”の中には入ってはいけない”、という”事実”があるのかもしれません。
良く分かりませんが。

それを私の場合は、”既成のシステム”でも、宇宙の理でも、通用することでないと納得できない、というような気持ちがあったのかもしれません。

もちろん、顕在意識ではそうでないことは分かっています。
「宇宙の理」と「地の理」は違いますので。


そう考えて生きますと、「地の理」の傾向が強いシステム下で行われている事例に当てはめて、「謙虚」なら「謙虚」というような事柄を検証してはいけない、 ということなのかもしれません。



もしそうであれば、私には分かりやすいのですが。

みなさんは、どう思うでしょうか?

森田実さんも、その意味では、既成のメディア、特にテレビなどから自然に離れられることになって、良かったのかもしれませんね。







もし、上の仮説が正しいのなら、どうも、多くの人が言って言うことを検証する時は、検証の場を吟味する必要があるのかもしれません。

少なくとも、「地の理」の強いところでそれが通用するかどうか、は検証しても仕方がないのかもしれません。
それがどういうところであるかと言えば、きっとアメリカンナイズされたところは、そうなのかもしれません。


アメリカから入ってきたものでも、すでにそこが日本的なテイストによって、味が付け替えられているもの、場所であるのなら、そうではないのかもしれませ ん。

また古くから日本にあっても、アメリカテイストに塗られてしまったものも、やはりそうなのかもしれません。


やはりアメリカ的、グローバルスタンダード的なものというのは、「真珠湾」の陰謀のように、仲間を殺してでも、細工をする、ということのできるほど、精神 レベルが低い状態でないと追行できないものであるのかもしれません。


「真珠湾」がハワイにあるということが、なんとも不思議に感じます。
「真珠湾」がアメリカ本土にあったなら、そこは今でも、日本人は一歩たりとも入れない場所であり続けたかもしれませんね。
その意味では、日本とアメリカは密接になる運命であったということなのかもしれません。

みなさんはどう思うでしょうか?






《ヤ ミ》の役割 (1)

   《ヤ ミ》の役割 http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.html


 
歴史を通 じて、暴力と殺戮は、多くの非物質界の存在たちを引き寄せてきました。
彼らは、地球を支配している人間たちのとの主従関係を維持するために、痛みや混乱の暗いエネルギーを必要とするのです。
このゲームで、暗黒勢力たちは、彼らの役割をたいへんうまくこなしていて、強すぎて撲滅させることは困難です――彼らの目的を同情心から理解してやる気持 ちを持って、じかに会って転向させるしかないでしょう。
より大きい認識の観点からは、彼らがその役回りに期限なしに囚われることにならないように、高度に進化した存在が悪の役割を引き受ける必要があります。
その支配者たちは、実のところ、自由というゲームの重要なプレーヤーです。
人類が、過去の記憶への集合的な恐れに直面することを拒絶しているのを利用して、彼らは、心理的な、そして精神的な、マニピュレーションによって支配して いるのです。
彼ら支配者たちの人類に対する力を持ってしても、彼らは孤独で、真実や信頼というものを欠いています。
そして、ゲームに囚われてしまうという危険は、常に存在するのです。


ここでは、私たちが表面から簡単には見ること の出来ない、この世界の支配構造の深層を説明しています。
残念ながら、この地球では、非物質存在の「暗黒勢力たち」が、依然として侮りがたい勢力を持っているといいます。
彼らは、「強すぎて撲滅させることは困難」だけれども、「自由というゲームの重要なプレーヤー」でもあります。
その役割や存在意義については、以下のパラグラフで、さらに敷衍(ふえん)しています。


 

ちなみに、彼らが「痛みや混乱の暗いエネルギーを必要とする」のは、それを食料にしている からです。
私たちも食料をエネルギー源として摂取してい ますが、彼らのようにネガティブな非物質存在は、人類が出すネガティブな波動を食料(エネルギー源)にします。
物質存在でも、非物質存在でも、煎じ詰めれば すべて波動で構成された存在で、何らかの「食料」をエネルギー源として摂取する点では、本質的な違いはありません。
いわば、「嗜好の違い」があるようなものです。



 

一方、人類が「直面す ることを拒絶」している「過去の記憶への集合的な恐れ」 とは、数次にわたる地球のカタストロフィーの記憶が、心に浮上することへの恐れです。
その記憶は、全ての人類の心の奥底で、(浮上しないように心理的に強く閉じ込めている結果として) 巨大なシコリになっているので、《恐怖》を種にすれば、人類を簡単に「マニ ピュレーションによって支配」することができるのです。
アセンションのプロセスで、人類は、この「集合的な恐れ」を、記憶の深層から浮上させてそれに直面し、それを癒し 浄化することを必ず実行する必要があります。
(以上・引用)

※管理人 の注:

カ タストロフィー
突 然の「大変動」「大惨事」、悲劇的「終末」などの意味

マニ ピュレーション
ma・ nip・u・la・tion
━━ n. 操作, ごまかし.








今日も地震がありました。
多いですね。

少なくとも私が生きていた40数年間で一番多いと思います。



船井幸雄さんの「にんげん」を読み終わりました。
野中邦子さんについての章も読み終わりました。

さっそく調べてみたのですが、ネットの限りでは、「カルト宗教なのではないか?」というようなものが多く見受けられました。
私は、それが事実なのかどうかまで、まだ深く知りませんので、何とも言えません。

ネット上でのカルト宗教ではないか?という論も、「科学的に説明できない」とか、「カルトの典型」だとか、そういうものが多いようです。

私が船井さんの本で読んだり、ネットで見た限りでは、「野菜をみんなの念でペンギンなど、思った通りの形で生(は)えてくるようにお願いしたら、そうなっ た」、「念で雨を止(や)ませた」、「手から出る波動で病気を治した」、「遠隔治療をしている」など、有りえるかどうかの範囲では、すべて他の人が実証し ている例のあることばかりですので、「嘘」を付いてまで言うほどのことを言っているようには感じません。

本当だとしても、不思議ではない範囲内のことのように感じます。

さすがに、炒ったピーナッツから瞬時に芽を出させた、という発言は、見つかりませんでした(不思議研究所の孫さんの話を参照ください)。

入会金についての記述がネット上にありましたが、それが”本当”なら、多くの人を集めて団体という形を取るのなら、3次元的に考えるのなら、きっと、せい ぜい1万円程度以上のお金を集めるようなことはしない方が良いのだろうと感じます。

今のところ、世間に対しての、偽者との見分け方で一番分かりやすいのは、「お金(大金)を取るか取らないか?」ということくらいしかないように感じます。

ただ、こういう団体は足を引っ張る人もいますので、ネット上に書かれていることをそのまま信じようとも思いません。
どちらだか、分かりません。


みなさんはどう思うでしょうか?







野中邦子さんのやっていることが、どういうことか詳しく知りませんので、肯定も否定もしませんが、”不思議なこと”を公にしている人は、人に迷惑をかけよ うが、かけまいが、とやかく言われる、ということは確かなようですね。


ただ思うのは、「遠隔治療をした」とか、「雨を止ませた」とかだけで、「嘘」だ、と言ってしまったり、逆に「入信」してしまったりするというのは、きっと 間違って いるのだと思います。

まず、科学で言えば、政木和三さんが言う、「現代の科学はまだ始って200年程度のものであり、科学はこの世の法則のほんの一部を分かっているに過ぎな い。科学者とは、そのほんの一部を扱っている子供のようなものである。科学で解明できないからと言って、科学的ではない、とすることこそ、科学的とは 言 えない。解明できないのなら、それを分かるようにするのが科学というものである」
ということが、正しいように感じますし、
どんなことでも、何か新しいことを始めようと言うのなら、それについて、ある程度以上勉強(調べる?)のが良いように思います。

 


船井さんの本を読む限りでは、野中さんという人は、超能力者であることは間違いないようですが、”びっくり”するような超能力者ではないようです。
おそらく私がここで名前を出している人であれば、ほとんどみな、いろいろな方法を使い、同じことができてしまうでしょう。

その意味では、おそらく、だれでも、ほんの1,2年勉強すれば、超能力に魅せられて、いわゆるカルト宗教というものに騙されてしまうようなことはなくなる ように感じます。

それこそ、若山敏弘さんのように治療だけやっているような方でも、何の知識もなしに、はじめて接したら、「あなたは神か!!」と思ってしまうような人も多 い ことでしょう。
ちなみに、船井幸雄さんの、周りには、コンシャス・チャネラーの方が1000人近くいる、というようなことだったと思います。

本当はだれでもできることのはずです。



そして、野中さんという人は、船井さんと付き合いがあるようですので、おそらく、同じような能力を持つ人が、日本だけでもたくさんいることも知っているで しょう。
その意味では、超能力があるということを使って、人を騙そうということは、きっと考えていないものと想像されます。

ただ、その団体がどういう団体なのかは、私には分かりません。

今回は「アースハート」、「野中邦子」で検索をしましたが、おそらく、このサイトで名前が登場している人を同じように検索したなら、ほぼ間違いなく、全員 への悪口は容易に、見つかると思います。

同じように、「良いこと」を書いているサイトもたくさんみつかると思います。

政木和三さんであってすら、「あのような人を科学者だなんていうのは、怪しからん」というような書き込みすら見つかります(笑)。



それでは、私が、どうやって、接して良さそうか、そうでないのかを分けているのかと言えば・・・
はっきり言って、船井幸雄さんまかせのところがあります(笑)。


とりあえず、「同じことを言っても、本物も、偽者もいる。言っていることだけでは、判別つかない。かと言って、全員と接するほどの機動力もない。そえな ら、船井幸雄さんが紹介する人で、自分が””この人だ”と思った人は信用してみよう」というスタンスです。

今のところ、間違いはないようです。







さて・・・
船井さんとの出会いですが(会ったことはまだないが。2,3メートルの距離であったことと、会場の一番前に座ったことしかない)、まず、江原啓之さんな ど、いろいろな本を読んで、どうも高次元のありさまの概要はこうなのだろう か?という知識がありました。

その状態で、古本屋に行きました。
BOOK OFFほど大きなところではありません。

その当時は、まだ病気気味でしたが、サラリーマンで成り上がってやる、のような気持ちがどこかに残っていた時期でした。
ですので、ビジネス書のコーナーを見ていました。
そこで、なにげなく見つけたのが船井幸雄さんの「上に立つ者の人間学」(PHP)でした。

とにかく、手に取りましたので、パラパラと読んでみました。

そこには、「長所進展法」であるとか、船井さん一流のコツが書かれていました。
「ほお、今まで聞いて来たこととはずいぶん違うけど、自分の考えに近いな」などと、生意気なことを思いながら読んでいました。


そして、買った後だったか、その時だったか、すでに忘れてしまいましたが、とにかくその本を読みました。
ビジネス書のような形を取りながら、その本には、サムシンググレートだとか、何とも高次元的なことが書かれているのです。
しかも、ビジネスに応用できるような形でです。
高次元的な内容も、私があるい程度概要として確信していたものと、さほど変わりませんでした。
その時、「ああ、良いものを見つけた!!」とまるで、鈴木実選手のようなことを思いました。

それが、始まりです。
早速、BOOK OFFへ行き、船井さんの古本を10冊程度購入しました。
船井さんの昔の本なら1冊100円で購入できます。

そして、それ以降、船井さんの本に出てくる人を中心にいろいろ読んだりしながら、今があります。


たくさんの人を知りましたが、やはり、一番入り込むのが怖かったのは、政木和三さんでした。
なにせ「空間から仏像」が出てきてしまいます。

新興宗教っぽくないかな・・・
カルト宗教ぽくないかな・・・

などと思いながらも、こわごわ読んでみました。
しかしそれも、政木和三さんのことが、船井幸雄さんの本で出てきたからできたことなのだろう、と思います。



森田健さんは、びっくりしました。
船井さんの本で知り、「不思議の科学」を何冊か読んだ後に、森田さんの不思議研究所サイトを除いて見ると、「六爻占術?なんだそれは?」と、話題が、思っ てもい ないようなことを扱っていました。


それでも、とにかく、見てみよう、と思い見続けていたら、今度は古本屋さんで、「不思議エネルギー」シリーズが2冊も売っているのに出くわして、読んだ り・・・などなどと、流れが、興味を持つ方向へ、興味を持つ方向へと勝手に流れて言ったのか、私の興味が流れを生んだのか、自然、興味を持たずにはいられ ない状態に入りました。
(その後一度も、森田さんの本を古本屋さんで、見たことはありません。)


岡田多母さんも、あの話し方は、予想外でした(笑)。
好きな話し方です。
未だにだれに似ているのか、思い出せませんが。



ただ、私の場合、今回の野中邦子さんでもそうですが、初めの印象では、何も決定しません。
良いとも、悪いとも決めません。
まだ41歳の若造ですが、人生とは、そういうものではないことが、少しずつですが、分ってきましたので(笑)。

全員に言えるのは、本と会ったときの印象、イメージしていた話し方などが、ぜんぜん違う、ということですね。

政木和三さん、森田健さんなどは、ネット上で、生の声も聞けますので、興味のある方は、是非、聴いてみてください。

ちなみに、私は、耳は良いようで、「声」で本物かどうかを聞き分けることは、自信があります(笑)。

みなさんは、どうでしょうか?









いろいろ考えますが、
一つには、超能力には、いつでも、どこでもできる、という種類の再現性が少ない、ということがあります。
ですので、「今回は失敗した」でも、不思議ではないのです。
それを悪い人間が利用すれば、利用できてしまいますね。

イチロー選手は、ヒットを打つのがうまいです。
しかし、再現しろ、と言われて、それはせいぜい3割5分程度ですね。
それと同じことでしょう。
ピアノ協奏曲を間違えずに、弾く、ということとは、異なります。


しかし、氣などは、比較的再現性が高いようですね。


こう言った意味では、0−リングテストのようなものは、「不思議なことではあるが、だれでもできることもある」、ということを知るには、とても良いように 感じます。

これだけで、超能力者に対する免疫は少しはできるのかもしれません。

みなさんは、どう思うでしょうか?






さて・・・・・・冗談ですが、
「コンシャス・チャネラーとトランス・チャネラー(シャネルを持つ人のことではない)」ということを書きましたが、
コンシャス・”シ”ャネラーというのは、いると思いますが、トランス・”シ”ャネラーというのがいたら、怖いですね(笑)。
無意識状態でシャネルを買い、着まくる人・・・・・・

とりあえずこの冗談の特許は、放棄します(笑)。










さて・・・・・・
ヤミの役割ですが、不思議なことに目覚めて以来、どうも、人に対して、良くないことをしてしまう存在があるらしい、ということが分かって来まし た。

そのせいでしょうか、今回この文章を読んでも、あまりこの表題には特別な気持ちが起きません。
おそらくは、すでに内容については同期してしまっているので、特な気持ちが出ないのだと思います。

私は少なくとも、高次元を考える時には、”一般の人”にとっては、超能力に近いものが得られるまでは、本物と、偽者、接して良いものと、そうでないもの、 の選択は、信頼できるだれかに委ねるのが良いように感じます。

今のところ、私に言えるのは、船井幸雄さんの周りの人、としかその存在を言い表すことはできません。

従来は、自分ではどうしようもない、かと言って、委ねるべき適当な人もいない、ということでどうしたら良いか分からない→それなら触れないでおこう、とい う状態だったのではないかと思います。

みなさんはどう思うでしょうか?






もはや、3次元の地球上で起きる現象、つまり、憑依霊だとか、そういうことだけでは収まらないように、時空の流れはなっているのだろう、と感じたりもしま す。

その意味では森田健さんの言う、「全体の郷」とは、森田さんがどこまで想定しているのか分らないのですが、人間全体どころか、時空の全て、つまり、高次元 から、宇宙まで含んだ全ての郷とも言えるのかもしれませんね。


岡田多母さん言っていることが、多くのアセンション系の人と異なる点は、7〜3次元までのことを語っている点ではないかと感じます。
どうも、本当はそういう見方をしていかないと、本当の真実、本当に取るべき態度、場合によってはするべきことなどは、分らないのかもしれません。

その大まかな流れについては、http: //www5f.biglobe.ne.jp/%7Emotion-emotion/j99986.htmlに、掲載しています。

しかし、そうとは言え、輪廻転生ですら、まだ”常識”とまでは行っていないのだろうと思います。
どうなのでしょうか、日本人の10%以下の人しか、信じていないのではないのでしょうか?
それでも、きっと、巨人のファンよりは、多いのかもしれませんね。
良く分かりませんが。
輪廻転生を理解して、納得してもらわないことには、きっと高次元という概念は、理解できませんね。


その意味で一番良いのは、もし日本に「生まれ代わりの村」があるなら、是非、早く表に出てきて欲しい、と思います。
船井幸夫さんが、新たな道を取るようですが、是非、日本にあるかもしれない、生まれ変わりの村の発見をやってほしいと考えます。
私はいつでも、協力しますが。


そこまで行かなくとも、日本人による、あの世でのできごとを覚えている人の談話集、サイト、番組などが、今、必要なのかもしれませんね。
それが一番、日本人の意識を大幅に変えることにつながるのかもしれません。



みなさんは、どう思うでしょうか?





そう言えば・・・
以前、看護留学の仕事をしていた時ですが、会社で雑談をしていると、
幼児にはどうも霊が見える子が、 大人より多いらしい、という話が出ました。
詳細は覚えていませんが、私だったか、だれかが、その前の日あたりにテレビで、そのようなことをやっていたのを話したのだと思います。


その会社には、ある有名な国立大学付属病院の教授をやっている人の息子さんが、同僚にいました。
その人は、私より、10歳くらい年上でした。


その人が言うには、幼児には、大人から見て、見えないものが見えているいような症状があることがあり、それは子供特有の症状として認識され、医学的に証明 されているとか、なんとか言うことでし た。
医学的に証明されている、は確かだったか覚えていませんが、とにかく、「見えているということではなく、症状だ」というように認識されている、ということ だったと思います。


それ以上詳しくは聞きませんでしたが、これは、どうなのでしょうか?
今考えると、どうも、その証明は、きっと違うのではないか?と感じます。


本当に見えている可能性の方が高いように感じます。


これなどは、本当は、正確な霊能者の人、つまり霊が確実に見える人を複数と、同じく霊が見えるらしい状態の赤ちゃんとを一緒に呼んで、検証してみれば、す ぐに分ることのように感じます。

しかしながら、なかなか、そうはいかないのでしょう。

思うに、検証したみた人もいるのではないでしょうか?
きっと、そういう書物もあるのではないかと思います。

みなさんは、どう思うでしょうか?






《ヤ ミ》の役割 (2)

   《ヤ ミ》の役割 http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.html


世界中で 《たくらまれた混迷》が深まっていくにつれ、人類を意図的に混乱させ、士気をくじき、そして相争う勢力に分断させるのに、政治やセックスが《遊具》として 使われます。

はてしなく続く津波のようにみえる戦争の宣伝活動や、人の意識をプログラムするように脚色された詭弁の集中砲撃が、恐れや頼りなさや破滅、そして絶望など の予感で満ちた現実のバージョンを提供し続けるでしょう。

あなた方の惑星の政治システムの運営は、無秩序に向けて疾走しているように見えるかもしれません。
しかし、より高い観点では、そのウソや欺瞞に満ちた華々しい社会悪は、あなた方がこの騒々しい変容の時代に人間の体を持ちながら、意識を成長させて真の精 神的独自性に目覚めるように刺激しているのです。

精神的なコモンセンスが優勢になれば、恐れを用いて閉じ込める策略は、目覚めた心への支配力を持つことはできません。

はっきりと目覚めることは、多次元宇宙の神秘を解く鍵です。
そして、『指輪物語』のホビット族が、地球の中を旅するにつれ自分たちの力を発見したように、あなた方も、持てる力がどんなに大きいかを見出すでしょう。


 

人類を意図的に混乱」 させるのに、「政治やセックスが《遊具》として使われ」 るのは、それが認識の混乱や見解の分裂が最も激しいテーマだからです。

そうしたテーマに沿って、私たちは「戦争の宣伝活動」や「詭弁の集中砲撃」を受けており、私たちの「政治システム」自体が、「ウソや欺瞞に満ちた華々しい社会悪」の性格を持っているというのが、 《すばる意識》の観察です。

そうした状況では、ともすれば、前途に「絶望などの予感」を持つことになりがちですが、そのように考える必要は ないといいます。
それは、私たちの成長への刺激剤になっているので、やがて私たちの多くが「真 の精神的独自性に目覚め」て、「精神的なコモンセンス が優勢に」なる時が来ると予見しています。







ちょっと、ひと休みします。
固いことばかり書いていますとイメージが膨らみませんので、なんでも良かったのですが、CDのコーナーの始めの方の写真を持ってきました笑)。

少しだけ、「不思議でない話」をします。

この写真はサミーディビス・JRという人です。
この人を聞き始めたのは、実は歴史が浅く、つい3,4年前です。
ラットパックと言い、フランク・シナトラ、ディーン・マーチン、サミーの3人のトリオで、ラスベガスのホテルのディナーショウなどでも、活躍していまし た。
私が聞いたもので、決してそうは 聞えないのですが、一時は、歌い方がフランク・シナトラに似ている、と世間に言われそれで悩んでいたことがあるということです。

きっと、3次元的には、シナトラのようになりたくて、シナトラを目標に歌の勉強をしたのでしょうか?

マービン・ゲイも初期の作品はナット・キング・コールに似ている歌い方、アレンジのものがあったように思います。
確かに、サミーの歌唱は、黒人らしさもありますが、普通の黒人歌手のような黒人歌手独特のものはなく、どこかに白人スタンダード歌手に通じるようなものが あります。

いわゆるスタンダード歌手と言われる人で、理由は分かりませんが、聴いていなかった人はこの人くらいでしたので、こんなすばらしい人を、それまで聴く機会 がなかったのは、なんとも不思議です。

一方こちらは、アンデイ・ウイリアムスです。
こちらは、中学生の時から聴いていますので、御馴染みです。

なぜか、彼の歌う「ある愛の詩」と「ゴッドファーザー」が好きで、4曲入りのEP盤を持っていました。
そこには、上記2曲以外に、「モア」、「ムーンリバー」が入っていましたが。

この人は、よくいる白人という感じがしますね。



いつだったか、もう10年近く前ですが、何人かの白人の人といろいろな話をしていた時、この人の話題になり、白人女性が「この間友達とテレビを見ていた ら、アンデイが出てきて、”この人私のいとこにそっくり”と言っていた」といいうようなことを言っていました(笑)。
変なことを覚えているものだと思いますが、良く覚えています。

昔やっていた「白バイ野郎ジョン&パンチ」の所長さんも、似たような顔の人でしたが、みなさんは、分るでしょうか?


アンデイもサミーもスタンダード歌手ですが、アンディは50年代のデビューで、ロカビリーぽい歌唱なども、ライブ盤では聴かせています。
サミーはジャズの出で、ポップスヒットもありますが、ライブではもっぱらジャズを歌うことが多かったようです。

どうして、私がこういう系統の音楽が好きなと言いますと、どうも私は、基本的にはポップなメロディラインの曲が好きなようです。
無理して、モダンジャズを聴いていた時期もありますが、どうも、それは好きなどうかよりも、一つはジャズの勉強のため、もう一つは、きっとどこかでそれが かっこよいとでも、思っていたのかもしれません。
良くは分かりませんが。

確かに、中学生の時、ウイングスを聴いて、「これは大人の音楽だな」と思って以来、聴きなれないものでも、がまんして(?)聴いていくと好きになることが あることを知っていましたので、そこら辺もあったのかもしれません。


ジャズでも、私は、スイング、セミモダン的なものしか聴かなくなりましたので、どうも、いくら無理しても、好きになれない種類の音楽というのは、あるよう です。

みなさんはどう思うでしょうか?





確かに、好き嫌いを決めずに、いろいろやってみた方が、広がりができ良いですが、やってみて、「嫌い」、はそれでOKなのだろうと感じます。

別に「嫌い」だからと言って、必ずしも、その音楽が「悪いもの」ということでもないでしょう。

モダンジャズなどは、ファンがたくさんいますね。






一番良いのは、視聴できることですね。
当時は、レコードやさんと仲良くなって、良さそうなものを視聴させてもらったり、ラジオから流れてくる曲をひたすら聴き、気に入ったものを探す、というの が、好きなものを探す方法でした。
ですので、当時1枚2000円近くのお金をい支払って買ったLPレコードでも、気に入らないものなどがあったりすることも、ありました。

中学生ですと、30年近く前ですので、2000円は貴重です。
今考えると、「どうして、あの頃、2000円ものお金を出してレコードを買ったりしたのだろう」とすら思います。
私の場合、今でも、1枚2000〜3000円をCDに出すのは、どこか、思い切りがいります。
もっとも、それを数枚買う訳ですが。





今ではインターネットのCD通販サイトなどでは、視聴ができ、事前に聴いてみることができますね。
もちろん、CDショップでもできます。

CDショップでは、盤がレコードからCDになったことが一番大きいのでしょう。
くり返し聴いても、磨り減りません。
キズをつけたりもなかなかしません。

インターネットは、もうすごい技術の進歩ですね。
いろいろなオーディオ・フォーマットの技術が出て、軽くて、視聴に耐えるファイルもあります。
加えて、回線スピードも早くなりました。

インターネット・オークションでは中古CDも買えますし売れます。

少なくとも、CDと本に関しては、もう回線さえ来ていれば、秘境(?)でも、生きていけるように感じます。
郵便やさんは秘境だと、何年か後には来てくれるかどいうか分かりませんが、宅配便は来てくれそうです(笑)。

古本はBOOK・OFFの攻勢によって、ものによっては、直接行った方が安くてっ良いものがあるかもしれませんが。






後は食料品ですね。
これがインターネットでスーパーマーケット価格で購入できるようになってくると、すごいことになりますね。
もうできるのでしょうか?

しかし、そうなると小売店はたまったものではありませんね。
おそらく、100円ショップのインターネット通販というのが、時期に始るのではないでしょうか?

配達料金が掛かるはずですが、それでも、100円のラーメンを50個とかであれば、メリットはあるでしょうか?
もちろん、ラーメンだけ買わなくとも良いのでしょうが(笑)。
しかし、そうなるとフランチャイズ制がおかしくなるかもしれません。

しかし、小物類は手に取ってみないと分らないのではずし、食料品だけ通販にしたら、面白いかもしれません。
最低ロットを決めるとかすれば、更に売りやすいでしょう。






近くの商店街には、スーパーの近くに露店の八百屋さんが出ています。
どこかの農家から直接来ているのでしょうか?
私が幼少の頃には、いなかからおばさんが、大きな荷物をしょって、野菜を売りに来ていました。
当時ですら、その野菜の方が安くておいしかったように思います。
もちろん野菜の味など分る年ではなかったですが。

露店の八百屋さんは、スーパーより、かなり安いです。
スーパーで3本120円くらいのキュウリは、そこでは4本で100円です。
しかも、大きい(笑)。

しかし、鮮度が大切なものは大量購入したら意味がありませんので、通販はあまり適さないかもしれませんね。
それでも、ああいう人達がインターネットをもっと活用したら、きっと面白いのだろうと思います。

みなさんはどう思うでしょうか?






しかし、たとえばですが、ある特定の地域で、まとめて注文するというのならありですね。

どこそこ町何丁目でまとめてネットで注文、翌日、農家から軽トラックで配達に来る・・・
もちろん注文は個人単位でできます。
しかしそうなると、近所の八百屋さんが困りますね。


こう考えて行くと、資本主義というのは、「優しい」とやりにくいものだな、ということが、分るような気がします。

いつだったか、大きなマンションができるというので、住民の反対運動があった時に、その内の一人がその建設会社の社員だったという話が会ったように思いま す。
ひょっとしたら、だれかが作った話だったかもしれませんが。
しかし、十分ありえる話ですね。

これは、笑えませんね。
ニューオリンズの洪水も、ブッシュ大統領ということに視点をおけば、似たような話ですね。
もっとも、社員であるその市民が、会社から十分な見返りをもらっていたとすれば、貧困層とは異なりますが、それでも、今度は被害にあった富裕層と同じ、と いうことになるかもしれません。

もっとも、これらも決まっていた運命だと言えばそういうことかもしれませんが。











さて・・・・・・
人類を意図的に混乱」 させるのに、「政治やセックスが《遊具》として使われ」 るのは、それが認識の混乱や見解の分裂が最も激しいテーマだからです。


ですが、政治とセックスを「
人類を意図的に混乱」させる遊具として同列に語って います。
とても、興味深いです。

認識の混乱や見解の分裂が最も激しいテーマ」だから、というもは、納得がい きます。


増税か?増税しないか?
大きな胸が好きか?小さな胸が好きか?
これは、似たようなことなのかもしれませんね。

どちらにしても、一長一短があり、結局はそこに論点があるのではなく、最終的にうまくいってくれさえすれば良いのですが、人間関係とか、勢力、お金などい ろいろあり、方法論の方に、目が行きがちだということでしょうか。

あるいは、先のことは考えず、その場限りが優先してしまう、ということでしょうか。
どちらにしても、政治的ということまで視野に入れれば、小説やドラマの題材にないやすいものでもありますね。


確かに今回も、郵政民営化により、日本人は意図的に混乱に陥ったようです。
これは手法でもあるでしょう。
小泉さんのものなのか、アメリカの悪知恵なのか・・・良く分かりませんが。


しかしこれらの意図も、100%が「意図」ではないのでしょう。
どこかで決まっていたものもあるのではないかと考えます。


どうしても、今、小泉さんとブッシュさんが、同時期に大統領、総理大臣になっていることなどは、決まっていたような気がしてなりません。

もちろん一説には、「意図しても、10年先くらいまでは決まっている」、という話も聞いたことがありますが。
そうであれば、今の状況は、前の10年での意図で作られた者、ということなのかもしれません。

ひょっとしたら、全てが速くなっていますので、もっと最近かもしれませんが。



一度、小松さんの「決まっている運命」についての意見を聞いてみたいように思います。

岡田多母さんは、「自分の意志なのか、他からのものなんか、分らなくなってしまった」状態から、「方法は自分で考えられるんだ」という考えになり、最近で は、「自分の意志により変えることができる」と言っているように思います。


森田健さんは、運命は決まっている、そして、最近では「波動とビットレートもあるかもしれない」と言っています。



「だから、意図によって変えられるといっているじゃないですか?」と言われるかもしませんが、是非聞いて見たいものです。
その内、私が質問のメールを送るのでしょうか?


みなさんはどう思うでしょうか?







《ヤ ミ》の役割 (3)

   《ヤ ミ》の役割 http://www21.0038.net/~gaia-as1/era.cmt6.html

暴君の使 用人たちは、ゲームの中で注目すべき役割を演じています。
それは、彼らが、あなた方の現実を中枢まで揺さぶることによって、あなた方に大声でモーニング・コールを贈っていることです。
つまり、あなた方の安全と生存を脅かすことによって、現代の帝国は、あなた方を、《自分の力をものにした》新しい波動を創るように強いる、刺激剤として働 いているのです。

新しいタイプの民衆の不服従が、人類の心の領域を着実に揺り動かしています。

そして、《必要は発明の母》だから、この偉大な覚醒の成果は、人類の精神を、深い思いやり、創造性、そして華々しい精神的成長の、広大で荘重な地平線へ勢 いよく放り出す可能性があります。
ここでもまた、選択はあなた方のものです。



 

暴君の使用人」 と「現代の帝国」とは重なっており、アメリカが先頭に 立って世界に混乱を引き起こしている状況を指摘しているのでしょう。
今のアメリカ政府が、他国を名指ししてよく使う「悪の枢軸」とは、実際には自分自身を指しているという批評は、世界各地から挙がっています。

 
「ヤミの役割」を果たそうと、彼らもがんばっているわけです。
想像できると思いますが、彼らの仕事は、多かれ少なかれ誰でも持っている良心に逆らっての「務め」ですから、心身の負担は相当なものでしょう。

彼らがそこまでやることの実質的な効果は、人類の「偉大な覚醒」に向けて「大声でモーニング・コールを贈っている」ようなものだから、その努力も 認めてあげるべきだ、というのがここでの趣旨です。――こうした認識が持てるかどうかは、やがて全てが明らかになったとき、私たちが、過去を赦して社会的 な混乱を回避し、ひたすらポジティブに前進できるかどうかに大きく関わってきます。



ちなみに、「新しいタ イプの民衆の不服従が、人類の心の領域を着実に揺り動かして」いる典型的な事例は、シンディ・シーハンさんのケースでしょう。
200584日に「米兵たちは崇高な使命のために命を捧げている」と演説したブッシュ大統領に、息子をイラクで失った シーハンさんは、「その崇高な使命というのは何なのか」の説明を求めて、大統領が夏休みをとっていたテキサス州の牧場の近くで、86日から座り込みを始めました(当初は、8キロ地 点で前進を阻止されていましたが、地元の人が土地を提供して、2キロ地点でキャンプを張ることができました)。
この前例のない行動が、全米で大きい反響を呼んで、支援者と共に敢行した26日間の座り込みは、連日メディアが報道して、反戦運動のシンボルになりました。
また、ブッシュ大統領が休暇を切り上げた後は、バス・ツアーで51都市を回り、200回を越える集会でイラクからの撤兵を呼びかけました。

そして924日に首都ワシントンで行われた、イラク戦争開始以来最大の、30万 人規模(主催者発表)の反戦デモへの流れを造ったのです。


<ヤミの役割>とは、基本的には 必要・必然・ベストの話ですね。

少し前に書いた、浅見帆帆子さんのアマゾンでのレビューの話でこれを取り上げました。
浅見さんの個人的なことについての話を取り上げて、「親など関係者にも迷惑が掛かったと言うのに、全ては必要・必然・ベストとは、おこがましい」というも のへの私の意見ですが。

そのレビューは要するに、全ては、必要・必然・ベストの意味を、全ては、直接、一義的に利益につながる、というように解釈していたようですので、私は、そ うではなく、少なくとも、船井さんが言い、浅見さんが賛同するこの発想は、要するに<ヤミの役割>もあるんだよ、つまり、「一見、悪いことでも、それは、 その人にとって必要だから起きて、それが起きるのは、必然であって、それがベストであるのだ」という意味である、と書きました。


しかし、この言葉
(必要・必然・ベスト)は不思議な言葉だと感じます。
船井幸雄さんのような精神世界でのスタンダードな発想から、今まで表に明らかになっていなかったことを踏まえた上で、仮説を唱える人から出た言葉でありま すが、
これは、スタンダードな意味での 精神世界の視点からみても、大きな異論はでないでしょう。
つまり、古くからの仏教など、という意味ですが。

また、言葉の意味の取り方はいくらか異なるでしょうが、全てを時空に委ねる、というような発想からでも、あまり異論は出ないのではないか、と感じます。

もちろん、正確には、ハンドルを自ら切っても、なるようにしかならない、ということになるのだと思いますが。








さて・・・
不思議研究所から、「特別手記」が送られてきました(興)。
森田健さんの本を不思議研究所のサイトを一度通ってから購入すると、送られきます。
そういうものですので、詳細は書きませんが、そこには、いくつかの森田さん一流の「運が良くなる方法」が書かれています。

いくつかありますが・・・
「ま、いいか」ということについて書かれています。
実はこれは、5,6年前の私の口癖でした(笑)。


船井幸雄さんの本と出合う前、いろいろな所から、「人生には運命と宿命がある。運命とは、変えられるもの、宿命とは決まっているもの」という概念を頭に入 れていた時期のことです。

このころの私は、やるだけやった後に、「ま、いいか」、「しかたがない」、「しょうがない」としていました。
それが、よかったのかどうか、当時を振り返っても良く分かりません。

ただ、変な思い出があります。
会社でのことでした。
私には普通のことではありますが、それでも、一般的視点から見ると、何かむつかしいことを女性に指示したか、何かした時だったと思います。
その女性は、それができませんでした。
私は人それぞれ得意なことも不得意なこともある、という前提に立っていましたので、別に怒ったりしません。
人ができることでも、私にはできないこともたくさんあります。
ですので、その時、”しかたがないな。ま、いいか”という意味で、「しょうがないな」と言いました。

すると、その女性は、怒り出しました。(驚)。
もちろん、関係としては、部下になるのですが、その部署を仕切っていた人間(私は好きではないヤツ)の方針(?)で、女性は切れてよい、というような風潮 がありましたので、それこそ、「まあ、しかたないな」と思いました(笑)。

確かその時、その女性は、「そんなむつかしいこと分るわけない」というようなことを言ったでしょうか?
私は、それでも、「だから・・・しかたがない、と言っているじゃないか」

というようなことを言った覚えがあります・・・・・・。





これは、分析するにどういうことかと考えますが、仮説ですが・・・
「しょうがない」を「君はしょうがない人だ」の、「しょうがない」と聞き間違えたのでしょうか?

どうも、そうかもしれません



それではどうして聞き間違えたのでしょうか?

一つは、「しょうがない」という言葉の持つ2つの意味のせい、かもしれません。




もうひとつは、彼女のプライドでしょうか?

その女性は元、教員か何かだったはずです。
私より7,8歳年下のはずです。

とにかくその会社はいろいろ事情があり、誤解があるかもしれませんが、彼女であれば、自分自身より知識があり、キレ(?)が、少なくとも自分同等程度(私 は至って普通の人)の人とは、それまで一緒になることがなかったであろう状況でした。

彼女はアルバイトだったか契約社員だったかでした。
私は正社員でしたが、転職してきましたので、社歴としては私の方が短いことになります。
上記の特殊事情に加えて、社歴の短い人が自分よりものを知っている、ということもまずそれまではありえない状況の会社でもありました。

そういったことにより、彼女の”プライド”と、”稀な事情”が、聴き間違えさせたのではないかとも、想像されます。



こういう書き方をすると、あたかも私が自慢しているように聞えるかもしれませんが、私は至って、年齢などを考えれば普通の能力程度の人です。
これは、謙虚ということではなく、本当にそうなのですが(笑)。
もちろん、人間は想像主の分身であり、本当は何でもできる、とも思っていますが、きっとそれとは、違う話です。
大学も良くある大学ですし、社会に出ても、能力的には至って一般的な存在でした。
有名な会社に属したこともありません。

また、彼女は、普通の会社であれば、別にこれと言って、目立つような存在でもないが、仕事は普通にきちんとできる一般的な能力の女性だと思います。

ただ、その会社のその時期、そこに属していると、私はガリバーで、彼女は、「抜きん出た」存在であってしまった、としか、思い起こしても、考えられない場 所でした。
非常に稀な場所だった、と感じます。
面白い経験をしたとも思います。

ひょとしたら、何か分かる人もいるかもしれませんので書きますと、その会社は上場して、2,3年目の会社でありました。
関係があるのかどうか、私の経験では、はっきりは分かりません。





それ以降、私は、「ま、いいか」をしなくなったかと言えば、そうではありません。
もちろん、続けています。
ただ、「しかたがないか」は、使いたくなりましたが(笑)。

しかし、自分を省みて不思議に思うのは、どこかで「絶対にやってやる」と、「ま、いいか」が混在していることです。
なぜでしょうか?

それでいいのかもしれませんし、「絶対やってやる」は、どこかで制限を設けるべきものなのかもしれませんね。
あるいはハンドルを握っている証拠なのかもしれませんが・・・。




昔、平凡パンチという雑誌があり、「ジャマイカ男」というのが、流行っている、という記事(?)が載っていたことがあります(笑)。
もう、20年以上前のことですが。
これはつまり、好みに関わらずどんな女性とでも、付き合ってしまう男のことで、「じゃ、まっ、いいか」という具合に、お付き合いを始める男のことです。

確かバブルの直前か、初めのころだったと思いますが。

ちょっと思い出しました(回)。


まだ、このメールは配信中ですので、多くは書きません。
興味のある方は、不思議研究所のサイトから、本を購入すると、読めるはずです。










さて・・・・・・
CD,レコード産業が、売れなくなっているということは何度も書きました。
それはそうですね、30年前、1枚2000〜2500円の価格帯だったものが、今でも、2000〜3000円ということですので。

しかし・・・
今でも、レコード会社の社員の給料は、平均よりは高いようです。
これはどういうことなのでしょうか?


発表されているデータが本当なら、確かに売り上げ枚数は落ちているようです。

ひょっとしたら、どこかに”嘘”があるのではないか、と思うのはウガチ過ぎでしょうか?

もちろん、企業努力で、海外をうまく使うとか、いろいろやってはいるのだと思いますが。
印刷技術を初め、まさざまな技術も進歩したことでしょう。

みなさんは、どう思うでしょうか?









新しいタ イプの民衆の不服従が、人類の心の領域を着実に揺り動かして」いる典型的な事例は、シンディ・シーハンさんのケースでしょう。

と書いてあります。
これなどは、私はまったくもって、決まった運命によって、彼女がこうしているのか、それとも、彼女の自由意志によりこうしたのか・・・良く分からないとこ ろです。



波動の理論から考えれば、今回の戦争で犠牲になったアメリカ人の数も相当数のようですので、当然そこからも、彼女をそうさせた見えない力が働いたであろう と考えます。

彼女自身がまた、息子さんを失った当事者でもありますので、彼女自身が、その波動と共鳴する振動を発していたことは、当然だと思います。

少なくとも、大人数を率いてのデモを行ったのですから、その波動に共鳴し、動きとしてそれを表わした人もたくさんいたようです。

ここら辺の波動からの解釈が森田健さんのネットワークの解釈と同じものなのかどうかは、まだ良く分かりません。
それほど違わないのかもしれません。

あるいは、「波動”も”あるかもしれない」と言っていますので、別物なのかもしれません。

みなさんは、どう思うでしょうか?





こうしたことの背景には、高次元のネットワークということではなく、3次元の物質的(?)ネットワークの果たしているところも大きいのでしょう。

インターネットを見れば、シンディさんは、アメリカ国内の世論だけではなく、世界中の考えを読むことができます。
もちろん、だれか訳してくれるなら、日本のサイトを見ることもできます。

もちろん、彼女がそれらを見えるためには、情報をだれかが発信しないことには、どうしようもありませんが。



先の中国での反日デモは、その映像がヨーロッパに流れてしまったことにより、先に中国政府が意図していたこととは、やや違ったものになってしまったようで す。
あれは、おそらく、日本人にのみ見せたいがために撮った映像だったのでしょう。

同じように、アメリカのシンディさんのデモも、100年前であれば外国へ対しては、隠せた可能性もあります。
しかし、まず今は、世界各国の報道機関がアメリカには集まっています。

その意味ですでにテレビ、新聞などへは100%隠すことは無理です。
そして、インターネットがあります。

こちらはむしろ、テレビ、新聞が取り上げなかったのなら、率先して取り上げることでしょう。

そうしますと、現在は、何かが起きたらそれは3次元の何らかのネットワークから、ほぼ必ず発進されるものと考えて良いのでしょう。

波動の見地からも、インターネットの流れは、まさに波動の伝達、共鳴になぞられるものでしょう。
検索はすでに共鳴を意味し、クリック、読む、同意するという流れは、共鳴の度合いを表わしているのでしょう。

みなさんは、どう思うでしょうか?



しかし、波動は伝達ゲームとは異なります。
伝達ゲームは、言葉がそのままの形で伝わることしかありませんが、波動は生き物に伝わると、どうも形を変えるようです。
江本さんの水の結晶では結晶の形が変わってしまいますが、人に伝われば、新たな波動を生むこともあれば、行動として変換されることもあるようですね。

猿に芋を洗うことが伝わっても、芋を洗うことにしかならないようですが、人間に伝われば、それはすぐに、他のものも洗おう、に変換されることでしょう。

それは、洗剤の開発になっていったり、シャボン玉石鹸のように、環境に良い石鹸に進化したりもするようですね。

とにかく、情報を発していれば、あるいは、問っていれば、間違いなく、何かが起きるというということは納得できます。

みなさんは、どう思うでしょうか?





さて
Wing Makersについてのサイト(http://wing777.hp.infoseek.co.jp/http://www.voice-inc.co.jp/wm/wingmaker.html
を見ていましたら、いろいろな絵 が出てきます。

どうも解釈としては、ウイングメーカーとは、750年後にいる未来人たちのことであり、その人たちがいろいろ残している(?)ものが発掘されている、とい うことのようです。
まだ、見始めたばかりなので、間違っていたらすみません。


これは、本当なのか、だれかの意図があるのか、まだ私には分かりません。

そこにいろいろな絵が出てくるのですが・・・
本物だとしたら・・・興味深いのは、非常に不謹慎かもしれませんが、女性器をデザインしたような絵がいくつかあります(エッチ)。

それを見ていて思ったのですが、森田健さんの「生まれ変わりの村」の報告では、どうも5次元から生まれ変わると、”すぐに手が赤ちゃんになっていた”状態 ということです。

もし、5次元と3次元をつなぐ入り口があるのだとしたら、それは、ウイングメーカーにある絵のような女性器のような形をしているのかもしれない・・・など と思いました。
想像ですが。

そして、その入り口を5次元から入ると、こんどは、お母さんの性器の逆側ではありますが、そこから出てくる・・・
ちょっと、ロマンチック過ぎるでしょうか(乙女)?


もしよかったら、見てみてください。

エハン・デラビィさんのサイトでもウイングメーカーの話が出ていますので、極端な意図のあるもの、偽者である可能性は低いと想像しますが、まだ、少なくと も、船井幸雄さんから、これについての話を聞いたことはありません

私の感では、信じてもよさそうな気がします。

みなさん、ご自身で判断してみてください。








また、
http://wing777.hp.infoseek.co.jp (Wing Makersについてのサイト)を、見ていましたら、少し古いで す が、(ソニーが、センサー情報を脳 に直接 照射する技術の特許を取得した。(2005/04/07))というようなニュースが載っていました。


Code BBS
ウイングメーカーの目指す「多次元共感覚」
ソニーが、センサー情報を脳に直接 照射する技術の特許を取得した。(2005/04/07)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0504/07/news004.html

です。


どうやら、超音波を脳の特定部分に向けて発射し、匂い、音、イメージ等の「知覚経験」を引き起こす技術のようです。
特許には、
「超音波信号の照射によって、皮質 内部の神経のタイミングが変わる。侵襲的な手術の必要なく、例えば視覚障害者などを補助して生あるいは記録された画像 を見せたり、音を聞かせることができる」。
と、書いてあるそうです。

一番速くこれを報じたNew Scientist誌では、「ソニーの技術は「経頭蓋磁気刺激」と呼ばれる既存の手術を伴わない手法の改良版と言えるかもしれない。この手法では急速変 化する磁場を使って神経を活性化させるが、脳細胞の小さな部分に焦点を絞ることはできない。」としているようですが、
独テュービンゲン大学の神経科学者、ニルス・ビルバウマー氏はソニーの特許を見て「可能だ」とNew Scientistにコメントしているそうです。
同氏自身、障害者が脳波を読むことで通信できる装置を開発しているそうです。


今後、においや味や感触を伴うテレビゲームの開発や、視聴覚障害者の支援に使われるかもしれない、としています。



この技術は、使い方によっては面白いですね。
臭いのわかる映画のようなものも、できるのでしょうか?


しかし、これから発想しますと、人間の感覚自体、もともとこのように、脳に超音波波動のようなものが届いて、感知しているのかもしれないなどと想像したり してしまいます。
もちろん五感経由もあるのでしょうが。






超音波ですが、要するに耳に聞える音より上の周波数のものをそう呼ぶようです。
一般には16KhZ以上、しかし、人によって差が有り、16KhZ〜40kHz程度まで聞えることもあるようです。
ですので、超音波でも、聞える人もいるそうです。

ものによっては、20〜30kHzまで聞える、と書いてあるサイトもありましたので、そこら辺は何とも決まったものではないようですが。


私は高音が好きで、みなが嫌がる黒板を引っかく音なども、心地よいです。
きっと、耳の周波数特性がいくらか違うのでしょう(笑)。





水深測定・魚群探知・金属加工・魚 群探知機(測深機)非破壊検査装置(超音波探傷機)超音波厚み計・超音波リモコン・超音波洗浄器・超音波治療器・水晶振動子・医学診断・殺菌などに使われてい るようです。
政木和三さんの発明したものがいくつも含まれていますね。




ついでに調べましたが、音の速さは340m/sで、周波数に関係なく、一定のようです。
そして、確かに、高い周波数は減衰しやすいが、低い周波数はしにくいそうです。

これはありますね。
カラオケスナックの外で低音だけ聴こえたり(カラオケボックスでも良い)、下の階に低音だけ聴こえたりします。


また、耳に聞えない大体30Hz以下の音を低周波と呼ぶそうです。
高速道路の近くに住んでいると、「頭が痛くなる」、「気分が悪い」というのは、車が通過することにより、高速道路が振動を起し、低周波が発生し、その作用 によるものらしいです。
周波数が低いほど、エネルギーが大きいそうで、人に与える影響も大きいそうです。
シューマン共振数はどう解釈すれば良いのかは分かりません。

私の部屋の近くには高速道路があります。
確かに、昼間よりは夜の方が集中できますが、私の場合、物心付いた時からそうでしたので、良く分かりません(笑)。
もっぱら、ラジオの深夜放送の影響があるかと思います。




超音波と政木和三さんの発明が密接だったというのを、改めて分りました。
おもな超音波関係の発明は、半分程度政木さんの発明のようです。


みなさんは、超音波を使った機械を使っているでしょうか?

私はクオーツ時計くらいしかありませんが。














さて・・・・・・
テレビを見ていましたら、マージャンの女性プロの特集をやっていました。
なぜか、みなさん私好みの女性で、ついつい見入ってしまいました(笑)。

どうも私は前世女性ではないかと思ってしまうことがあります(余談)。
なぜかと言えば、ボーイッシュな女性惹かれるときが多いのです。

何をしてボーイッシュと言っているかと言いますと、胸が小さい、やせてごつごつした体系、目つき、などなのですが。
分りにくいですが、私の若い頃なら、早見優さん、今なら水野裕子(胸はあるが)が好みです(照)。
そんな印象を受ける女性が何人か出ていました。


別にこういうことが言いたいわけではなく・・・
出演したある女性プロの一人が、雀荘の経営を任されていました。
彼女が言うには、
「はっきり言って、舐(な)めてましたね。」
ということでした。


で・・・この言葉で私が何を思ったかと言いますと、私は実生活で「舐めた」とか、「思ったより大変だった」と思うことがほとんどないのです。
どうしてだろうかと考えると、どうも、何かを初める最初に、自分が考えられる最大限に、「これは大変に違いな」、「絶対に舐めてはいけない」と、ものすご い覚悟(?)をしているからのようです。


それは、どういう意味かと言えば、一つには、私は人からとやかく言われるのが嫌いですので、後で「ほら、最初から言ったじゃない」、とか、「後でこんなに 大変だったとは思わなかった、とか言うなよ」のようなことを言われても反論できるように、体制を整える、構える、というようなことをしているようです。

ですので、私の場合の
「舐めた」とか、「思ったより大変だった」と思うことがほとんどない、というのは、実は、褒められ たものではないと思います。

付随して思い起こせば、逆に、そのはじめた何かが簡単なことであった場合に、異常に力の入り過ぎた場合になることが、ままあります。
力を抜けば良いのでしょうが、「いや、これは今たまたま簡単に感じているだけだ。力を抜いたら、ずるずる落ちてしまう。そうならないためにもっと力を込め よう」などと、謙虚のふりをしたまったく謙虚でない、というような状態を招くこともあります。

もっぱらこれまでの経験によって、そういう思考形態になっているようですが、正しい意味での”素直”ではないようです。
おそらく”素直”とは、このマージャンのプロの女性のように、
「はっきり言って、舐(な)めてましたね。」と言えるような思考形態の方が近いのかもしれません。

なぜなら、本当は100だと思うものを強引に150,200としている訳ですので。
臆病なのかもしれません。
これは、「恐れ」、「不安」というものが、いけないことである、ということからも、いけないことなのでしょう。

もちろん、本当に1000だと思ったものが1000の時もありますが。


みなさんは、どう思うでしょうか?







「不安」と「恐怖」の反対語は何でしょうか?
「落ち着いている」と「信用している」でしょうか?



関英男さんの「洗心」では、


洗   心

宇宙想像の神がすすめる霊性を高める方法

@ いつももつべき正しい心。
強く(Be strong)
明るく(be cheerful)
正しく(be righteous)
我(が)を折り(Be humble)
宜しからぬ欲を捨て(Abandon avarice)
皆なかよく、相和して(Maintain harmonious friendship)
感謝の生活をなせ(Live in gratefulness)

A 心のなかからなくすべき感情。
憎しみ(hatred)
不満(Discontent)
嫉(ねた)み(Jealousy)
疑い(Doudt)
猜(そね)み(Joundice)
迷い(Bewilderment)
羨(うらや)み(Envy)
心配心(Anxieety)
呪い(Curse)
咎めの心(Reproach)
怒り(Anger)
いらいらする心(Irritation)
不平(Dissatisfaction)
せかせかする心(Restlessness)




となっています。
これは、船井幸雄さんによれば、以前はどうも「正しいかどうか分らない」よいうことでしたが、一時「少し理解できるようになってきました」になり、最近は また、少しニュアンスが違うようですが。
関英男さん自信は信用できる方だったと思います。




「不安」が「うまくいくかどうか?」ということに対しての言葉なら、「信用している」だろうと思いますし、「恐怖」も、「何が起きる分からない」への言葉 なら、やはり「信用している」でしょう。

心の状態が不安定なのが、「不安」、「恐怖」ならば、「落ち着いている」が反対語でしょう。
それとも、「安心している」かもしれません。


みなさんは、どう思うでしょうか?




落ち着く映像とはどんなものでしょうか?

先日DVDでスライドショウを作りました。
CDをDVDに焼いたら枚数が少なくなるだろうなと思ったのですが。
どうやら、1枚のDVDに4,5枚のCDが入るようです。

その時、スライドショウ用の写真を選択していて、そんなことを思いました。
どうも、私の持っているソフトでは、DVDオーディオだけの録音はできないようですので、スライドショウ作成となったのですが。
DVDオーディオはどんなものかは実は知らないのですが。


その時、何か良いなと思ったのは、以下の2種類の画像です。
DVからのキャプチャーですので、画質は良くないですが。




いかがでしょうか?

場所はカイルアビーチです。



左は、不思議研究所の土偶に目が 似ているハワイの神です。
DVDからのキャプチャーです。
やはり半眼状態ですね。

半眼になにかあるのでしょうか?
試しに、半眼になって人を見てみましたが、体の線に沿ってふわとしたものが浮かびます。
但し、これが乱視状態のせいなのかどうかは、分かりません(笑)。




ちなみに、CDーRは、WAVファイルから直接は、焼けなくなって いるようですね。
しばらく、やっていなかったので、知りませんでしたが。
MP3にしなくてはならないようです。



そのエンコーディングもなかなか良く、妙にメリハリが効いた音で、以前のMP3より聴きやすくなったような印象があります。
ひょとすると、CDの音が嫌いだったのは、密度が濃すぎるから、ということもあったかもしれません。
確かに、低音が多すぎて干渉して、低音が聞こえず、尚且つ高音までつまってしまう、ということはありえるとおもいますが。

干渉するとは、つまり、低音がどこかに跳ね返り、前に出てくると音とぶつかりあい、消えてしまう、ということです。
大きなスピーカーでは、そういうことはあります。

ホメオパシーという治療法がありますが・・・
簡単に言えば、眠れない人に、ほんのわずかにカフェインの入った水を飲ますことにより、眠気を誘い出す、というようなものです。

この低音の干渉を考えると、なるほどな、と思います。


低音の出るスピーカーユニットがついているスピーカーは重くなかったり、足元ががたついたりすると低音がでなくなります。
要するにスピーカー自体が揺れてしまうからですが。

これも、似た様なものですし、干渉の意味が良く分かるように感じます。
プロ野球で、怪我をしたスランプの選手が急に打てるようになったりするのは、同じかどうかは、分かりませんが。

みなさんはどう思うでしょうか?



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