理由もなくこればかり聴いてしまうCDのコーナー

CDはたくさんあるのですが、なぜか、いつもこればかり聴いてしまうCDを紹介します。

 

 

 
写真はなし
   
   

さて・・・
今いろいろ私の周りで起きていますが(笑)・・・
それは良いとして・・・

昨日テレビで、神田を紹介していましたが、だれでしたでしょうか、火消しの親分みたいな人が「神田には三惚というのがある。
土地に惚れる、仕事に惚れる、奥さんに惚れる・・・」ということを言っていました。

これは、どうも船井幸雄さんを初め、いろいろ勉強していきますと、事実ですね。

まず、自分の住んでいる土地ですが、どうも、自分、家族、住んでいる地域、国、地球・・・それぞれのためになる、という大欲を持って生きていくのが宇宙の理のようです。

食べ物ですら、自分の住んでいる地域で取れたものを食べるのが良いようです。

仕事も、どうもそのようです。
私は、それがなかなかできない未熟者、半人前ですが、そういう期間がないわけではありませんでした。
なぜか、そういう会社は、つぶれたり、辞めなくてはならなくなってしまったのですが(笑)。

しかし、その時期というのは、なぜか、いわゆる良い時期だったようです。

きっと、ある程度以上、精神的に成長したのなら、無理にでもそうしたら良いのかもしれません。

みなさんは、どう思うでしょうか?


 

にんげんクラブのメルマガが来ますが・・・
こだまさんというカタが、「かっこいい自分を見せようとしすぎるといけない」というようなことを書いています。

これは、船井幸雄さんの「エエカッコしない」ですが、良く分かるのですが、私はこれをもう一歩進めたいと考えます。

というよりも、言い換えなのですが、なんと言いましょうか・・・「宇宙の理に沿った、エエカッコをしなさい・・・・・・」とでも言うのでしょうか?

私はバカですので、「エエカッコしない」をそのまま理解しますと、「悪いカッコする」になってしまいます(笑)。
これも、2元論でしか考えられない未熟さゆえでしょうが。

あるいは、こんなこともありますね・・・
何かいわゆる良いこを使用とするとき、「エエカッコするな」という言葉が、3次元的にも、あるいは心のどこからでも、聞こえてきそうな時が。

これによって、お年寄りに席も譲れない、だなんてことは、みなさんにはないでしょうか?


ですので、どうも、言いたいことは良く分かるのですが、言葉のマジックでしょうか、「エエカッコしない」という言葉は、私にとって、葛藤を呼んでしまう場面が少なくありません。

また、まだまだ正直にしますと、バカを見る機会が多いですね。
私が私が未熟なせいかもしれませんが。

とは言え、少し前・・・4,5年前・・・と比べますと、少なくとも、私の周りでは、正直者、宇宙の理に沿ったエエカッコ、をしますと、それを正しく理解してくれ、正しく評価(?)してくれることも増えているようです。


少なくとも、日月神示のような本が世に出て、「だれも評価してくれなかったが、少なくとも、自分がそのつもりでやってきたことのいくつかは、正しいいようだ」、ということが分かるようになってきたということは、次元が本当に上昇しているのだな、と感じさせてくれます。

日月神示には、「今までは、清貧であるようじと、”言わせてきた”が、これからは、そうではなく、清富でなくてはならない。神の道を進めば、嫌でもお金は入ってくる。お金に困るようであれば、自身を省みなくてはいけない」というようなことが言われています。

要するに、「これまでは、お金を儲けようとしたら、人としてやってはいけないようなことをしなくれはならないことが多かったが、これからは、違ってくる」ということなのだと思います。

どうも、それを理解できない人も多いようですし、私自身、理屈では分かっていても、まだそれを実感する、ということはありません。

しいて言えば、新庄選手などを見ていると、いよいよかな、とも思いますが、やはり、私のような下の方にまで、次元上昇の波がやってきてくれないだろうか(笑)、などと思ったりすることもあります。
もちろん、ここで言う、下とは、みな対等ですので、資本主義的3次元的意味においてですが。


で・・・自由、平等は嘘で、あるのは対等・・・ですが、これは、自信ということを考えても、何か分かるような気がします。

自信とは何以下と考えてきましたが、どう考えても、他との比較によってでてくるように思えてなりません。
しかし、比較とは???
と、なり行き詰っていたのですが、「自然は平等ではない、みな”違っている存在”であるものだ。しかし、対等だ」ということを考えますと、やはり、比較から自信というものが生まれてよいのではないだろうか?とも感じます。

鳥は空を飛べます。魚は水の中を泳げます
鳥は、飛ぶことに自信をもって良いのだと感じますし、魚は泳ぐことに自信を持ってよいのだと感じます。

・・・とは言え、実際はどうかは良く分かりません。

自信など必要のないものなのかもしれません。


別の見方をすれば、日月神示には、歓喜ということが書かれています(確か・・・)。
これは、どうも、森田健さんの快、岡田多母さんの喜に近いもののようですが、日月神示には、「歓喜をもっと表現しなさい」と書いてあるように感じられます・・・私には。

もし、これが大切なものであり、2元論的視点から、単に他との比較で勝った負けたから自信を得、それが歓喜に繋がっているのが私を含めた多くの人間であったのだとするのなら、やはり、自信というものは、必要ないものであり、他との比較に寄らない”歓喜の表現”こそが重要なものであるのかもしれません。

ここら辺は、良く分かりません。
自信があると確かによいのですが、他との比較なしの自信というものは本当にあるのだろうか?という疑問が消えません。
だれかより、ここがすごい、とかですね・・・。

但し、快、喜、歓喜、というものは、大切なようだ、ということは分かりますが。

どうも、支離滅裂(笑)ですが。

他との比較なしに自信というのはありえると思うでしょうか?
そして、それは宇宙の理の範囲ないでしょうか?

それとも、範囲から逸脱しているものでしょうか?

それなら、何から自信というものを得るのでしょうか?

そして、自信と言うものは、必要なものでしょうか?

自信なしに歓喜というものは、持てるでしょうか?(持てるみたいだが)

 

みんさんは、どう思うでしょうか?



追記:
ただ、確かに、「私はこれができる」という他者との比較なしの自信もありもありますね。

 

 

 

さて・・・・・・
個人的なことです。
船井幸雄さんに怒られそうですが・・・・急に仕事を辞める事になりました(この歳で馬鹿としか思えません)。
なんと今月一杯です。

詳しくは書きませんが・・・
ある朝、私は急に席を立ち上がり、5人くらいしかいない社員全員に聞こえるように、「あっ・・・俺、今日辞めるって社長に言うことにした」と叫んでいました(・・・・・・)。





個人的なことは、これくらいにして・・・・・・
どうも、NHKつぶしが始まったのでしょうか?
船井幸雄さんは、「NKHのようにスポンサーの影響を受けない放送局は大事」とどこかで書いていたように思いますが、ここ最近のNHKは、確かに、まず民放ではやらないような内容の番組をたくさんやっていたように感じます。
例の横領事件を発端としたNHKの放送料金未払いも、もちろ隠し事ができなくなった、という時流もありますが、どうも、それにプラスして、だれか放送局を完全に牛耳りたい存在が意図した何かが関係しているようにも思えてなりません。

何せ、業界ではだれも文句は言えませんし、広告代理店を使う手も使えませんので、この手のことをしなくては、NHKを自由に操ることはできないでしょうから。

みなさんは、どう思うでしょうか?

今朝のサンデイ・プロジェクトでは、田原さんが、「自分はフリーの立場だから言えるが・・・」とやっていましたが、裏だか表だか分かりませんが・・・本当に露骨なことをしてきますね。

いずれにしても、「イシヤ」はじめ、世界全てに攻め込まれて、日本は一度、完全につぶれたようになるようです。
日月神示を読んでいますと、どうも、一度全員死んだようになるように読めます。
その後、何%かのいわゆるアセンションできた人は、いわゆる新しい肉体と言いますか、霊体と肉体の中間のような形を持って生まれ変わってくるようです。
半霊半物質、というように本には書かれています。

しかしながら、なんとか大難を小難にすれば、「神一厘の仕組み」により、そんな自体は、最低限の被害で逃れられるかもしれない、とも書かれています。



日月神示の370ページには、これからどうすれば良いのかについていくつも書かれているようですが、経営、政治的(?)でしょうか、興味深いことが書いてありますので、引用します。

(引用:但し、こちらで勝手に改行しました。実際は一切改行、行開き一切なしです)

今の政治はむさぶる政治ぞ。神のやり方は与え放しざぞ。
マコトぞ。今のやり方では世界は収まらんぞ。道理ぢゃなあ。
天にはいくらでも与えるものあるぞ。地にはいくらでも、どうにでもなる、人民に与えるものあるのざぞ。
惜しみなく、くまなく与えて取らせよ、与えると弥栄(いやさか)えるぞ。
弥栄になって元に戻るのざ、国は富んでくるぞ、神徳満ち満つのぢゃ、この道理判るであろうがな。
取り上げたもの何にもならんのぢゃ、捧げられたものだけがマコトぢゃ。乗るものタダにせよ。
田からも家からも税金とるでないぞ。年貢とりたてるでないぞ、何もかもタダぢゃ、日月神示の光見よ、と申してあろうが、金は要らんと申してあろうが、暮らしむきのものタダでとらせよ、タダで与える方法あるでないか、
働かん者食うべからずと申す事理屈ぢゃ、理屈は悪ぢゃ、悪魔ぢゃ、何もかも与え放しぢゃ、そこに神の政治始まるのぢゃぞ、神の経済あるのぢゃ、

やって見なされ、人民のそろばんでは木の葉一枚でも割出せないであろうが、この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与えて見なされ、お上も余るのぢゃ、この道理判りたか。
仕事させてくれと申して、人民喜んで働くぞ、遊ぶ者なくなるぞ、皆々神の子ぢゃ、神の魂植え付けてあるのぢゃ、長い目で見てやれ、惜しみなく与えるうちに人民元の姿現れるぞ。
むさぶると悪になって来るのぢゃ、今のさま見て改心結構ぞ、算盤捨てよ、人民神とあがめよ、神よなるぞ、泥棒と見るキが泥棒つくるのぢゃ、元の元のキの臣民地(くに)の日月の神ぢゃと申してあろうがな

(以上)

これはくしくも、船井幸雄さんの言っている、「与えると、入ってくる」と同じですね。

みなさんは、どう思うでしょうか?


え〜、
ミノさんが、テレビで、いじめ問題で、学校が、「いじめがあった」という発言が「いじめは確認していない」に変わったことに対して、「もう嘘はつかないでください」と言っています。

しかし、どうでしょう?
おそらくは、教育委員会だか、文部科学省だか、よく分かりませんが、上からの命令があっての豹変なのでしょう。

資本主義では、これは”当然”でしょう。
違うでしょうか?

会社の命令、上司の命令には従わなくてはならない、従わなかったら首か干されるか・・・
そうなったら、この校長先生にもいるであろう、子供、奥さんが食べられなくなってしまう、あるいは、自分の世間体が悪くなってしまう、または、これで仕事を辞めたら、次の就職先がなかなかむつかしいかもしれない・・・

この状況で100%、学校を責めることはできるでしょうか?

私はこの状況が仕方がない、と言っているのではありません。
このように、社会全体を含めて”いじめ”の構造になっているのが、今の日本であり、資本主義である、ということが言いたいのです。

この事件の被害者は、かわいそうです。
絶対こんなことがあってはなりません。

しかし、そう言っている周りの人、関係者、テレビで報道している人たちは、一体、前回の選挙でどこの政党に投票したのでしょうか?
どこの議員に投票したのでしょうか?
今まで、資本主義を正当化してこなかったでしょうか?

学生時代、身近でいじめがあったとき、体を張って止めたことがあったでしょうか?


もちろん、どこに投票しようが、体を張って止めなかったろうが、それは過去ですので、もういいです。

「どこかしらないが、ものすごくおかしなことが起こっている」ということに、早く多くの人が気が付いて欲しいと思います。

そして、森田健さんではありませんが、決して、自分を100%外側に置いて考えてはいけないのだろうと思います。
確かに、ほんのわずかでも、自分が間接的にでも”加害者”である、ということを認めるのは、嫌なものです。
しかし、どうも、高次元的にみても、全てはつながっているようです。

どうあがいても、この3次元・・・だけでなく高次元的にも・・・で起きていること全てに対して、部外者である人はないのです。

もちろん、不必要に罪悪感を感じる必要はないと思います。

 

今ミノさんが、「いじめを学校に訴えたが、取り入ってくれないので、役所の知っている人に頼んだら、急に取り上げてくれた」という手紙を読んでいますが、これが資本主義ですね。

で、この意味でも、多くの人が、偉い役目に付こう、と思ったりするのでしょうが、この役所の人ですら、上から「辞めておけ」と言われればしません。

このお母さんはツイテイタ、ということです。



資本主義・・・と言いましたが、もっと大きく捉えれば、日月神示で言うところの「イシヤ」の意図であり、裏だか表だかの勢力の陰謀であり、それは別にアメリカというひとつの国がどうした、ということではなく・・・しかしながら、「イシヤ」とて、高次元的には、そういう役割をする運命を背負っている存在であるようです。

で、日月神示によれば、悪をいくらやっつけても、やっつけても、事態は改善しないようです。
いくら刑罰を重くしても仕方が無いようです。
いわゆる”悪”を改心させる、包み込む、ということをしなくてはならなうようです。

もちろん、書いている私にもできるかどうかは、分かりませんが、みなさん、私より、よっぽど社会でがんばっているのですから、私以上のことができるはずです。
お金もたくさん持っているでしょうし、人脈もたくさんあるのでしょう。

是非、がんばって欲しいと思います。

ちなみに、私は高校の時、いじめられている友人を助けて、返り討ちにあったことがありますが、それは辛いことでしたので、だれにでも勧めることはできません。
もちろん、ツイテいましたので、クラス全体の力を借りて、返り討ちにできましたが。

しかし、42歳になった今でも、高校の同窓会などへは行きません。
それくらいのトラウマにはなるでしょう、普通。

しかし、なぜ、そんなことをしたかと言えば、きっと、幼稚園くらいの時に、優しいお姉さん(笑)に、助けられたことがあったからでしょうか。


それはそれで良いのですが・・・
みなさん、今の日本はおかしな方向へ向かっているとは思わないでしょうか?

みなさんは、どう思うでしょうか?





日月神示ですが、264ページには、次のような神示が書いてあります。
(引用)
「日本良くならねば世界よくならん」
「日本の人民良くならねば、世界の人民良くならんぞ。日本の上の人良くならねば、日本人良くならんぞ」
(以上)

で・
・・
ともかく日月神示によれば、日本という国が、今後非常に大事ということです。
そのためには、一般の人民が立ち上がるのは当たり前としても、とにかく上の人、広く政治家から企業経営者などなど、人をリードする役割になっている人たちが変わらなくてはならないようです。

それは、船井幸雄さんが言う「企業はトップで100%決まる」ということに通じるのですが、どうも、宇宙・自然の法則として、その団体のトップに達人の”有り様”で、その団体の運命、というものは決まってしまうようです。

それを3次元的言い方をすれば、指導力ですとか、道徳性ですとか、そういった言い方になりますが、どうもそれだけではなく、もっと目に見えないものが関わっているようです。
ですので、その意味で、トップのあり方は大切なようです。

で・・・
この本に、「シオン賢哲の議事録」という「イシヤ」が何を考えているかについて書かれている書物について書かれています。

「イシヤ」は、自由、平等、博愛、あるいは、主権在民、ということを言っているように読めますが、まず、この主権在民自体にごまかしがあるようです。

この「シオン・・・」には、要約して書けば、「一般人民はマクロで見れば、物を良く知らない人が圧倒的に多いので、選挙によってトップを選ばせば、変な人間を選び、ちゃんと、破滅に向かうようにできている。だから主権在民というもっともらしいことを説いて、それをやらせれば、勝手に破滅の道を進んでいく」
のように読めることが書かれています。

主権在君でも、確かに、専制政治的になってしまい、だめになってしまう国家はあったようですが、まず「イシヤ」の戦略としては、とにかく、君主制の国々を君主制から民主主義という嘘の正しさを持った制度の国へ移行させることであったようです。


どうも、一番正しいのは、古来の日本のように、正しく天皇制が機能して、人民は天皇を敬い、天皇は人民を愛しむ・・・
そのような形態のようです。


マクロにみて人民がものを知らないのは、当たり前です・・・私を含めて。
もちろん中には、若い時から、心を含めてよく分かっている人というのは稀にいますが、普通は、歳と時間を経ながら、いろいろなことを覚えていき、試行錯誤していき、たくさんのことを分かっていくものですので。

ですから、それを分かっていながら、民主主義と称して、人民の選んでしまった人に国の大事なことをやらせてしまう、という民主主義制度には、嘘があると感じます。

そして、それが、「イシヤ」の作戦であったらしいです。


よく小泉さんが、マスコミ操作問題などでインタビューされますと、「国民はそんなにバカだと言うのですか?」というような回答をしていましたが、本心はどこにあったのでしょうか?


で・・・いじめ問題ですが・・・父母は校長はじめ先生を責めるのではなく、先生がサラリーマンであり、その上には、上司たる教育委員会、更にその上には、文部科学省があり・・・それは国の機関であり・・・ということをきちんと理解して、力を出し合わなくてはいけないのだろうと思います。

父親たる、あなた方は、会社の上司から、「いじめはなかったことにしておいてくれ。」と言われたら、その言葉に逆らうことができるのでしょうか?
私は比較的簡単にできます。
なぜなら、伴侶も子供もいませんので。
しかし、普通は、そうではないです。

そうであるのなら、先生、校長を責めて、解決するはずがない、ということぐらい分かるはずです。

現状の制度下で、もっとも威力を発揮できるのは、間違った制度ではありますが、民主主義であるから行われている選挙投票という行為でしょう。

結局、全ては繋がっているわけですが、全ての問題の根本は同じでしょう。

とにかく資本主義の間違いに早く気がついて欲しいです。

資本主義とは、一番弱い人を犠牲にして、成り立つ制度です。
ですので、数値目標を取り入れた学校という場所であるなら、結局、犠牲になるのは、一番弱い人・・・生徒ですね。

ですので、もし、この事件が犯罪であるのなら、それは資本主義を支えている全ての人の罪であるとも言えるでしょう。

これをして、森田健さんの言う「全体の業」ということなのかもしれませんが。


時間がないので、途中ですが・・・

みなさんは、どう思うでしょうか?







さて・・・今までにないくらい楽しい送別会をやってもらいましたので、飲みすぎまして、1日お休みしてしまいました(笑)。


で・・・・・
淡々と書いていきますが・・・

いろいろ書いていますが、私とて、いわゆるアセンションで生き残れるかどうかは分かりません(笑)。
私の目には、確かに「この人よりは、ひょっとしたら神の目にかなっているかもしれないな」という人もいれば、大抵の場合、「この人の方が、神の目にかなっている可能性が高いな」というケースばかりです。

ただ、どうも、今までいろいろあって確信が持てるのは、「どうも、私という人間は少数派に属するようだ」ということです。

私は良く分かりませんが、いくつかの高次元的なもの言いでは、「あまりいないタイプの優しい人」だそうで、「心を重んじる」人のようです。

しかし、これまでの地球の歴史、私の歴史を見ていれば、「そんなやつは、生きていけない」であり、「きれいごとばかり言っている」であり、「親からも先生からも、そんな生き方正しいだなんて教わったことはない」と、感じる人が圧倒的に多いのだろうと感じます。

先達ては、NHKで、アメリカの流通業、中国の製造業、日本の船輸送業についての番組をやっていましたが、どう見ても、あそこに登場した人たちの方が私よりも立派であり、もし、本当にアセンションというものがるのなら、おそらくは彼らの方が救われるのだろうな、と感じてしまいます。

出稼ぎに出てきて、靴工場で住み込みで働き、国の母親、弟に仕送りをしている中国人女性が登場していましたが、もし、彼女が救われないようなことになったのなら、間違いなく、私など問題外ですし、それこそ、「神の道とは一体なんなのだろう?」ということになってしまいそうです。

確かに、彼女にしても、肉は食べるでしょうし、せいぜい20回くらいしか噛まないでしょうし、出世も目標のひとつになっているでしょうし、強いものには巻かれているでしょうし、さすがに”いじめ”などはしないでしょうが、アメリカの流通産業の言われるがままに、一生懸命靴を作っているわけですので、ある意味、アメリカ資本主義を助けているということになるでしょう。


しかし、彼女のような人間は、推測するに全人口の30%はいるのではないかと感じます。
日月神示によれば、現在の全人口の3分の1の更に10分の1くらいしか、もし、アセンションがあるのなら助からないようです・・・助かると言いますか、次元上昇に乗れる・・・ということですが。

中矢さんの解釈では、全人口の3%くらいしか残れないのではないか?
ということです。

私は、別にアセンションとともに、なくなってしまい、またつぎの輪廻転生をすること自体は別に怖くもありませんし、それならそれで仕方ない、と思っていますが、全人口の3%というのは、一体どのような人のことを指しているのでしょうか?

日月神示には、「この神示、読めば分かる・・・」というように書かれています。

行・・・つまり生活をしていくことを行と言い、別に滝に打たれたりすることではなく、生活をしていかなくてはいけない、とありますので、山に篭れ、と全ての人に言っている訳ではないようです。

また仮に政木和三さんがアセンションで生き残れるような種類の人間であるとするのなら、必ずしも、サラリーマンをせよ、ということでもなく、苦しめ、ということでもないようです。

船井幸雄さんによれば、ここ1〜3年くらいで、大きく流れが変わっていく、と言いますか、分かれ目である、ということのようですが、もし、ここで、艮の金神さんが言っている方向へ進んでいったとしたのなら、何かもっと、分かりやすい形が見えてくるのかもしれません。


あのいじめられて自殺をした少女は、どうやらいじめられている友達を助けて、苦難の道に入ってしまったようです。
みなさんは、思うでしょう・・・
「ほら、やっぱり余計なことをすると、ああいう目にあってしまうんだ。それが世の中というものだ。バカも休み休み言え」と。

確か、「包丁人味平」を書いた漫画家の人などは、子供がいじめにあった時、学校に出向き、いじめている子供らを、やくざのような語り口調で脅し、いじめを止めさせたそうです。
2,30年前の話ですが。

これを書きますと、
「ほらやっぱり、力による圧力って言うのが、一番効果があるし、それが世の中というものだ」
と思う人が多いでしょう。

とは言え、これはこどもの世界であり、世間一般となった場合はどうかと言えば、それでも、現状、確かに似たような傾向でしょう。



で・・・いろいろ考えますが、あの世に変える時に、いわゆる5次元にいける人というのは、全人口の3%であるとか、そこまで少ない、ということはないようです。

推測ですが、少なくとも、30%はいるのではないでしょうか?

それを考えますと、もしアセンションというものがあるのなら・・・と言いますか、あるかないかより、艮の金神さんが望んでいることに興味がある、と言いますか、つまり、艮の金神さんが望んでいる人が相当数いないと、どうも地球が滅んでしまう、というその”人”の基準、というものが、とても気になりますし、興味がありますし、私の考えていることと、どれほど違うのだろう、と思ってしまうわけですが。

で・・・どうも、いわゆる天国へいける人の基準というものが、もしあるのなら、今回艮の金神さんが望んでいるものは、それよりよっぽど難しい何らかの基準をもっている、ということのように感じます。

みなさんは、この基準はどんなものなのか?ということについて、興味が沸いてこないでしょうか?
万一、私のごとき人間が次元上昇し、どこかの有名企業の社長が残れないとするなら、それはどうしてなんおか?ということに興味が沸かないでしょうか?

しかも、貨幣経済はもうすぐ終わる、ということではありますが、それでも、この基準に沿うと、貨幣経済がなくあんるまでは、「嫌でも金は集まってくる」と書いています。
みなさんは、それが本当かどうか、やってみたくはないでしょうか?
自分で体験してみたいと思わないでしょうか?

みなさんは、どう思うでしょうか?




で・・・・船井幸雄さんの「にんげんクラブ」のサイトがいろいろがんばっていますが・・・
悪口は言いませんが、はっきり言ってしまいますと・・・何か足りません(失礼)。
もっと言いますと・・・少なくとも見たくて見たくてしょうがない・・・という魅力がありません(失礼)。


で、言うだけ大将になってしまうのは嫌ですので、いろいろ考えますが・・・

ひとつは、「今週の数字」というようなコーナーがあったら面白いでしょうね。
メルマガでも、「数字が人を納得させる」というようなものがありましたが。

内容的には「数字の嘘」でも良いですし、「数字が語る真実」でも良いですし。
それは、毎週見るのが楽しそうですし、溜まっていけば、それはそれで、ある意味、データ集でもありますね。


もうひとつは、エハンさんばりの、ストリーミングによるラジオ、でしょう。
船井幸雄さんでもだれでも良いのですが、2週間に一度くらい、どこかの講演の内容を30分でも、あるいは分割して、もっと長くとも構わないのですが、聞けるようにする、というものです。

ビデオは容量が重いですので、いろいろむつかしいのですが、音声は重いと言っても、それほどではありません。
私のピアノ演奏は、20分もありますが、ちゃんとストリーミングできています。



そして、もうひとつは、EM菌などのグッズの実際の使用例を、一般から集めて、それを掲載するコーナーです。
「これを、こんな風に使用したら、こんな効果がありました・・・」というものですね。

私のように・・・これは船井グッズではありませんが・・・シャボン玉石鹸で頭を洗うようになったら、髪の毛が柔らかくなってきた、なんていうのは、知りたい人にとっては、とても興味深い情報だろう、と感じます。

もちろん、「これをこう使ったら、地震が治まった」とか、「これをこう使ったら、アメリカ軍が引き払った」とか、それくらいの規模を期待している方には、つまらかいことかもしれませんが。



みなさんは、どう思うでしょうか?






さて・・・・・・
別に愚痴っぽくなっているわけではありませんが(笑)・・・
ここ、2,3年、若い人の「はあ(_↗)
?」というのを、良く聞きますが、あれは何でしょうか?
どこかの漫画か何かが流行らせたのでしょうか?

納得しない時に、「はあー↘・・・」というのは、ありますが、年取ったせいかもしれませんが(笑)、「はあ(_↗)?」は、私の耳には異常に下品であり、攻撃性も感じてしまいます。

みなさんは、どう聞こえるでしょうか?

 

 

 

で・・・テレビ朝日でいじめ問題について議論していましたが・・・
あの良くテレビに出る弁護士が、「いじめられる方にも問題がある。人と違ったことをすれば、目に付くし・・・どうすればいじめられないか・・・腕力を付けたりすれば絶対にいじめられないし・・・」のようなことを言っていました。

私は本末転倒だと思います。
「目につく」だなんて言うのは、ぜんぜん肯定できません、私には。
自由にさせてやれば良い、と感じます。
おそらくは、「目に付く」と言うその人が、普段から抑圧されているので、「目に付く」と感じるのでしょう。

確かに、正しいことをでき、発言する状況を作る、という意味で、強くなる、ということは、今の間違えた資本主義の世の中では必要ではありますが、しかし、本当は、正しいことを知っていて、それをやろと思うこと、言おうと思うことが、大切なわけであり、2次的には、そういう状況を作る技術論もありえますが、テレビで社会的地位のある人の発言としては、やはり本末転倒だと思います。
やはり、正しいことをした彼女が正しいのであり、それをすると、死ななくてはならない状況がおかしいのです。

世のリーダーの役割をしている人たちは、本末転倒ではいけないと思います。
そうでないと、いつまでたっても変わらない、変わりにくい、と思いますが。

普通に考えて欲しいですね。
いじめられた子を助けた女の子が、いじめられて自殺しなくてはならなかった→自殺した方が、腕力などの措置がなかったからいけない・・・

もちろん、この弁護士さんは、腕力でなくとも、強い友人を持っているとか、親が権力者であるとか・・・そういった3次元的のいろいろな手段を言っているのでしょうが・・・それは結局、今の世の中の構造を利用しているわけで、それでは、何も変わりませんね。

私は結局、その今の世の中が、ぐるっと回って、この子供の世界に出てきているのだと思っていますので。

みなさんは、どう思うでしょうか?







ノンフェクション作家の人だったか先生だったかは、「調べれてみると、必ずしも弱い人がそういう目にあっているのではない」というようなことを言っていました。

今回だって、いじめられている子を助けた人が犠牲になっているのだから、腕力は別にして、弱くはないでしょう。
むしろ弱かったら、どんな手段をもってしても、逆襲という行為をしたことでしょう。



最後に先生が、「家庭と先生の協力が大事です。睡眠時間が短い、朝ごはんを食べない・・・このような状況では学力が下がるのは調査で出ています」。

と言っていました。

きっと、確かです。
そして、日月神示を読んでも、私の直感でも、食の問題が、もっとも大きく、根本だと感じます。
化学合成のものは、まず食べない方がよいです。
成分を見て、極力、保存料などの入っているものは食べないに越したことはないです。

肉も辞めた方が良いようです。
私は魚の臭いが気になるので、フライか、良く焼いたもの以外はだめですが、肉は少しずつ止めました。
まず牛を止めました。
その間、豚も鳥も食べました。

そして、豚を止めました。
その間、鳥は食べました。

今、鳥を止めている最中です。
野菜は、できるだけ、毎日、何らかの方法で、生野菜を食べるようにしています。
安上がりなのはレタスです。

洗って、100円ショップで買ってきたノンオイルドレッシングで食べます(笑)。
そんなことをしている内に、朝の5時に自然に目が覚めるようになっていました。

今でもそうです。

仕事で11時過ぎに家について、それから何か始めても、勝手に眠くなり・・・それでも、ちゃんと5時に目が覚めます。

瞑想などのせいもあるかもしれませんが、どうも。食べ物による何らかの変化によるところが大きいように感じています。

5時に起きれば、さすがに朝ごはんも食べられるでしょう。
多くの場合、母親が作ってくれるのでしょうから。

で・・・朝ごはんですが・・・
最近テレビなど見ていますと、朝から肉を焼いたものが出てきたりしますが・・・
どうも、持久力からみても、総合的に見ても、日本食が良いようです。
つまり、味噌汁、ご飯、焼き魚、お新香・・・などですね。
ご飯は、本当は玄米か、五穀米が良いようです。

但し、これは、さすがに私もまだできていません(笑)。
まず、玄米も五穀米も、口に合いません(笑)。
これは精神レベルとの兼ね合いもあるのかもしれません。

今はスーパーなどで、レトルトのものも売っていますし、生でも売っています。
なんでも、皮をはいでしまった白米は、不健康以外の何物でもないようです。
栄養は、ただただ玄米にあるようです。

でも、白いご飯は美味しいですね。
日本食にもあいますし。

ここら変は肉と同じでしょう。
少しずつ慣らしていくしかないのでしょう。




とは言え、共働きだと、母親も朝ご飯の支度は大変ですね。
あるいは、夜更かしに慣れてしまっている世代が、朝早起きして、朝ごはんを作るのは大変ですね。

しかし、どうも、働いて学習塾の授業料を稼いだりするよりは、家にいて、早起きして、子供のたけに日本食を作ってあげる方が、よっぽど、高学歴な子供になれるようです。


日月神示の258ページには次のような神示が書いてあります。
別に私の言葉ではありませんので、押し付けはしませんが・・・どう感じるでしょうか?

(引用)
『家の治まらんのは女がでるからぞ。夫立てると果報は女にくるぞ』

『妻にまかせ切った夫、夫にまかせ切った妻の姿となれよ。信仰の真の道ひらけるぞ。一皮むけるぞ。岩戸開けるぞ。富士晴れるぞ』
(以上)

だからどうだとは言いませんが、子供を幸せにしたかったら、日本食の朝ごはんを毎朝作るのが良いようです。






で、面白い内容のものもありましたので、ついでに書きますが・・・
(引用)
愛は養わねばならん。夫婦は命がけで、お互いに築き上げねばならんぞ。夫婦愛はあるのではない。築き上げねばならんぞ。生み出すのぢゃ。つくり出すのぢゃ。そこに尊さあるぞ。喜びあるぞ
(以上)

ははぁ・・・と思います。
どうも、夫婦愛というのは、自然にあるものではないようですね・・・
作るもののようです。
ひょっとしたら結婚も近いかもしれません(大笑)。


 




で、学校問題ですが・・・

いくつか転機があり、校内暴力の後、「スカートの丈が何センチ・・・」というような超管理体制になった。
その後、例の校門の引き扉の犠牲になってしまった事件により、方向転換があった・・・

その後いくつか事件があり、管理教育からゆとり教育になった・・・

と言っていました。




で・・・思うのは、国は、人が死なないとどうも動かないようです。

また、どんなに頭が良い人でも、暴力には暴力を、という発想を持ってしまうようです。
きっと、知能指数は関係ないのでしょう。

で・・・今はどうか知りませんが、私の知っている限りでは、いじめ、というのは、いわゆる不良(死語)がやっているものではなかった、という認識があります。
じゃあ、だれかと言えば、ある程度勉強もできて、しかも、スポーツなんかもそれなりにできるヤツ・・・という認識があります。
で、いじめを助けてひどい目にあった私はどうだったかと言えば、勉強はできましたし、スポーツもできました。
ただ、変わっていたのは、もうすでに、子供がよくやる「強いグループにつくのが正しい」といういうな発想から、「いろいろなタイプはいるけれど、自分は、いろいろなタイプと仲良くしたい」というような、ある意味、大人っぽい発想に、早い時期からなっていた・・・ということでしょうか。


で、今は知りませんが、今でもいじめをやっているのは、結構、勉強ができて、スポーツもできる・・・だけれども、人をこき使う、奴隷にしたい、上からモノを言いたい・・・そんな種類の人なのではないでしょうか?

腕力を・・・と言いますが、当時、私はまだ今よりバカでしたので、相手によっては暴力を使うこともできましたし、使うつもりでしたし、それ相当の体力もありましたし、男の子ならだれでもやるように(?)、中学時代から、家では、木材を拾ってきては、ものまねでこぶしで割っては、嬉しがったり・・・そういう系統のことはしていました(バカ)。

すると、やはり相手はそれが分かるようで暴力など使ってきたりしません。
怪我をするのが嫌だからでしょう。
そうなると、頭を使っていろいろしてくるわけですが・・・
私などは、その「程度の低い行為をする姿」そのもに、腹が立ってしまっていましたが、ツイテいたのは、要するに、いじめ側が、あまりにも格好悪くクラスのみんなに映れたから、ということなのでしょう。

どうも、要するに、自分たちのグループ・・・つまり、その人間から見て、違和感のある人を自分たちよりいくつか下の位に位置づけて、さげすんで楽しむ、ということがしたいグループに、クラスの全ての人間に入って欲しい、あるいは、そうして楽しんでいるのを邪魔されたくない、というのが、その人間たちの気持ちであったようです。

仮染めの、”強さ”のようなものでも良いので、欲しい、ということなのかもしれません。

しかし、こと対私には格好悪かったのかも、しれません。
良く分かりませんが。
なぜ、そうだったかといえば、その弁護士の先生の言うように、確かに、腕力が・・・という解釈も成り立つのかもしれませんが。

それでも、本末転倒です。
本当に強い人というのは、暴力の”ぼ”の字も見せないもんでしょう。
マザーテレサに”ぼ”の字はあるでしょうか?

今、私が考えますと、そいつらは、そこそこ勉強もできたし、スポーツもできたわけですが、ひょっとしたら、それを見とめられなかったのではないでしょうか?
親からでしょうか?

良く分かりませんが。

結局、堪えに堪えて・・・と言っても1年くらいですが・・・先生も参加して、彼らを詰問する学級会が開かれました。
詰問されたいじめのリーダーは、回答に困って、教室を飛び出してしまいました。
体育会系部活のキャプテンだったヤツは、スポーツ推薦でそれなりの大学に入学しましたが、檻があわず、大学の部活は辞めてしまった、ということです。

これを、波動的に考えて、自分に跳ね返ってきた、という言えるかもしれませんが、ただただ事実のようですので、書いているだけです。

で、私は、当時はバカでしたので「彼らをコテンパに殴り倒すことが出来なかった」ことに対して、みじめな気持ちを持ち続けていましたが、どうも、そんなことはしなくて良かったようです。

今冷静に振り返ってみますと、合唱コンクールの指揮者だとか、編曲者だとかに押されたり、制服と自由な服装を考える集まりのメンバーにならされたりしていましたので、自分の意思とは違うところで、大きな流れは私を評価していたのかもしれません。

とは言え、自分が望んでいないものがやってきても、少なくとも、当時の私には感謝できなかったようです。
ですので、今でもバカですが、当時も、いじめをしている奴らとそう変わらず、バカだったのかもしれません。



で・・・
昨日、会社の近くにあったが、行くこともできず、配達してもらうような雰囲気でもなかったので、なかなか買えなかったEM菌グッズを売っているお店に行ってきました。

トーモン・ハウス、という不動産やさんですが。

なんでも、最近、妙に尋ねてくる人が多いそうです。
「EM菌について教えてくれ」と。

なぜ、EM菌グッズを扱い始めたのですか?と聞きましたが、昔親戚が、EM菌を扱う会社をやっていたそうです。
そして、アルバイトをしえいたゴルフ場でEM菌を使っていたそうです。
そのからみで今でも、扱っているようです。

先日の東京日本橋のEM菌による清浄化の時には、行って、EM菌を撒いてきたそうです。
新聞記事の切り取りが貼ってありました。


私は、EMWと、セラミック、そして、しゃぼんだま石鹸のEM菌入りを買ってきました。
さすがに、EM菌入りのシャボン玉石鹸はスーパーにも置いてありません。

また例の語とっく、左耳の後ろにおできが出来ましたが・・・どうも、髪の毛が伸びるとできてしまうようですが、EMWを試しに付けてみたところ、あっという間に、小さくなりました。
偶然かもしれませんが。




で・・・「にんげんクラブ」の会報誌が届きましたが、なかなか面白いです。
原千春さんという女性のインタビューが掲載されています。

なんでも、社長業と共に、九州でコミュニティFM(弱い電波のFM局)をやっているそうです。
スポンサーなしで、まったく干渉を受けない状態で、正しいことを発信できる状況だそうです。

http://www.yumetairiku.co.jp/
というサイトもやっているそうです。


本物堪能セミナーの報告も書いてありますが、増田俊夫さんの参加したようですね。
船井幸雄さんの氣で倒す実演では、一人倒れなかった人がいるようですが、「おん・あぴら・うんけん・そわか」という真言を称えていたそうです。



これは、船井幸雄さんの、「 マンガで読む船井幸雄のスピリチュアルな世界 (単行本)
船井 幸雄 (著), 赤池 キョウコ (著) 」(グラフ社)にも掲載されているそうです。

私はこの本は読んでいません(笑)。

早速、昨夜やってみましたが・・・気のせいか、いくらか気が軽くなったように感じましたが、さて、今後どうなるでしょうか?



で・・・・・・その番組で、先生側が「テレビ報道などでも、校長先生を、これでもかと、詰問するようなことをしていたが、ああいうことをするのが、またいじめを助長するのです」
と言っていました。
アナウンサーは、「でも、あれくらいやらないと、しゃべらないじゃないですか」のようなことを言っていましたが。

私は、先生側の言うとおりだと思います。
アナウンサーの言う、「あれくらいしないとしゃべらない」もまた事実ではありますが。
それはそうでしょう・・・本当のことを話したら、上の団体の怒りを買い、場合によっては首になり、奥さん、子供ともども路頭に迷い・・・という道が待っているのですから。
そして、もともと自分で考えた方針に従って教育をしてきての過ちであったならまだしも、上から言われたことを、そうするのが正しいことだ、と一生懸命聞いて、従ってやってきただけなんおに、なぜか、全ての責任が自分にあるかのように責められる・・・
そりゃ、言わないです。

今の方針を作って、それに従わなくてはナならない、としたその張本人が出てこなくてはいけません。
そして、マスコミは責めるならその人です。

と言いますか、いずれにしても、勧善懲悪、正義大好きのアメリカ人のように、「悪いやつは人と思わなくても良い」のようなやり方はどうでしょう?

それって、本当に要するにいじめなのです。

一面的に見て、悪いことをした、と決定的なので、絶対的に痛めつける、非人間扱いする、さげすむ、こちらの言うことを聞くまで徹底的に責め続ける・・・

これって、アメリカのやっていることであり、どこかの営業部長がやっていることであり、どこかのスポンサーがやっていることであり、マスコミが、犯罪者の会見でやっていることであり、場合によっては、”離婚した”だけなのに、あたかも極悪人扱いされた芸能人にやっていることであり・・・

そして、あたかも、そうして責める姿がかっこいいように映し出し・・・


あのね・・・
どうして、あの校長先生に、もっと普通の人に接するように、「今のこの学校での教育方針は、どこから出てきたものなのですか?」と聞けないのでしょう?

そうすれば、「すべて教育委員会からの方針です」とか、
「文部科学省からの指示です」とか、本当のことが分かってくるかもしれないではないですか?
というより、マスコミもさすがに本当のことは分かっているはずですので、ただ、それが大手を振って言えないだけかも知れませんが。
それは、まったく、その校長先生と同じ立場です。

板ばさみあっている状況をもっと理解・・・とは言いませんが、もっときちんと整理整頓しなくては、正しいことなど分かりませんね。


少なくとも・・・校長先生を責めても、何も出てきません。
先生たちも言っていましたが、校長先生は社長ではありません。
せいぜい、課長か、その程度です。
なんの教育的決定権もないはずです。
社長は国あるいは総理大臣であり、経営者は国と、文部科学省でしょう?
教育委員会が、本当の意味での幹部でしょうか?

今日のアナウンサーが間違えているのは・・・
国の機関は、社長が総理大臣であり、その下に官公庁があり、その下にもう一つ有り(ない場合もあるでしょうが)、その下にはじめて機関がある、という認識がない、ということです。

会社をそのまま、学校なら学校にあてはめるのではなく、国にあてはめなくてはいけない、ということです。
もし、本当に今までこの概念が抜けていたとするなら、きっと今まで、選挙の意味、国の意味、政治の意味、ということを正しく理解できていなかったのではないでしょうか?

もしそうなら、とても問題でね。

これから是非、認識を改めて欲しい、と感じます。
きっと、改めてくれるでしょう。


とは言うものの、働いていると、そんなことどうでも良くなってしまう、という感覚は良く分かります。
きっと、「イシヤ」も、そこら辺のこともよく分かっているのでしょう。

資本主義には、そういう力・・・人民が本当のことを理解できなくなってしまうような状態にしてしまう・・・があるようです。

なぜなら、日々の忙しさの糧となっているのは、それぞれの金銭レベルによって異なるでしょうが、贅沢品を買おうであったり、家を買おうであったり・・・そういった方向へ向けられるように、全てがシステム化されているからです。


みなさんは、どう思うでしょうか?







今NHKで、「アメリカ」についての番組をやっています。
9.11の犠牲者の遺族の方が、「このままでは、自由がなくなってしまう。私は次の世代のために訴えているのです」
と言っていました。
どうも、この人は、争い合いはいけない、のようなことを言いたいようですので、それは良いのですが・・・
私は思います。
アメリカがずっと言ってきたような、「自由」など、もともと三千世界、全時空にはないのです。
いままでアメリカは、それがあると思っていたでしょうし、それを実現してきたように思っていたでしょう。
しかし、それは、本当はなく、あるように作られた虚構の世界なのではないでしょうか?

そして、その嘘の自由を求めていたら、次には、またある意図をもって作られた嘘の束縛の世界を作ることになるでしょう。

もともと、戦後アメリカの言ってきたような自由などはないのです。

イスラム教徒のタクシードライバーが、「あの事件以来、乗客から、ひどい目にあることがあった。アメリカは自由の国なんだから、私の自由を奪うような行為はよくない」のようなことを言っていました。

しかし、アメリカ式自由が本当なら、おそらくは、そのたとえ間違った認識であったとしても、その乗客もまた、その人が正しいと真実ことを、実行する自由がある、ということになります。
もちろん、さすがのアメリカも、”正当な理由なしに暴力を振るってよい”とは言わないでしょうが、少なくとも、その乗客にとっては、正当なのでしょう。

正当だと、暴力を振るってよいのが、今のアメリカ式の自由のようですので。

しかしながら、インタビューに回答している人の中には、「話し合いを」という人もいましたが。


自由、自由と言っています。
「平和がなければ自由はない」と言っている人もいます。

その人は、「僕がベトナム戦争で生き残ったのは、自由の女神の番人になる、という運命があったからなんだと思っているんだ」と言っています。
「ベトナム戦争には志願していったが、帰ってきてからは平和な仕事がしたいと思っているんだ」

女性が、「他の人の自由を侵害することは決してあってはいけない、と思うのです」と言っています。

みなさんは気付くでしょうか?

完全な自由を訴えながら、「人の自由を侵害してはいけない」と言っています。

完全に自由一人の人がしたら、絶対に、だれかの完全な自由は束縛されるのです。
嘘があると思わないでしょうか?

矛盾があると気付かないでしょうか?


「イシヤ」の意図によって宣伝されたアメリカ式の「自由」というのは、この三千世界、全時空にはないのです。
あるのは、宇宙の理・・・。
そのが何かは完全には分かりませんが、あるのは宇宙の理、神の道、そういったものなのです。

自由の女神の番人をやっている人は、ある意味正しいのでしょう。
まさに、それをやる運命であり、だから、ベトナムで死ななかったし、今テレビで出演しており、それは私にこの文章を書かせ、世界のどこかでは、別の使役を他人に及ぼし、何かをさせている・・・

それは、つまるところ、宇宙の理のひとつであり、神の意思であるのだ思います。

おそらくは、女性が家庭を守る、というのも、人間がどう思おうが、宇宙の理でしょう。
他にもいろいろあるのでしょうが、人間の手で勝手に宇宙の理を崩そうとしても、それはしてはいけないことであり、そこには幸せはないのだろうと感じます。



なんでも、続いてのニュースでは、足立区では、生徒の学力増加を図るため、競争原理を取り入れて、前年の学校の学力に応じて、学校への予算に差をつけるそうです・・・それは、学力の良かった学校へ多く出す、ということです。

これが、正に資本主義の嘘なのです。
真逆です。
おそらく宇宙の理に沿った考えでは、学力の低い学校に補助金をたくさん出すのです。
一般の人も同じです。
基礎給与が決められていて、その上で、何らかの意味で能力のようなものが不足している人に対して、うまく行っている人よりも多くの補助金を与えて、そして、勉強なりしてもらうのが、きっと宇宙の理です。

そうでなくては、うまく言っている学校がどんどん良くなり、うまくいっていない学校がどんどん悪くなります。
要するに格差が開いていくのです。

うまくいっている人が、どんどん得て、どんどん格差が開いていき、最後に支配階級と奴隷になる・・・それが資本主義です。

奴隷ということはないだろう・・・という人がいるかもしれませんが、それが正に、資本主義のわなです。
強制的にだれのやりたがらない仕事をさせたら、民主主義という嘘の主義で非難される奴隷ですが、それしかできない状況に追いやられた人が、あたかも自分の意思でそれをやったなら、民主主義では、どれとは言わないのです。
しかし、中身はまったく一緒です。

頭の良い人・・・これが分からないわけないでしょう?


しかし、少なくとも、1980年代くらいまでの日本は、そうはなりませんでした。
国民総中流です。
要するに、まだ日本人のDNAにある「宇宙の理」がONになっていた率が高かったのでしょう。

しかし、それでも完全ではありません。
いきなりでは、大変ですが、おそらくは太古の日本・・・その姿が、宇宙の理に近いのかもしれません。
それはどんなものですか?
と問われますと、まだまだ完全には分かりません。
日月神示を読むと、分かってくると、艮の金神さんは、言っているようです。



みなさんは、どう思うでしょうか?






時事放談でも、いじめ問題をやっていましたが・・・
最後には、「私たちのころにもいじめ問題というのはありましたが、自殺ということにはならなかったですが・・・」で終わりました。

結局、「こどもが弱くなった」とか、「地域の助け合いがなくなった」というような議論で終わってしまったように感じました。

ゲストは、60〜70代の方であったようですが。

また、「学校の先生は、もっと自分の仕事に使命感を持って・・・」というような話もありました。


で・・・・・・
本当ですか?
少し単純過ぎるのではないでしょうか?

もちろん、本当にそうなのかもしれませんが・・・おそらく違うでしょう。

どうして、地位も名誉もお金もあるこういう人たちが、「何か変だな、もっと調べてみよう」と思わないのでしょうか?
日本人でしょうか?
日本が変だ、となったら、どうしてこのような調べることが”出来る”人が、上のような議論で終わらせてしまうのでしょうか?

なんで、先生に使命感が感じられなくなったのか?
ということをもっと考えてみたらどうでしょうか?

先生たちへの学生時代の教育かもしれません。
今の教育行政の問題かもしれません。
それは、方針かもしれませんし、校長、先生たちへ自主的な判断を許していないせいかもしれません。
評価制度の間違いかもしれません。
どうしても、調べようとしないのでしょうか?
あなたたちの言うようなことで済んでいるなら、こんなことは起きないだろう、という推測はできないのでしょうか?

子供が弱くなったからでしょうか?
マクロにみてばそうかもしれません。
なぜ、弱くなったのでしょうか?
しかし、本当は弱いではなく、できないことを強いているのではないでしょうか?
たとえば・・・私の母親は私が子供のころ、「戦争直後は食べ物がなく、品川埠頭まで行って、アサリを取ってきたりしていた・・・」とか、「兄弟は病気で死んでしまった」と話してくれましたが、確かに、私の時代は、そのような苦労はなく、感謝、感謝ですが、しかし、なんぜそうしなくてはいけないのか分からない中学入試のために、友達と遊ぶ約束を断って、部屋に閉じ込こもって勉強をするよりも、小学生の私にとっては、「あさりをとって来る」という行為は簡単に感じていました。

今の小学生、中学生には、もっと違った何かがあるのかもしれません。

母親が続きますが(笑)・・・
一生懸命栄養をつけようとして、いつも肉をおかずに出してくれました。
私が、あるときから急に魚が食べられなくなった、ということもありますが。

食べ物はどうも、影響が大きいようです。
だれが、「肉がスタミナ源である」という嘘を流したのでしょうか?

子供が夜更かししているようです。
それは、テレビかもしれませんし、テレビゲームかもしれませんし、ラジオかもしれませんし・・・良く知りませんが。
しかし、何にしても、経済活動と関係しているのではないでしょうか?
その経済活動から恩恵を受けていないでしょうか?


お年寄りや弱い人からお金や安定を奪い取っているような政治状況と、何か関係があるとは感じないでしょうか?
調べることができるのに、なぜ調べないのでしょうか?

自分には関係ないと思っているのでしょうか?
もちろん、直接関係はない、ということはその通りです。

しかし、今あなたたちがテレビに出ていてギャラを貰っている、
それはスポンサーのCM料金である、
CMを出すために企業はお金を稼いでいる、
そのお金を稼ぐために企業は合理化の努力をしている、
設備投資のためには銀行からもお金を借りる、
昔は、地域活性化のために中小企業に貸していた銀行は、CMをうてるような大企業にしか、お金を貸さなくなってしまっている、
企業は正社員を減らして臨時雇用を増やして、業績が上がったと言っている、
下請け中小企業には、無理な努力を強いる、
やっぱり、エリートコースを歩んでいかなくては、人生だめだと親が思う、
エリートコースにない親は無力感を持っているかもしれない、
子供には無理な何を強いているかもしれない、
CMはモノを売るために、人民に無駄にモノを欲しがるように操る技術を競う・・・・

あなたたちは、無関係ではありません。
もし、新しい車を買い換えるたり、家を新築したりするお金があったら、だれかに渡して、調査でもしてください。
折角、いつも偉い政治家の先生たちと面と向かって話す機会があるのに、なんでそういう人たちが、私は関係ない状態なのでしょうか?


みなさんは、どう思うでしょうか?




で・・・・・・ポール・モーリアさんがなくなったようです。
私が歌謡曲以外の音楽に目覚めた張本人です(笑)。

私が小学生くらいの時には、良くテレビにも出ていました。
インストメンタルにも関わらず、彼のLPが洋楽チャートにも登場していた時代です。

今まで、すばらしい音楽をありがとうございます、感謝いたします。






 

さて・・・・・・鳥越さんが昨日、「子供は悪魔的面も持っている」というようなことを言っていました。
鳥越さんの言っている子供が、どれくらいの年齢なのかにも寄りますが、この件での発言ですので、おそらくは中学生くらいを言っているのでしょう。
私は、資本主義下では、それも言えているかもしれないと思います。
どうも、資本主義下では、中学生くらで、反抗期を向かえ、そして、その内、いろいろな智恵を覚えてとりあえず社会に順応していく・・・というのが普通のようです。

で、この反抗期の期間を鳥越さんが、「子供が悪魔的側面を持っている」、と言っているとしたら、それは実は大きな間違いがあるように考えています。
むしろ悪魔的側面を持っているのは、マクロに見た大人の世界、資本主義の世界、民主主義の世界のようだと感じます。

根拠は・・・非常に薄いですが、いつだったか、何かでどこかの原住民だったか部族だったかでは、反抗期というものがないと聞いたか見たかしましたが、それだけです。

私はこれは事実なのではないかと感じます。

おそらく中学生前後になってくると、大人がいろいろ大人の世界のことを子供に教えるのか、それとも、知識としていろいろ子供が勝手に得てくるのかして、” 今”の常識、現状というものを知ってしまうのだと思います。

しかしながら、ちゃんとDNAには、人としての正しい道のようなものが仕込まれていて、その通りにしようと思っているのに、”今”が、それに沿っていない形状をしているのではないでしょうか?
それが、反抗期という形で現れる。
これは、正に反抗ではありますが、正しいものに対して悪が犯行するのではなく、資本主義、御園主主義という悪に対して、正義(?)が反抗をして、そして、敗れてしまった姿が、反抗期の終わり、というものなのかもしれません。

中学生くらいになりますと、多くの場合、生まれた時の記憶を忘れています。
それはそれでいいのですが、赤ちゃんから幼児の期間に持っていた、感覚のような記憶はもっている人も多いのではないでしょうか。
それはなにも、大人に養われている、というようなものだけではなく、人が元々もっている”正しい感覚”とでもいうようなものなのかもしれません。


それに沿っていけば、本当は、正しく生きていけるはずなのかもしれません。
しかし、中学生くらいの時に、高次元的か3次元的か分かりませんが、何かが起きるようです。
その時に、3次元の世の中、資本主義の世の中、というものが、想像するに異常に不自然な何かを持っているのでしょう。
そして、それへの反応が反抗期という形で出てくる。

しかし、資本主義、民主主義というような嘘の正しい主義を取り入れていない場所では、そういったことが起きず反抗期もない・・・。

ですので、子供にもし悪魔的側面があるとするのなら、子供を悪魔たらしめているのは、資本主義、現在、というものであるのかもしれませんね。


相当直感も入っていますので、良く分かりませんが・・・

みなさんは、どう思うでしょうか?



で・・・いつものテレビ朝日ですが・・・
遺族の方が、「先生たちは、人の道をはずしてはいけないのです・・・」と言っています。

その通りですが、しかし、自分の身内、奥さん、子供を食べさせなくてはいけないのも、また人の道でしょう。
ひとつの人の道を進むと、もうひとつの人の道をはずさなくてはならない・・・まるで任侠映画ですが、それが今の世なのかであり、資本主義、民主主義の世の中です。
銀行が少し前相当ひどい取立てをやったのも、竹中さんの指導により、不良債権を強引に早期に片付ける必要があったからのようです。
それが、これから海外資本が日本資本を乗っ取るために、大切なことだったようです。

これも、中小企業などへ相当ひどいことをしたようですが、言ってみれば、「生き残っていく」という正しい道であり、やはいr、家族、子供を養うため、という正しい道であるのでしょう。
ですので、ひどいことをした、はそれはそれで非難されますが、角度を変えれば、彼らは彼らなりに、正しいことをしたことになるのかもしれません。

だって、自分の会社をつぶして、奥さん、子供を路頭に迷わして、なんてことになったら、それはそれで、人の道をはずしています。
自分の奥さん、子供は、自分でしか守れないのでしょうから・・・(本当はそうではないのだと思いますが・・・現状仕方ないのかもしれません)

このように、一つ立てれば一つ経たなくなる、というのが、「イシヤ」が意図した嘘の自由の世の中なんだと思います。

本当は、一つの人の道・・・神の道・・・を歩めば、全ての道が正しくなるのがあるべき姿です。

なんで、奥さん、子供を食べさせて行くという人の道を歩むと、生徒を犠牲にしなくてはならない、という非人の道を歩まねばならないのか、と言えば、上からの命令、方針の内容が、おおもとを辿っていけば、だれかから奪った分だけ・・・だれそれを犠牲にした分だけ・・・自分のものになる、という内容を含んでいるからではないでしょうか?

おそらくは、それは、数値目標でしょう。
いじめでもなんでも、「問題を解決した」ということが目標ではなく、「問題が少なかった」ということが、目標だからでしょう。
売り上げとはいくぶん異なり、ぶんどったぶん自分のものになる、ということではありませんが、どこかに被害を残してくると自分に利益があがる、というところは同じだとも言えます。

今、くしくも、テレビ朝日で同じようなことを言っている人がいますが・・・。


「問題を解決する」・・・が与えるなら、「問題が少なかった」としてしまうのは、奪う、なのでしょうか。
ここら辺は、船井幸雄さんの本を読みますと、ヒントがあるのですが、今うまく言っている企業の内、宇宙の理に沿っている企業では、船井幸雄さんの書いているようなことを実践しているようです。

少なくとも、地域のみんなが潤うようなやり方をすると、自然と経営がうまくいくような世の中にはなっているようです。
しかし、それを実践していない企業も当然あるようです。
その企業などが、昔のやり方に固執すると、「もっと、強引に、もっと管理を厳しく・・・」という方向になって行ってしまっているのかも知れません。
良く分かりませんが・・・。





今、いつもの、テレ朝のアナウンサーが、面白いことを言っています。
「先生が、”私が3ついじめを解決した”と報告したら、本当は解決していなくとも、それが評価になってしまう・・・」

その通りですね。

ゲストが、「本当になくなったかどうかは、生徒とが一番知っています」
これは、「好景気が戦後最長です」と政府が言っていても、一番知っているのは、民衆であり、「ぜんぜん暮らしは良くなっていない」・・・ですね。

教育の現場で、生徒が犠牲になっているのと、国で、民衆が犠牲になっている、のとまったく同じ事が起きています。
みなさん、理由は説明できませんが、世の中の全てのことは、フラクタル・・・相似形になっているようです。
そして、これは確かです。

生き物一つの中で起きていることは、小さい組織でも起きていて、そして、大きな組織・・・地球でも起きている、ということです。

国で起きていることは、学校でも、起きていますし、会社でも起きていますし、あなたの地域でも起きていますし、あなたの体の中でも起きている、ということです。

ですので、この資本主義、嘘の完全なシステムである民主主義下で生きているあなたは、体の内部、心の中が悲鳴を上げているにも関わらず、それを無視していませんでしょうか?


で・・・ついでですが・・・
例の離婚問題で、「今ホテルでは、報道を警戒してでしょうか、ホテルの人が警戒態勢を取っています・・・」と、レポーターが言っています(笑)。

それって、密猟者が、「密漁を警戒してでしょうか、関係者が、警戒態勢を取っています」と密猟者が伝えているのと同じことですよね?
変ですね。

もうひとつの側面は9.11で自分で事件を仕組んで、「テロの危険があるので・・・」とやっているだれかとまったく同じです。
そして、それが資本主義なのです。

自分より経済的に弱いところから奪っていくシステムですので、どんどんどんどん市場を作り上げ、奪っていかなくてはいけないのです。

政木和三さんのいう、世間のために・・・とは、きっと、資本主義を見越しての意味があるのかもしれません。
つまり、
「今、仕方なく資本主義という間違ったシステムをみんが信じてしまっているが、理論手金いどうしようもなく市場を作っていかなくてはいけないシステムだ。
それならば、嘘で市場を作るのではなく、本当に人が必要としているものを見つけ出して、それを解決するような手段で市場を作っていくしかない」
であり、それをして、人のため、世間のため・・・という意味もあるのかもしれませんね。



で・フセインの裁判ですが・・・・
私は、フセインが偽者である、という論を信じているのですが・・・
もし、私の想像が正しいのなら、本当に、うまくシナリオが書かれているように感じます・・・

弁護側で犠牲者が出て、アメリカから人が大量に送り込まれていて・・・
意図している方が、まさに、他人から見られて、”しそうなこと”をうまくやり、それでいながら、ちゃんと、自分たちに都合の良い方向へ、流れを持っていっています。

仕組んだなら、すべてアメリカ側の思い通りで、損の一切出ないようなシナリオを作るだろう、というのが普通なのですが、ここでは、本当以上に本当っぽいことが起き、そして、流れは、ちゃんとアメリカ側に都合の良い方向に行っている・・・
もちろん私の想像ですので、分かりませんが。

フセインが、アメリカを訴えることもできるのですよね?
だって、何も出てこなかったのだから・・・
つまり、強盗と一緒ですよね?

これが通りますと、今、アメリカ軍が日本を攻めてきても、通ってしまいますよね???

だれか、力関係ではなく、理論上、どうなっているのか、説明して欲しいと感じますが?


みなさんは、不思議ではないでしょうか?

それを言わないのは、そんなことしたら、ひょっとしたら、アメリカに攻められてしまうことになってしまうかもしれないから・・・ということであるのなら、それは、やはり嘘の報告をしている先生たちをあまり変わらないですよね?

そんな国とは付き合いを断る、と言えない・・・あるいは、「間違っている」と大きな声で言えない・・・
もう、相当おかしくなっていますね。


みなさんは、どう思うでしょうか?





さて・・・・・・
どうも、最近食について興味がありますが・・・。
先達てテレビでタイの仏教のお寺についてやっていたのですが・・・そこは、トラを飼っています、いっぱい(笑)。
ほとんど放し飼いのような自由な状態で飼っているようでした。
トラも、お寺の人には慣れていて、まるで大きな猫です(可愛)。


観光客なども、その大きな猫(トラ)にじゃれ付いたりしているのですが、まったく無害です。


トラはタイには野生のトラが生息しているようで、何年か前、7,8年くらい前でしたでしょうか、何らの事情で、お寺に、だれかが持ってきたようです。
密猟か何かの関係だったでしょうか。

で、それはそれですが、トラには餌として、煮た鶏肉を与えているようでした。
なんでも、血の味を覚えると、人を襲うそうで、生肉は与えないそうです。

で・・・
どうも、あのトラですら、食べるものが違うとぜんぜん違う性格になるようです・・・そう解釈しました。

もちろん、野生のトラは自分で餌を取る必要がありますので、野生も必要ですので、当然生肉を食べることは良いのだと思います。

人間がトラとまったく同じかどうかは分かりませんが、少なくとも、食べるものが霊性はともかくとして(私は霊性にも関係していると思っているが)、性格には影響を与えるのは確かでしょう。


食べ物には、気を付けた方が良いと感じます。

みなさんは、どう思うでしょうか?



で・・・肉を完全に止めようとしている私が何を食べているかと言いますと・・・
例えば今日は・・・厚揚げ、カキフライ、味噌汁、ご飯、レタスのサラダ、です(笑)。

どうも、肉か魚がない場合、どうしても、厚揚げとか、揚げ出し豆腐とか・・・そういうものが欲しくなってしまいます。

肉を一片も食べないで4,5日過ごせています(笑)。
一片も、とは、つまり、外食で味噌汁がトン汁だったりするようなケースを除いて、という意味です。
メインのおかずに鳥以外の肉がない、ということであれば、もう1年近くそうだと思いますし、鳥も、ここ1ヶ月くらいはほとんど食べていません(送別会は焼き鳥やだったので仕方ない;笑)。
ということですので、外食では、ここ最近、「野菜炒め定食、肉抜きで」とか、そんな感じです。

さて、何か変わるでしょうか?


ちなみに、味噌汁は良いようです。
芥川龍之介だったか、だれか文豪が小学生時代、いつもポットもようなものに味噌汁を入れて学校へ持っていっていたようですが、醗酵食品として味噌というのは、とても優れたもののようです。

テレビによれば、腸が長い日本人には、発酵食品は必要なようです。
もちろん、それだけではないようで、ちょっと名前が出てきませんが(後に判明:深野一幸さん)・・・本には、醗酵食品は宇宙エネルギーが入っている、というようなことが書かれていたように覚えています。




どうも、今更ながらですが(笑)・・・
松田優作さんが、例の「ブラックレイン」の撮影中に、アメリカ人から相談された時に言っていたそうですが、「出来ると、思い込むんだ・・・」ということですが・・・

例の、頭の映像が出にくいの件ですが(笑)、確か、その時に、「本当にできると思うからできて、できないと思うとできないのだろうか?できないと思ってもできることはできるのではないだろうか?」と実験をしたような記憶が思い出されてきました(笑)。

で、いろいろやってみていますが、やはり、少なくとも、3次元的現象を伴わないものは、「できる」と思い込むからできるように感じます。
どうやら、実験を始めて、そのままにしているのかもしれません(笑)。

3次元的現象を伴うものには、「出来ない」と思っても、できるものもあるようですが。
但し、こちらも、「できる」と思い込んだ方が、できる率は高いように思いますので、「できる」と思ったほうが良いでしょう。
ここで言っているのは、比較的、普通の現象についての話ですので、運命変更とは、少し趣が違いますが。

そうとは言え、未来についても、「できる」と思い込むほうが良いように感じています。
但し、やはり宇宙の理、あるいは神の道、というようなものはあり、そこからずれたことは、起きないようではありますが。



ただ、その宇宙の理というものも、まだ100%分かっていません。

それでも、「
魂の叡智日月神示:完全ガイド&ナビゲーション (単行本)
中矢 伸一 (著):徳間書店」 には、相当多くのヒントが書かれているようです。

この本はお薦めです。
是非、多くの方が読まれることを期待します。

で・・・
250ページあたりにいくつも書かれていますが、どうも、やはり今時流が変わってきたようで、
「今までは、神とお金を一緒に拝むことはできないと言わせてきたのだけれど、それは程度の低い信仰であり、時節がきたので、両方とも、得るのが正しい状態である。清貧は負け惜しみ。清富(せいふ)になるのが正しいこと・・・」のようです。

 

これからは、正しく神の道を歩んでいれば、嫌でもお金でもなんでも入ってくるようです。
詳細は、上記の本でご確認ください。

但し、どうも、自分のことだけ・・・自分の発展だけ考えていてはいけないようです。
政木和三さんも昔から書いていることですが、地域、国、地球の発展を考えなくてはいけないようです。

みなさんは、どう思うでしょうか?






さて・・・
小泉さんが、小泉チルドレンに、「使い捨てを嫌がるな・・・」と言った件ですが、多くの方が、「小泉は正しい」と言っているようですが、みなさん、何を騙されているのでしょうか?

今日本は、悪い制度ではありますが、民主主義ですので、選挙で選ばれる国会議員が使い捨てであることなんか当たり前です。

論点はそんなところじゃないでしょう?
論点は、前回の選挙で、「郵政民営化」に反対した議員を追い出し、そこへ刺客を送り込み、今回は、選挙が苦しいと見るや、また追い出した人たちを復党させる・・・戻ってくる方も、初めは政治生命を掛けてでも郵政民営化に反対するといっていたような人たちが、民意がそうだから、とか言い、正しい正しくないに関わらず、民営化に賛成のようなことを言い出す・・・というその場しのぎのご都合主義に対して、「そんなことで、良いのですか?」ということのはずです。
(本気で、郵政民営化反対した人で・・・つまり本当のことを知っている政治家でありながら、やはり賛成だ、と気が変わったのなら、しかたないですが。)

テレビを見ていますと、いつものは、比較的まともな意見を言っている人たちまでが、
「小泉さんの言っていることは正しい。甘えすぎだ」
などと言っています。
そして、小泉さんは正しい→今自民党でやっていることは正しい・・・という流れが作られつつあります。

小泉さんが言ったことが正しいのは当たり前です。
本当の論点とは外れた、当たり前のことを、言っているだけですから。
だれも、そんなことに疑問を持っていません。
そして、そんなことを問題にしていません。

みなさん、またいつもの、小泉さん側が良く使う、論点のすり替え術に引っかかっているようです。
どうして、そうなるかと言えば、小泉さん側の話術がたくみであるのも確かですが、戦後60年間行われた”考える力をなくす”というアメリカの仕組んだ日本の教育制度によるところが大きいでしょう。

もっとも、そのアメリカを動かしている勢力があるようですが。

日月神示だったか、他の本だったか・・・アメリカというか「イシヤ」の仕組んだ策の一つとして、映画があるようです。
映画にはいろいろな策の要素があるように感じますが、その本には、「絵がないとものが理解できない人間を作る」というものがあるようです。
つまり、文字では理解できない、概念としての理論を理解できない・・・
逆の言い方では、文字で理解できる能力、考える能力を奪う、形のない概念のようなものを理解する能力を奪う、ということでしょう。

ですので、その策にまんまとハマってしまった人たちが、上の小泉さん式のすり替えなどに、騙されてしまうのではないかと感じます。

もっと言えば、その教育制度下、社会環境で、”良い成果”、”良い点”を取れる人というのは、正に、その策にハマっている人たちであり、今エリートとなっている人達の多くは、そういう人たちである可能性が高い、ということなのだろう、と感じます。


アメリカの策としては・・・肉の件がありますが、肉がスタミナ源である、というのを、どうしてみなさんは信じているのでしょうか?
リトマス試験紙の実験は、教科書に書いてあるだけではなく、理科室で検証しましたね。

どうして、肉がスタミナ源である、は、検証させてくれなかったのでしょう?
肉を食べない人と食べた人を、長距離走でも、させて比べてみればよいのだと思いますが。

短時間のものでは比べてもダメですね。
若い人が脂っこいものを好きなのは仕方の無いことですので、好きな味のするものを食べれば、気持ちは良くなっています。

ただ、本当はヒジキでも、切干大根でも、一度油で炒めて煮たものは、若い人でも美味しく食べられるくらいの味にはなっているのですが(笑)。

少なくとも、明治時代の多くの人であれば、カルビ、三枚肉などは、脂こくて食べられないことでしょう。

ちなみに、ここら辺の話は、「魂の叡智日月神示:完全ガイド&ナビゲーション (単行本) 中矢 伸一 (著):徳間書店」の、第六章(267ページ)の「共食いならん!日本人には肉食禁物!!」(「神」と「獣」が分別されるーこれが食と霊性の因果関係だ!)に詳しいです。
どうぞ・・・どうかご覧ください。







で・・・疑えといっているのではないのです。
普通の思考力を持っていれは、普通に「間違えている」と分かるようなことを、すぐに信じてしまうような思考回路は、正しいものに治した方が良いのではないでしょうか?、ということです。
そして、もっと広く、判断力ということで言えば、直観力も、取り戻すべきでしょう、ということです。

ちなみに、”経験から来る即座の判断力”、と”直観力”とはぜんぜん別物です。

ですので、今、多くの方が持っている判断力という範疇のものは、”思考力による判断”と、”経験という情報を引き出してくるという行為による判断”の2通りであるのだと思います。
本当は、直観力を含めて3つあるべきなのだと思います。


私も、しばらく、経験と直観力の違いが実感として分かりませんでしたが、まだまだですが、実感として分かってきました。

おそらく、ずっと昔の人は当然としても、せいぜい明治時代くらいまでの人達は、いまの私よりずっと、こういう感覚は優れていたのかもしれません。


みなさんは、どう思うでしょうか?







で・・・いじめ問題ですが、私はいじめる方は悪いとは思いますが、おおもとの原因がいじめる方にあるとは思っていません。

私だって、中学生の初めくらいまでは、程度はともかくいじめる方であった時代だってあったと思いますし、知らずの内にしていたことだってあるだろうと思います。
ただ、そこでむなしいな、と思うのか、やはり、いじめる方に回らなくては、わが身が危ない、と思うのか・・・ということは大事なのでしょうが。
私は、中学2年の時には、「むなしい」、「間違っている」と感じていましたが。
別に自慢ではなく、そうだった、ということです。

思いますのは、「自分が同じような目にあわないためには、いじめる側に回らなくては」と思うか、「強くならなくてはならない」と思うか・・・ここら辺は、親の教育によるところが大きいように思います。

ただ、その親を形作っているのはやはり社会ですので、やはり政治を初め、全てが原因なのでしょう。

で、おそらく、多くの方が「いじめ」に加担してしまった経験はあるのではないだろうか?と感じます。

船井幸雄さんは、「昔はけんかの船井幸雄と言われ、コンサルタントのやり方も、一方的に勝つ方法だけやってきていた・・・」と書いていますが、これも、言ってみればいじめです。
力の強いものが、他に理由なく、強いということだけで、相手に有無も言わせず、勝手放題やる、という意味ですので。
しかし、ある時から、それは間違っていると気が付いて止めたようです。

私はそれはそれ(一度は間違いをしてしまう期間があるということ)で良いのだと思います。
中には、自分を肯定したくて、「いじめに加担した経験」を認めたくない人も多くいるのだろうと感じますし、相当高年齢の時まで、それをしてきた人もいるでしょうが、どうであれ、森田健さんではありませんが、「あなた一人の責任ではない」です。
認めて、そして、できれば、そういうことが一切ないような世の中を作ることに、ちょっとだけ協力すれば良いのだと感じます。

一度も、汚れていない人よりも、それで気付いた人には、それなりの説得力があります。

みなさんは、どう思うでしょうか?



さて・・・・・・
なんでも、少し前から、「銀河鉄道999」を書いた松本零士さんと、歌手の槙原敬之さんが、歌詞の盗作で、もめているそうです。
で・・・思いますのは、現行の間違った法律制度では、知的所有権というものが保護されており、似たような歌詞を書くことはいけない、ということになっているようですので、現行の法律上の解釈では、いけないこととなっています。

それはそれで、現状、仕方ないことですが、果たして本当に、著作権、知的所有権というのは、正しいのでしょうか?

現行ということは、つまり、今人間が分かっていること・・・科学とか、そういうことを含めてですが・・・そこで判断して作られているわけです。

船井幸雄さんは、「間違えている」というようなことを、どこかで書いていたように思います。
私も、以前は、こういったものは、正しい、と思っていましたが、船井幸雄さんの書いていることを読んで以来、いろいろ考えましたが、やはりどうも、著作権、知的所有権は間違えている、と考えるようになりました。

もちろん、今の法律がそうなってる以上、無理に破ろう、とは言いませんが。


で・・・私は創作もそうですし、発明などの類というのは、実は人間の力ではなく、あるいは人間一人の力ではなく、集合無意識と通じて、引っ張り出してきたり、そうでなくとも、繋がっている高次元全てによって、たまたまその人という媒体(?)を使って、3次元の世に出てきたものである、と思っていますので、著作権というものは、間違っているものであると思っています。

もともと、その人一人のものなんかではない、ということですし、高次元的に見て、その人が作ったものではない、ということですね。


また、いつかも書きましたが、シンクロニシティという現象があります。
同時に、同じことが、まったく関係ない場所で起きる、という現象です。
これは間違いなくあるようですので、もしこれを全ての人が認知しますと、それこそ著作権と言う概念は、崩れるでしょう。

また、今次元上昇しているようですので、多く人が集合無意識、あるいは高次元に通じやすくなっているのだと考えます。
そうしますと、仮に3次元手的時間で、同時ではなくとも、どっか比較的狭い範囲でも、ある言葉などが一定以上の人たちによって、強く思われたり、認められたちしますと、似た様な考えと言いますか、振動と言いますか・・・波動をある人が持った場合、その信号を受信して、書いてしまう、使ってしまう、ということは、容易にあるのだろうと考えます。

今回のことが、いわゆる盗作・・・つまり、実際に、見たこと、呼んだことを覚えていて、それを流用した、ということなんおか、それとも、私の考えているようなことが起こったのか分かりませんが、何にせよ、著作権というのは、間違えた概念でしょう。

土地の所有と似ているのかもしれません。
もともと、人のものではないものを、勝手にある時から自分のもの、として、以来、それを売ったり買ったりしているわけですね。
私はソニーの経営がうまく行っていないいくつかある原因の一つが、ビートルズの版権を持っている、ということであるように思えて仕方ありませんが(笑)。

果たしてどうでしょうか?


ただ、松本さんは、「一言謝ってくれればそれで・・・」と言っているようです。
しかし、もし、本当に槙原さんが、見ても、聞いてもいなかったとしたら、なかなかむつかしい問題ですね。
それでも、一言誤れば良いのかもしれません。
とりあえず、理由は、年上だから・・・では納得しないでしょうか?



みなさんは、どう思うでしょうか?







さて・・・・・・
森田健さんの不思議研究所のサイトで、仏像について書かれています。
私は六爻占術は詳しくないのですが、どうも仏像にも五行があり、人の持っている掛によって相性があるようです。

で、思いますのは、正神にも五行はあるのだろうか?ということですが・・・。
私には掛は分かりませんので、私の直感で好きと言いますか縁のある神をあげて見ますと・・・


天照大神(あまてらすおおみかみ)
伊邪那伊邪那岐美神(いざなみいざなぎのかみ)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
国常立大神(くにとこたちおおかみ)

です。

もうひとつ上げますと、船井幸雄さんが艮の金神さん(国常立大神)から、言われたのは「ツヌグイの神」で、角杙神と書くようです。



何度も書いている下記のものですが、もう一度書きますと・・・



http://motions.fc2web.com/love22.html

あしたの世界P2 関英男博士と洗心」(池田邦吉:2004 年7月発行)には、このようなことも書いてあります。

(引用:荒深道斉さんの「古神道秘訣・上巻」からの出典だそうです。 )

1:天之御中零雷神(あめのみなかぬちのかみ)・・・クォークを作った。
2:高皇生霊神(たかみむすひのかみ)・・・物理学上の遠心力・斥力。
3:神皇生霊神(かみむすひのかみ)・・・物理学上の求心力・引力。
4:可美天日牙霊霊凝雷神(うましあしかひひこちのかみ)・・・電気の+、-の力。
5:天之常立神(あめのとこたちのかみ)・・・気体を集めてたくさんの銀河の元を作った神。
6:国狭津雷国狭立神(くにさつちくにさたちのかみ)・・・気体を収縮凝結させた時の神。
7:国之常立神(くにのとこたちのかみ)・・・太陽系が属する我が天の川系銀河を担当した神。
8:豊雲野神(とよくもぬのかみ)・・・太陽系の元を作った神。
9:國底立神(くにそこたちのかみ)・・・地球の地殻(プレート)を作った神。
10:天之鏡神(※ふりがななし:あめのかがみのかみ、でしょうか?)・・・地球が海で覆われた時の神。
11:沫蕩神(あわなみのかみ)・・・海に海流を作った神。
12:埿土煮神(うひぢにのかみ)・・・海洋に泥水ができた時の神。
  :砂土煮神(すひぢにのかみ)・・・海洋に砂洲を作った神。
13:大戸之道神(おおとのじのかみ)・・・海底火山が陸地を作った神。
  :大戸之辺神(おおとのべのかみ)・・・火山列島を作った頃の神。
14:角杙神(つぬくひのかみ)・・・植物の単細胞を作った神。
  :活杙神(いくくひのかみ)・・・虫の単細胞を作った神。
15:面足神(おもたるのかみ)・・・地球に水陸が整った時の神。
16:惶根神(かしこぬのかみ)・・・生物を作った神(人以外)
17:伊邪那伊邪那岐美神(いざなみいざなぎのかみ)・・・地球を作った神(?)※本文を読む限り、こうだと読み取れます。
(以上) 』




これらは地球創造の時の神ですので、大国主命や天照大神は登場してきません。

天照大神が登場してくる私の引用したものとしては、岡田多母さんの記述にありますが、それも、もう一度引用します。



http://www5f.biglobe.ne.jp/%7Emotion-emotion/j99986.html

(岡田多母さん「愛しの地球(テラ)へ」(1996年:風雲舎)より引用
主に77〜91ページ)

(その1)

『アル
私の考え:創造主の上なのか?それとも創造主なのか?)

源=素示一光顕太祖(ソシイツコウラタイソ)=アルの結集された意思:
(私の考え:創造主か?

七次元
七地身一王之大御神(アメツチミヒトツオヲノオオミカミ)
母止津和太良世之大御神(モトツワタラセノオオミカミ)

六次元
底津岩根之大御神(ソコツイワネノオオミカミ)
根本ミロク之大御神

五次元
天照日之大御神(アマテラスヒノオオミカミ)
日之大御神(ヒノオオミカミ)
月之大御神(ツキノオオミカミ)

四次元
国常立大神(クニトコタチオオカミ):七十六神の総本

三次元:
ヒト(人類)

地球・テラを中心とした創造のすべてのススミの責任は、四次元神界の七十六神と、三次元神界のヒトがもっていた、そうです。
四次元神界の仕事は三次元神界のすべてを維持し、成長させる導きと教えを主体としていた、そうです。

三次元神界は、地球上のすべての生命体を維持管理する責任があった、そうです。

時代が「創造から成長の時代」に進むと、地球・テラでは、四次元神界と三次元神界が大活躍することになった、そうです。
地球は調和をもち、慈しみ結び合って、完全な成長の道を現実の世に表していきます。
しかし、その神々の活躍のなかに、魔の手が入り込んだ、そうです。

三次元の直接的創り手である四次元神界の神々は、人間の性格、知力、行動力、感情に、もっとも影響力を及ぼす存在だ、そうです。
この神々たちは自らの創造として、形をつくるという成り立ちに、特徴を加え始め、この世ををよろずの世界にした、そうです。』

 

(その2)

一九九〇年、源、太祖からの伝令によって、この世の大改進が始った、とあります。
これまでのすべての創造の流れを真性させる、新たな流れをこの世に具現化した、ということだそうです。

この時から時代は、「完結の時代」に向けて進んだ、そうです。

それまでは、全ての流れを一方向に進ませる伝達の方式であったようですが、どの次元からも伝達可能なダブルメビウス方式に流れを変えたことから、各次元の情報の総体である神々の名も統一体として、変わった、そうです。


以下のようなものです。

七次元
天地身二太神(アメツチミタイシン)
母止津流顕太神(モトツルラタイシン)

六次元
底一深根太神(ソコイツシンコンタイシン)
根本基母光和太神(コンポンモトモコウワタイシン)

五次元
天一素照光太神(アメハジメモトテラシコウタイシン):(日・月合体)

四次元
国常立大神(クニトコタチオオカミ):七十六神の総本

これにより、直接、源「素示一光顕太祖(ソシイツコウラタイソ)」から、メッセージを受信できるようになった、とあります。
アルの思いが何であったのかを知りました、とあります。

「自らの完全なるすべてを知りたい」、これがあるの思いでした、とあります。』

(以上)




大国主命が出てきませんが(笑)、大国主命は、政木和三さんに関係ある神のようですが、3次元的には、それを読んだことが大きな要素になっていると思います。

で・・・

天照大神(あまてらすおおみかみ)
伊邪那伊邪那岐美神(いざなみいざなぎのかみ)
大国主命(おおくにぬしのみこと)
国常立大神(くにとこたちおおかみ)

ですが・・・

天照大神は・・・
地球創造の時から、5次元を担当している神のようです。

5次元を担当している神のようですが、船井幸雄さん、森田健さんの言っている次元分けと岡田多母さんのものが同じかどうかが問題になりますが、どうも、違うように感じます。

船井幸雄さん、森田さんが書いている4次元は、どうも、もともとは無かったものであり、人間の乱れた心が作り出した世界で、本質のいる原因の世界と3次元の世界を隔てている世界のようです。

ですので、おそらく船井幸雄さん、森田さんの言っている5次元が、岡田多母さんの4次元に相当するのではないかと考えます。

としますと、ここでの5次元は、船井幸雄さん、森田さん式では、6次元になり、天照大神が6次元担当、となるのだと思います。


岡田多母さんの守護神(?)によると、それが1990年以降、天照日之大御神(アマテラスヒノオオミカミ)、日之大御神(ヒノオオミカミ)、月之大御神(ツキノオオミカミ)が合体して、天一素照光太神(アメハジメモトテラシコウタイシン):(日・月合体)となったようですが、ここに「日月」という言葉が出てきていますね。




伊邪那伊邪那岐美神(いざなみいざなぎのかみ)は・・・
「伊邪那伊邪那岐美神(いざなみいざなぎのかみ)・・・地球を作った神(?)※本文を読む限り、こうだと読み取れます。」

と書いていますし、その後の知識とあわせますと・・・詳細は分かりませんが、多くの神々を生み出していった神ということのようです。

岩戸が開いたら、もう一度一緒に・・・という話、日月神示から引用したことがありますね。



国常立大神は・・・
日月神示を3次元に送っている神(艮の金神さん)ですが、それより前、この岡田多母さんの本を読んで以来、「語呂」が理由なく好きです。
また、上記のように、船井幸雄さん、森田さん式では、5次元を担当している神となると思います。
そして、日月神示によれば、「地球を作った神」ということのようです。(銀河系を作った神だったかもしれません。今日は時間がないので、また調べます)



大国主命は・・・
ネットで調べますと、ダイコクさまのことであり、「因幡の白兎」に出てくる、「ウサギさん、どうして泣いているのだい?」の神様のようです。


http://www.highlight.jp/izumooyashiro/02.html 
(良く分からないのでリンクしてないです)

などに書かれています。

出雲大社に祭られている神様のようです。政木和三さんの本にもそう書いてあったはずです。
なんでも、ある日、出雲大社の方から電話があり、「久しぶりに中の仏像を見てみたら、顔が政木さんにそっくりでびっくりしましたので、お電話差し上げました・・・」という話だったと思います。

上記サイトによれば、出雲では、「天の下造らしし大神」と呼ばれているようです。


http://www.din.or.jp/~a-kotaro/gods/kamigami/ookuninusi.html
(よく分からないのでリンクしていないです)

によれば、縁結びの神様でもあるようです。
また、同様、上記サイトによれば、日本書紀には、「大国主命、またの名を大物主神、または国作大己貴命と号す。または葦原醜神という。または大国玉神という。または顕国玉神という」のように、複数の呼び名がある、ということです。


http://kobe-mari.maxs.jp/shimane_photo/izumo_taisha_okuninushinomikoto.htm
(よく分からないのでリンクしていません)

によれば、ダイコクさま(大黒天)は仏教の伝来と共にインドより渡ってきた神さまのことであり、実際は、大国主命とは関係がないようです。

面白いことが上記サイトには書かれていますが・・・
いざなぎのみこと、いざなみのみことは、天照大神(あまてらすおおみかみ)、月読命(つくよみのみこと)、素戔鳴命(すさのおのみこと)の三神を生んだそうです。
その内の素戔鳴命(すさのおのみこと)は、日月神示に悪の総大将として登場する八岐大蛇(山俣大蛇・やまたのおろち)のを、自らの体から生み出した三種の神器の一つ、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)で退治し、櫛名田比売を救ったそうです。
そして、大蛇を退治したのち、櫛名田比売と結婚し多くの神を生み出したそうですが、その一人が大国主命だそうです。

この話は、古事記、日本書紀の「国生み物語」に登場しているそうです。
詳しくは上記サイトをご覧ください。

上記、http://www.din.or.jp/~a- kotaro/gods/kamigami/ookuninusi.html
(よく分からないのでリンクしていません)
によれば、

出雲大社の縁結びの神さま、有名な「因幡の白兎」の話の主役、七福神の大国様以外に、
出雲神話の主役で、全国の国津神の総元締のような存在であり、少彦名神とコンビを組んで全国をめぐって国土の修理や保護、農業技術の指導、温泉開発や病気治療、医薬の普及、禁厭の法を制定、といった数々の業績を残した偉大な神であることも知られている、ということです。



で・・・何か分かったかな?と考えますと、
詳細を見ますと、私が直感で好きな神というのは、何か一つの担当があるのではなく、なにかの大本締め的な役割を担っている神のようだ、ということのようです。

名前の付け方にも運命が関係しているとするのなら、私が響きで好きになった神に一つの特徴があるのもまた、運命(正確には掛、陰陽五行など)でありますので、興味深いです。

その割りには、今までの私は・・・少なくとも、高校生以降の私は、ほとんどリーダー的役割とは縁がなかったですが(笑)、はずかしいですが、ひとつ書きますと(恥)・・・私の幼稚園生までのあだ名は「親分」です(大笑)。
昔のことはどうでも良いのですが。

中学生の2年生以降、いろいろあり、人の上に立つことや、リードすること、などに、異様に嫌悪感を感じるようになってしまいました。

それは、当時私が出会ったそういう人は、みなエゴの塊のような人ばかりに見えたから、ということなのですが。

歳を経るにしたがって、それがなくなるかと思えば、そうではなく、その傾向はますます増しているようです。

しかし、これが0地点まで達した時に実際はどうだか良く分かりません。、今度は逆のことが起きるのではないか・・・。


果たしてどうなるでしょうか?



みなさんは、どう思うでしょうか?

 

 



さて・・・
田原さんが、自民党の偉い人が言った「女性は子供が1歳くらいまでは家庭で子育てをして・・・」と言う言葉に、「時代錯誤だ」、「男女雇用機会均等法を無視している」などと言っていますが、私は、1歳とは言わず、母親が子供が高校を出るくらいまで、ずっと、朝ごはん、夕ご飯を余裕を持って作れるくらいの状態があるべき姿だと思っています。

おそらく、いろいろな方面から、「女は子供を育てる道具ではない」とか、「父親も、子育てをすればいい」とか、言ってくるように感じますが、雇用機会平等には賛成しますが、女性には女性も役割が、男性には男性にの役割があるように感じます。
それが、宇宙の理であるように感じます。

おそらく、これに反対する人達は、女性の経済的自立ということを言うでしょうし、「なんで女性ばかり、子育てしなくっちゃいけないの」と言うのでしょうし、「昔のように、男性がいばりちらす」というようなことを言うでしょう。

私は別に女性が経済的に自立してもよいと思います。
そうならば、子育て、ご飯の支度、家事をやりながら仮に3時間働けるならば、女性がもしパートに出たならば、女性の時給を男性が同じ仕事をやった場合の3倍にすれば良いかもしれません。
私は別に、女性がお金持ちになることを否定しません。

「何で女性ばかり・・・」ですが、私は、家事は男性が手伝っても良いと思いますし、父親がしなくてはならないこと・・・つまり「男とはな・・・」ですとか、女性の口説き方なんかは、父親がするべきだと思いますが、子育て、家庭での料理は女性がすべきだと思います。
女性が作るから、料理には氣が入り、それによって、子供が良い子に育つのだと感じます。

「男がいばりちらす」のは、これは、単に、その旦那が分かっていないだけです。
そんな旦那と結婚してはいけません。
女性に感謝しなくてはいけません。


なんで田原さんほどの人が、上記のような間違いを言うのか・・・と考えますが、おそらくは、アメリカを媒体として、イシヤが放った嘘の地球をだめにする自由、平等、博愛を未だにそのまま信じているのだと感じます。


今「共謀罪はいかん」とやっています。
そもそも、女性が家庭にいられなくなるような反宇宙の理の状況からして、イシヤの意図であり、今のように下地がしっかりできあがっている中で、そんな表面的なことばかり言っても無理があるように感じます。

まず、人としてあるべき状態を作り直す必要があるように感じます。
それはなにか?と言われれば、とりあえず、家庭ということにか関して言えば、それは、天皇家の姿にヒントがあるように思います。

おそらく、イシヤは安心しています。
「だって、あいつらは、ちゃんと私たちの策に99%はまっているじゃないか・・・」と。

賢明な田原さんなら分かるのではないかと感じますが、どうなのでしょうか?



共謀罪は、まったくもってイシヤの意図、治安維持法そのもの、でしょう。

マスコミのみなさん、今度は間違えないようにお願いします。

今、共謀罪について、やっていますが、ところどころに共産党、共産主義というのが出てきます。
日月神示によれば、共産主義もまたイシヤが作ったもののようです。
どういうことか分かるでしょうか?

つまり、もうひとつ後ろまで、たくみに、意図されている、ということですね。
今、共謀罪を思い切り批難していますが、おそらくは、もうひとつ罠が張られているでしょう。

なんだか分かりませんが、考えるに・・・9.11のように、「ほら、共謀罪が否定されたから、こんなことが起きた・・・」というようなことでも起きるのでしょうか?


で、いじめ問題ですが・・・
第二次世界大戦前の時は、軍の若い人達が使ってはいけない手段で、世間に訴えを起こしたようですが、おそらく今は、子供たちがそれをしているのでしょう。

今、文部科学大臣へ渡った手紙と言い、学校の警戒態勢といい、子供を暴走した若い将校とすれば、まさに、青年将校の氾濫が起きた後のありさまに似ているのではないでしょうか?

なんにしても、使ってはいけない手段を使うことは、すぐに止めるべきだとは思います。
しかし、世の中がそこまで、追い詰められている、ということであるのも、確かなのでしょう。

みなさんは、どう思うでしょうか?





そして、なんでも、大手銀行系の貸し金業者が、赤字になるようですね。
例の、金利のグレーゾーンが、廃止になるからのようです。
どういうことでしょうか?
あの一流大学卒ばかりが就職できる銀行の関連会社が、そんな金利を取っていたなんて?
そして、グレーゾーンがあったから、黒字でいられたなんて?

みなさんは、どう思うでしょうか?








さて・・・・・・
先週の土曜日ですが、詳しくは書いてよいのかどうか分かりませんのでまだ書きませんが、リーディングを受けてきました。
その後は、江本勝さんの会社の会社説明会に行ってきました(笑)。


リーディングですが、書いても差し支えのないと思われる範囲で書きますと・・・
まず、その場所ですが・・・
控え室にいる時から、目を閉じて瞑想に近いようなことをしていましたら、耳のあたりに、今まで経験したことのないような、独特の”感覚”がありました。
”ボーン”というような、独特の感じです。
とても、深い、という感覚です。


方法は、いわゆるトランス・チャネリングで、チャネラーの人は英語を話す外国人です。
リーディングの前に、短く英語の会話をしましたが、さすがにこの数年英語を話していませんので、リーディングの時は、「集中できないので、日本をで質問をします」とコトワリをしました。

初めに、私の今生での目的についてと言いますか使命と言いますか、そのような質問をしました。
どうも、私の今生と深くかかわりのある前世は、500年前、イギリスで裁判官をしていた時だということです。

その時に、自由のない縛られた状況だったようで、今生では、自由を追求する、ということが目的となっているようです。



差し支えのない範囲で書きますが・・・
そのチャネリングした神の言うには、私は、「会社を興し、今時流が変わってきている状況を、企業経営者に説いていく仕事をするのが良い」ということです。

これは、このサイトを読んでいる人には聞き覚えがあるかと思いますが、例の、平和島クワハウスで会った、あの経営コンサルタント兼投資コンサルタントの人との話しにシンクロしていますね。


但し、私には、会社経営だとか、そういう知識、智恵が現状ありませんし、私が話すであろうことは、ほとんど船井幸雄さんの受け売りですので、あたかも、経営コンサルタント業の時流の変化分部だけを受け持つ仕事というのは、船井幸雄さんの会社がやっていることの一部であり、私より経験豊かな人たちがすでにやっているものではないかと思えてしまいますので、その時は、何とも、具体像が見えてきませんでした。

「連絡してみてはどうですか?」と、人の連絡先なども、関係者に紹介されましたが、「さて、どうしたら良いのだろう?」という感じでした。

しかし、今、漠然とですが、いくらか具体像が見えているのですが・・・
その夜、江本勝さんの会社の説明会へ行ったのですが・・・
普通に考えて、私が正社員として迎え入れられるのは、むつかしいことのように思えます。

ですので、説明を聞けば聞くほど魅力的な会社ではありますが、変な無常感が沸き起こるばかりでした。

しかし、さきほど、シャワーを浴びていたふと思ったのですが・・・
確か・・・MRAという波動測定機械のオペレーターという募集項目があったようです。

もし、それに採用されて、その能力が得られたならば・・・
もちろん高価な機械ですが、何となく、私のできることが見えてきたような気がしていますが、果たしてどうでしょうか?

本職はデザイナーだという社長さんがいうには、「パートでも、期間限定でも良いではないですか・・・」ということです。

果たして何が起きるでしょうか?




他にも、いくつか印象的な言葉がありましたが・・・
どうも私は自分を律し過ぎているようです。

そうかな、とは思っていましたが、それでも、世間は、「私に、律せよ」、といってきたように感じますので、ここら辺が謙虚に、という船井幸雄さんの言葉の、私に理解しにくい分部になっています。

また、相当きびしい裁判官であったような印象を受けましたが、上の話とも繋がりますが、「高次元的には、善も悪もない」ということを言っていました。

今、森田健さんの不思議研究所のサイトでも、このような話をしていますが、それは昨日見ました。

ここら辺が、日月神示にある正神と悪神についての話のむつかしいところだと感じています。
そこには、悪をやっつけるのではなく、改心させて、一緒なる、ということがアセンションを達成する鍵である、ということが書かれていますが、何か、漠然としたもやもやした何かを感じます。

その他、「物質的自由ではなく、心の自由を・・・」という話や、「心を癒す瞑想法」を教わったり、など、いろいろ聞きましたし、深い話もあるのですが、また確認を取ってから、記載して良いことは書いていきたいと思います。

追記ですが・・・
「私の前世は?前世は?・・・・」と聞くのは、何かつまらない気がしましたので、詳しくは聞きませんでした。
それでも、「前世に経験したことが、今生で得意であることがあると言う人がいますが、私の前世に、機械、音楽、モノ書き、のようなものはあったでしょうか?」
というようなことを聞いてみました。
答えは、「そういうこともあるけど、必ずしもそうではない」というようなことでした。
それ以上は聞きませんでいした。 





イギリスについては、良くここでも書いていますが・・・
”不思議に縁が少ない国。ああ、そうでもないか・・・”という感じですね。
なぜか、アメリカ語は聞き取れないが、イギリス語は聞き取れる、とか・・・
裁判官という話は・・・これも何度も書いている、小さいころからよく見る夢の「オペラハウスのようなローマ時代の競技場のような、そんな石作のホールのようなところで座っている自分がいる・・・」というこのとかん系があるのかもしれません。

それでも、イギリスは行ったこともありませんし、ビートルズのリバプール以外は、特に行ってみたいとも感じたことはありません。
「ロンドンは、曇っているそうだから、私はハワイの方がいいな」、とは良く思いますが(笑)。

いずれにせよ、今生は日本人ですし、どうも、日本を良くすることにより、それが世界が良くなることに繋がる、という見えない使命を持った日本に生まれて来ていますので、幾万とある前世の一つが、どこの国の生まれであっても、そのこと自体は、大きくは関係のないことなのでしょう。


それはそれとして、500年くらい前ということですが・・・・
今後の私のための考察のために書いてみますが・・・
インターネットで調べてみますと、

 

 

1429年 フランスの少女ジャンヌ・ダルクがオルレアンの包囲を破る

1485年 イギリス薔薇戦争終了 チューダー朝成立

1498年バスコ・ダ・ガマがインド航路を発見

1492年 コロンブス、アメリカ大陸を発見

1517年 ルター、ドイツで宗教改革をはじめる

1503年 イタリアレオナルド=ダ=ヴィンチの「モナ=リザ」できる
1519年 マゼラン船隊が世界一周(〜1522)

1533年 インカ帝国、滅亡

1534年 イエズス会(耶蘇会)成立

1543年 コペルニクスが「地動説」を唱える

1558年 イギリスのエリザベス女王が即位(〜1603)

 

 

1467年 応仁の乱

1573年 織田信長、室町幕府を滅ぼす

1590年 豊臣秀吉、全国を統一

1603年 徳川家康、江戸幕府を開く

などが出てきます。


面白いのは船井幸雄さんの話に登場する黒田如水さんが天文15年(1546年)11月29日生まれだそうです(笑)。

ですので、少なくとも、その時の世では、出会ったことはいなようですね。
ウイキペディアによれば、黒田如水さんの、お母さんが、母:明石宗和の娘(小寺政職の養女)ということです。
私は宗一ですが、宗和という字を、一時使っていたことがあります(笑)。

だからどうだとは言いませんが、久しぶりで、宗和、という字を見たなあ、とは思いました(笑)。



世界史では、いくらか意図して選んでいますので、なんですが・・・
イギリスのチューダー・・・というのが出てきますね(笑)。
これは、例のロレックスのディフュージョン・ブランドのチュードル(正式な発音はチューダー:カタカナですが:笑)の名前の由来のチューダー家のことですね。

何度か書いたような、書かないような・・・忘れましたが、時計やさんに行って、「チューダー、と言ったら、女性店員に、チュードルと言い直おされた」ことがあります(笑)。
確か、Rの発音からみの話か何かで書いたのかもしれませんし、時計の話だったかもしれません。

そして、あのルターの宗教改革が出てきますね。
以前通っていたルーテル教会です。

ただ、今、私は、キリスト教は、キリストが言ったことが直接行われていたころはともかくとして、その後のキリスト教は、興味がありません。

もちろん、キリスト教徒だから差別する、ということではありませんが。


こう書くと、「じゃあ、何教だ」という人がいますので、書いておきますと、どの宗教にも、別に入信もなにもしません。

私は本当の宇宙の理が知りたいだけです。



で、元に戻りますが・・・
今ふと思ったのは・・・
「高次元には、善も悪もありません」という言葉ですが、私は船井幸雄さんなみに、疑り深いのですが(笑)、同じ言葉が不思議研究所のサイトに登場してきたというのは、別に森田健さんの嫌がる意味付けをしようとは思いませんが、なぜか理由もなく、「信じて良いよ」ということのような気がしています。

みなさんは、どう思うでしょうか?





ちなみに、江本勝さんの会社説明会は、出版したばかりの写真集など、お土産が盛りだくさんでした(笑)。
与えると、もらえますので、きっと良い社員の方が入社するでしょう。

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