2010年 もくじ 速報
船井幸雄さん 緑色の文字が、「2010年にんげんクラブ全国大会の報告」です。 完成した所から、こちらのコーナーに移していきます。 |
9月11日(土)
10:00〜19:50
(開場9:00)10:00-11:00 船井幸雄
休憩 90分
12:30-14:00 水澤心吾
休憩 30分
14:30-16:00 古歩道ベンジャミン
休憩 30分
16:30-18:00 船瀬俊介
休憩 20分
18:20-19:50 生体エネルギー特別講座
9月12日(日)
9:30〜18:30
(開場9:00)9:30-10:30 出口光
/
船井勝仁 / 佐野浩一
休憩 20分
10:50-11:20 白鳥哲
11:20-12:50 映画「不食の時代」
休憩 50分
13:40-14:40 小山敬子
休憩 20分
15:00-16:30 中矢伸一
休憩 40分
17:10-18:30 船井幸雄
速報
こちらもあわせてどうぞ:http://www.funaiyukio.com/shashin/index.asp?sno=201009001
さて・・・
にんげんクラブ全国大会初日へ行ってきました。
自由席でしたが、なかなか良い席を取れまして・・・よかったです。
左右隣の方とも、お話もできまして・・・
また追って書いてみたいと思います。
明日は指定席です。
メモを見ずに覚えている限りで書きますが・・・
船井幸雄さんですが・・・口の状態は相当悪いようでした。
それでもがんばって話していました。
背筋はきちんとまっすぐになっていましたが、それでも、一箇所悪いと、精神的にも参りますので、結構無理しているのではないでしょうか。
「完治するだろう」ということでした。
ちょっとメモを見ますが・・・
1:正しいことは日月神示に書いてある
2:本物と付き合おう
3:本音生きる
が、この日話した大事な3つのようです。
レジメは、家で読んで欲しい、ということで、レジメには書いていないことを中心に話しました。
詳細は追って掲載いたします。
昼休み・・・
今回、生まれて初めて、自分でお弁当を作り持って行きました。
ちゃんとおかずを前の晩に作り、ご飯には梅干を2つも入れました。
持ちを良くするためですね。
思いのほかおいしく、「こんなに食べられるかな・・・」とか思いましたが、食べられました。
いつものように、裏の海の見える公園で食べたのですが・・・人がやたら少なかったです・・・前回と比べで。
明日の日曜日はどうでしょうか?
ただ、警察官がたくさんいまして・・・護送車みたいなのが2台、そして警官がパトロールしていました。
何でしょう?
にんげんクラブミーティングと関係あるかもしれませんが・・・分りません。
水澤心吾さんですが・・・一人芝居「決断 命のビザ
〜SEMPO杉原千畝物語〜」・・・1人芝居・・・良かったですよ・・・なんでも今日で101回目の演技なんだそうです。
しかし・・・本当に役者さんは演技が好きなんでしょうね・・・そんな単純な話ではないかもしれませんが・・・
音楽でも・・・ヒット曲があるバンドなどは、同じ曲を何千回と演奏することになるのですが・・・だんだんアレンジを変えたりしてですね・・・それでも・・・私でも「流石に飽きるだろうな・・・」と感じますが・・・
それでも、演技は・・・どこか同じものを何度も、というような所もあるようですので・・・音楽とはいくらか違うものなのかもしれないですが・・・
依頼があれば、どこでも行くそうです。
ご希望の場合は、にんげんクラブなどへ連絡すれば良いのだと思います。
このお話は有名なものですが・・・ユダヤ人のためにビザを発給した話です。
ただ、それでたくさんのユダヤ人の方は助かり、その子孫もたくさん育っているそうで・・・みなさん大変に感謝しているそうですが・・・
その代わり、3人いた一番下の息子さんが、戦後なくなってしまったようで・・・基本的には、ビザを発給しなければ、そういうことはなかったようですが・・・
これは、家族を守ることが大事か・・・多くのユダヤの方々を救うことが大事か・・・
もちろん両方ともに大事なのですが・・・
どちらを取っても、非難はされないと思いますが・・・むつかしい選択ですね・・・
それは確かに・・・「父親は立派なことをした」ということをきちんと示すことも大事ですし・・・
一方、親は・・・父親は家族のことをまず一番に守るというのが責任でもありますし・・・
これは、個人の選択なのでしょうね・・・
有意の方々と普通の方々は、どう思うでしょうか?
古歩道ベンジャミンさん・・・ベンジャミン・フルフォードさんのことですが・・・
いろいろな情報はありましたが・・・今回、お客さんからの質問に答える形で、例のベンジャミンさんと会った怪しい忍者は・・・白峰さんである、ときちんと言っていました。
竹中さんとのインタビューの次の日、竹中さんの紹介(?)で会い、その際フリーメーソンに入るように勧られた、ということですが・・・
白峰さんは、エハン・デラヴィさんとも仲良しですし、船井幸雄さんとも懇意のようですし、本は私の読む限り、相当的を得た内容なので・・・何とも分りませんが・・・
個人個人でご判断ください。
白峰さんの本には、ベンジャミンさんと会った時、「自分は平成の竹中
半兵衛だ」と言って自分を紹介したが、それを「竹中元財務相がどうしたこうした・・・」(詳細は忘れました)と勘違いしたようだ・・・と書いてありましたが・・・さてどうでしょうか?
竹中
半兵衛とは・・・http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E4%B8%AD%E9%87%8D%E6%B2%BB によりますと・・・
(引用)
竹中 重治(たけなか しげはる)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての武将。初名は重虎、のちに重治。通称は半兵衛。父は竹中重元、弟に重矩。子に重門。従兄弟に竹中重利。
竹中 半兵衛(たけなか はんべえ)の通称で有名。戦国時代を代表する軍師[1]としても知られ、豊臣秀吉から三顧の礼で迎い入れられ後に参謀として活躍し、黒田孝高(黒田官兵衛)とともに「二兵衛」と並び称された。
(以上)
ということです・・・
引用しなくてはならないことが、私が如何に、日本史ができないかを物語っていますが(笑)・・・よくこれで大学受かりますよね(笑)。
明学は英語150点、国語100点、その他100点だと思いましたが・・・仮に英語満点、国語満点、日本史半分で300点・・・
全て80%だと、120+80+80で、280点・・・ああ、だと受かるかもしれないです。
ちなみに、流石に大学受験では、英語満点、国語満点ということはなかったですが・・・漢文も古文もありましたし・・・それでも結構できていたのでしょうね。
もっと偏差値の高いところは、何度も書いているように・・・日本史はたまたま試験の前に勉強したところがそのまま試験に出ましたので・・・あれは普通受かります。
本当にそのままに近い形で出ました・・・
あれならおそらく早稲田でも受かっていたと思います(笑)
横道にそれましたが・・・
戻りまして・・・
その他、中国とアメリカについて・・・興味深い話がありました。
確か・・・第二次世界大戦中、中国の皇帝に「このままだと日本に財宝を奪われるてしまうので、それをどこかの国に移した方がよい。その代わり、金と交換可能な国債を渡します」というようなことを言いい、皇帝が「もし、金と交換できなかれば訴えます」ということで、必ず交換できるという条件で取引に応じたようですが・・・中国皇帝はいなくなってしまうと思ってそう言ったようで・・・しかし、孫が生きていて・・・その債権に支払うために用意していた金塊が9.11で崩れたビルの地下に用意してあった・・・支払い日は9.12だった・・・そして関わった証券会社も9.11で崩れたビルに入っており、その社員は全員なくなったそうです。
いくらか聞き取れませんでしたので、細かい部分が思い出せませんが・・・
有意の方々と普通の方々は、どう思うでしょうか?
船瀬俊介さんは面白かったですね・・・
みんな喜んでいました。
もっぱら、医学とテクノロジー関係の話でしたが・・・医学は、新潟大学の安保徹さんhttp://motions.fc2web.com/nc03-4.htmlと交流があるそうで、その関係や、ガン、薬などの嘘について話しました。
安保徹さんのもの真似もしていました(笑)。
とにかく・・・厚生省に質問の電話をしたそうで・・・
そうしたら医師免許を持っている人が出てきて説明してくれた、ということで・・・
「抗がん剤ではガンは治らない」、
「抗がん剤は毒薬である」
ということだったそうです。
その他、たくさんありますが・・・追って掲載いたします。
生体エネルギー特別講座ですが・・・
飯野由昌(いいの よしまさ)さん、 澤田 升男(さわだ ますお)さん、 早坂正博(はやさか
まさひろ)さんの3名が持ち時間30分で登場して生体エネルギーについて話しましたが・・・この企画はどうでしょう・・・気持ちは分るのですが・・・
たくさんの方に登場して欲しかったのだと思います。
みなさん一生懸命だったのですが、持ち時間が少ないですので、どこかですね・・・急いでいるのか、内容が薄くなってしまっているのか・・・どうしても、話に入り込んで聞くことができませんでした。
ですので、眠くなってきてしまうのですね・・・集中できないというか・・・半分は私のせいもあるのでしょうが・・・
1人1時間は必要でしょうね・・・2名で2時間にすればよかったのだと感じています。
聴かれた方々は、どう思うでしょうか?
以上、詳細は、いつものように、追って掲載いたします。
にんげんクラブ全国大会2日目
この日もお弁当を作り持って行きましたが・・・おかずはできあいの惣菜です。
帰りに田園調布駅のお弁当屋さんに入ってみましたら、お惣菜が安くなっていましたので、それを入れました。
そして海の見える公園で食べましたが・・・昨日よりは人が多かったですが・・・それでも昨年の同じ時と比べますと減りましたね・・・
やはり護送車のようなものが2台と警官の見回りがいました。
この日はベンジャミンさんは出ていませんので、だれが狙われるでしょうか?
もちろん可能性としてはだれでもありますが・・・ですので、関係ないのかもしれません。
メモを見ず・・・速報ですが・・・
出口光さん・・・王仁三郎さんの曾孫ということで、しかも、元大学講師、タカQ社長ということです。
背の高い方です。
30分くらいでしたか・・・もっと長く感じましたが・・・
本当にね・・・タカQについては、このサイトを始めた当初からいろいろ書いていますが・・・ですので、初めて素性を知った時は、タカQの元社長が出てきて驚きでした。
「なんでタカQ?」
確か、藤原直哉さんとも懇意だったかと思いますが。
私は一時期タカQでしかスーツを買わない時代がありまして・・・その頃が一番比較ですが・・・サラリーマンとしてはうまく行っている時期でして・・・30歳前後ですよね・・・
偶然でしょうか?よく分りません。
基本的には、池袋のパルコに入っていたタカQで買っていたのですね。
安くて・・・バブルのちょっと後で、1着1,2万でしょうか・・・(高いものもあったのかもしれませんが)
ああ・・・そう言えば・・・大学時代、品川のウイング高輪にもタカQが入っていて、そこで黒い綿製のシングルのロングコートを買い、4年間冬場は着ていましたね・・・
この店は高くて、それ以外の買い物はしたことがありませんが・・・なぜか、それだけ1万円だったのです・・・(バブルのころです)。
で・・・そうこうしている内に、池袋のタカQがなくなってしまいました・・・
後に新宿のタカQの店員さんに聞いたところによりますと、パルコと喧嘩して出て行ってしまった、ということだったそうですが(笑)・・・さて、本当はどうなのでしょうか?
ああ・・池袋でですね・・・冬、緑色のジャケットを買ったのですが・・・私のことですので、案の定1,2時間も迷いまして、買うのを止めようとしたら、店員が怒りましてね・・・で・・・店長さんが出てきて、「いいんですよ」のように言いますので、情にほだされて買いましたが、大きくてですね・・・気に入らず、ほとんど着ませんでした。
結構高いものだったのですけれどもね。
で・・・途中で商品の内容が変わって行きまして・・・まあ簡単に言うと高級になったのですが・・・それ以来、一度も買っていません。
今でも実家に行くと当時のスーツはありますよ。
またセットアップスーツの上着だけ2着買ったことがありまして・・・
それが珍しかったらしくて、その後も行きますと、「ああ上着だけ2着買った人ですね」(笑)とか言われたことがありますが。
大体、渋谷のゼンモール、新宿の坂善、そしてタカQでしたね。安月給のサラリーマンの応援団ですね。
タカQが一番モノは良かったですが・・・まあ買い物ですので、いろいろ見てみたかったのですね。
とにかく良かったのは、スーツの色がたくさんあるのです。
今、黒ばかりですよね?
タカQは、グリーンでも青でもグレーでも何でもありました。
今でも実家にグリーンのスーツ、グリーンのジャケットなど残っているはずです。
5,6着はあるのではないでしょうか?
例の会社の大宮支店〜留学の仕事の期間くらいは・・・ほとんどタカQのスーツしか着ていません。
でも・・・結構多くの若いサラリーマンはそうだったのではないでしょうか?そうでもないかな・・・よく分りませんが。
当時コムサデモードのジャケットとかバーゲンで買うのですが・・・なんか高級なのかどうか知りませんが、生地がですね・・・ちゃっちいというか、強くないのですね・・・
で・・・「何か嫌だな。このジャケット」と数回思いまして・・・タカQは、生地が強いのです。
まあ、当時牛肉ですら、軟らかい高級品より、堅いのが好きだった私ですので「固いものファン」だったのかもしれませんが。
以上タカQの思い出でした。
で・・・興味深い話は・・・オバマさんが立候補した時、絶対当選しないと思ったそうで・・・アメリカ留学の経験で、極端な人種差別を経験しているそうで、そう思ったようです。
とにかく、黒人はバスの乗口は白人と別、大学の食堂でも、中国人は中国人同士、黒人は黒人同士・・・白人は白人同士・・・・というのが普通で・・・・
その中でなぜか、日本人だけ、黒人とも中国人とも一緒に食事していたと・・・
当時は、「日本人は何て愛国心がないんだ」と思っていたそうですが・・・
今思うと、「さすが日本人だな」のように思うことがあるそうです。
また詳細は追って書きます。
佐野浩一さんですが・・・幸感力についてですね・・・ただ時間が短くてですね・・・30分・・・一生懸命でしたが、それだと学生時代の恋愛の話でもしてくれた方が、人生的には参考になるかな・・・とも思いますが・・・
また次回を楽しみにしています。
異性関係、性ですね・・・について語って違和感ないのは、佐野さんくらいしか見当たりませんので。
私の意見ですので、黙殺してください。
船井勝仁
さんですが・・・45年おきに時流が変わる・・・と言う話でしたが・・・これもですね・・・1時間くらい聞きませんと・・・もう少し聞きたいですね。
次回を楽しみにしています。
私は顔をみたいというよりは、本に書いていないような部分を折角の機会ですので、当人の口から聞きたい・・・という感じですね。
有意の方々と普通の方々は、どう思うでしょうか?
白鳥哲さんですが・・・映画監督です。
腫瘍が出来て入院して・・・そして精神世界等に興味を持った・・・ということです。
とにかく自問自答形式で自分を許して、他人も許したら、治った・・・ということです。
で・・・聞いていてちょっと思いましたのは・・・よくヒューレンさんでもなんでも、「許す」ということ、「謝罪する」ということをするのですが・・・どうも私のやり方だと効果が無く・・・違和感があったのですが、話を聞いていてですね・・・
「何かひどいことをした(と自分が感じている)相手に変わって、私が謝るから、許してくれよ。悪かったよ。本当に」のような感じが良いのかな・・・と・・・
よく分りませんが・・・何せ、(どちらが悪くとも)店員が怒っても店長さんが謝ると似合ってない何万円ものジャケットを買ってしまう私ですので。
前半、相当眠くなってしまい、失礼しましたが・・・
で、その後、彼が監督した「映画「不食の時代」」の上映になりましたが・・・
あの・・・一日青汁一杯で生きている森美智代さんですが・・・私ですね・・・私に顔が似ているな・・・と(笑)・・・私を知っている方々、どうでしょうか?
私の顔:http://www5f.biglobe.ne.jp/~motion-emotion/me.html
森さんの顔:http://www.google.co.jp/images?q=%E6%A3%AE%E7%BE%8E%E6%99%BA%E4%BB%A3+%E5%86%99%E7%9C%9F&oe=utf-8&rls=org.mozilla:ja:official&hl=ja&client=firefox-a&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=09eNTOMMiZ69A5njnegG&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CCwQsAQwAA&biw=1024&bih=605
ほっぺたとですね・・・生え際・・・これは自分でしか分らないのですが・・・
さて、だからどうしたということはないのですが・・・
やはりですね・・・断食療法は、個人でやりますと危険な部分もありますし、人によってはあいませんし、何度か目のチャレンジでうまくいく、というケースもあるようでして・・・自己流は危険ですね。
基本的には、藤原直哉さんでも、きくちゆみさんでも、多くの方がやっているローフード的なものなのですが・・・
とにかく、やり始めは痩せるようです・・・がん患者と間違えられるくらいだそうです・・・
まあ、45キロになったことのある私には感覚的に分るところがありますが・・・
森美智代さんですが・・・まあ、欲の無い方ですね・・・欲も無いし、厳しいことも考えていないですよ・・・ここが精神世界との違いです。
精神世界は厳しさで欲を抑えるようなところがあるかもしれません・・・
確かですね・・・にんげんクラブの会報のインタビューでは・・・「何か先生に言うと、やらなくてはならないこと(治療)が増えるので、何も言いませんでした」(笑)とかですね・・・映画でも「別に寝ているだけでもいいんじゃないかな・・・感謝さえしていれば・・・」とかですね・・・
もちろん逆に「感謝だけして寝ていろ」とも言いませんし、「治療が増るので、何も言ってはいけません」とも言っていません。
ただ・・・そこから流れてくるフィーリングには、「厳しさ」はないです・・・感じません、私は。
詳細は追って書きます。
有意の方々と普通の方々は、どう思うでしょうか?
この地はかつて熊本藩中屋敷の一部であった。寛永8年(1631年)、誕生寺18世可観院日延の隠居寺として開山。日延は李氏朝鮮第14代国王宣祖の長男、臨海君の子であり、文禄・慶長の役の際に清正によって日本へ連れてこられた人物であった。
弘化2年(1845年)、火災により全焼。現在の山門は安政3年(1856年)に、清正公堂の拝殿・幣殿は慶応元年(1865年)に再建されたものである。
江戸最初の七福神巡りとされる元祖山手七福神の一つ、毘沙門天を祀る寺でもある。
(以上)
ということで・・・どうもですね・・・以前は勝海舟さんと縁あると思っていたのですが、最近西郷隆盛さんの方かもしれない・・・と思い始めていまして(西郷さんは薩摩藩でしょう)・・・熊本藩の中屋敷というのが、明治学院の近くにあったようです。
http://map.yahoo.co.jp/pl?p=%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%AD%A6%E9%99%A2&lat=35.6375022&lon=139.7313042&ei=utf-8&datum=wgs&lnm=%E6%98%8E%E6%B2%BB%E5%AD%A6%E9%99%A2%E5%A4%A7%E5%AD%A6&idx=5&v=2&sc=3 が地図ですが・・・
真中に明治学院、そのすぐ上に最正山覚林寺、左側白金小学校が小林秀雄さんが通っていた小学校、左上に北方謙三さんの常宿だった都ホテル東京、明治学院の左が妹が結婚した八芳園、明治学院の右側少し行くと赤穂浪士47士が眠っている泉岳寺、
です。
加藤清正さんは熊本の方だったのですね。
歴史上の有名な方の霊と接すると良い(?)のようなことを言っていまして・・・その方が遣り残したことが必ずあるそうで、それをやることになる、というようなニュアンスのことを言っていました。
何でも、最後の方ですが・・・いろいろ降りて来るそうで・・・はじめは岡田多母さんではないですが、自分がなくなってしまいそうで、困っていたのだそうですが、もうですね、仕事ができる人のところにやらせにくるのは仕方が無いと諦めて、「どうぞ、全部お受けいたします」という心構えになったそうです。
私は・・・歴史上の有名人を意識したことは・・・確かに以前はよく聖徳太子が好き、と書いていましたが・・・勝海舟さんとか、板垣退助さん(その時も原敬さんと間違えた)とか、山岡鉄舟さんとか・・・古くないですね(笑)・・・
戦国武将が出てきません・・・ああ明智光秀さんですね・・・良く書きます・・・
熊本だけに限れば・・・水前寺清子さん・・・当日、オリジナルのメロディの「ありがとう」の歌を最後に歌っていただけましたが・・・
私は「ありがとうの歌」「ありがとうの歌」と言いますので、歌い出すまで、この水前時さんの「ありがとうの歌」を歌うのかと思っていました(本当)。
細川ガラシャさんについては、結構書きましたね・・・
クリスチャンだったけれども、その底には日本的な神道的なものがある・・・
のようなことを書いたことがありましたが・・・でも今思うと、それこそ正に原始キリスト教・・・キリスト教は神道と同じような内容だったと符合しますし・・・いずれにしてもその状態が正しいのですね。
宮本武蔵さんも熊本だそうです。
こちらは森田健さんがよく書きますが・・・
以上、詳細は追って記載いたします。
追記:明治学院大学の今のある土地は、肥後熊本藩細川家の江戸屋敷跡なんだそうです。
びっくり!!!しました。
細川家の屋敷跡というのは知っていましたが、細川家が熊本藩というのを知らなかったのです。
中矢伸一さんですが・・・
前半はもっぱら、ヤスさんのブログの内容・・・メキシコの石油流出などですね・・・について語りました。
一番大事な内容としては、私がですね・・・「ひふみ祝詞」の奏上を間違えていることに気が付きました。
最後に全員であげたわけですが・・・「れーけー1,2,3」となるのですが、これをですね、「れーけーーーーーー1,2,3」と間違えていまして・・・去年の今頃は間違えていませんでしたので、どこかで間違えて、そのままになってしまったのですね。
どうりで何も起きないわけだ、と・・・(冗談)。
各種情報を集めると寒冷化が始まっているようだ、という話もしていました。
また異常気象の例として、アメリカで振った豪雹(ひょう)の映像、ロシアでのビーチに出現した、超異常な雲・・・・の映像を流しました。
こちらはYOUTUBEでのものですので、見ることができます・・・見つけましたら掲載いたします・・・というと、一生見つけませんので・・・
こちらがアメリカのヒョウです。1分過ぎからすさまじい勢いになります。
あの下にいたら、困りますね・・・氷があの勢いで振ってきますので・・・
で・・・
本音で生きよう [単行本]
「聖書の暗号」の大事なポイント
すばらしい「ミロクの世」はこのようにして創られる [単行本]
船井 幸雄 (著) 出版社: ヒカルランド
(2010/9/14)
は、4日間で書き上げたそうです・・・昼間は仕事をしながら。
これはすごいですね・・・何かに書かされて・・・ということではありますが・・・これは流石に真似できません。
初日に2冊とも買って着ましたが・・・まだ森田健さんの本も藤原直哉さんの本も買っていませんので、何か忍びなくてですね・・・書けませんでしたが(笑)・・・ちゃんと買っていますので、ご安心ください。
少しだけ見てみましたが・・・ここ数年の本当のことの集大成+さまざまな検証・・・量子力学についても相当詳しく書いてあるようです。
また読みましたら記載いたします。
国会議員と官僚には経営を知っている人は1人もいない、ということも言っていました。
また副島隆彦さんの中国が覇権国家になる(正確には裏の政府がそう決めた、というようなニュアンスです)について「副島さんは、天才でこれまで言ってきたことは全部あたっているけれども、中国は覇権国家にはなりません」というようなニュアンスの内容を語っていました。
とにかく、これまでは、本音は10%くらいしか言ってこなかったそうです。
最後に・・・どうもですね、だれか預言者が9月15日くらいに関東大震災のようなものが起きる、と言っているそうなのですが・・・船井幸雄さんは聖書の暗号によると、世界のどこかで火山が噴火することだろうと思う、と話していましたが、とにかく、大難が小難になるように、みんなで氣を入れました。
何もないといいですね。
きっと何も起きません。
有意の方々と普通の方々は、どう思うでしょうか?
また詳細は追って記載いたします。
別記:
まず、女性が本当に多いです・・・若い女性も多いですので、講演そっちのけで、女性を見ているようなときもありました(笑)。
次に・・・席ですが・・・
11日は自由席で、12日は指定席だったのですが・・・まあ・・・11日の方がよい席だったかな・・・と・・・
ひとつは、単純に位置です。
自由席の真中、前から6列目・・・
ほとんどの講演者を正面から見ることができました。
指定席は、左側、指定席の列の後ろから3,4列目でしたでしょうか・・・あまりよく・・・氣にしませんでしたが、それほど舞台との距離は自由席と変わりませんでした。
次に・・・11日は左右の方とお話できたのですが・・・できそうな人だったのですね・・・話しかけ易い・・・
12日はそうではなかったです・・・
これは人種の違いのように感じるのです。
11日・・・右は男性50代農業をやっている人で徳島から来ていました。2日間出ると言っていました。
左は親子連れ・・・60代のお母さんと30代のお嬢さん・・・
まず・・船井幸雄さんの講演前に・・・私が筆記用具を用意しますと、となりのお母さんもそうしようとしたのですが、ないらしいのです・・・で私がボールペンを5,6本持っていましたので・・・「よかったらどうぞ」と渡しました・・・
人からモノを借りるときは、返し忘れたり、汚く扱ったりすると困ると気にする人がいますので・・・「差し上げますよ。どうせ、5本100円くらいのボールペンですので」と言いました。
すると、お返しに、飴玉を3つくれました。
これで、勢いが付きました・・・
で・右となりの人と話しましたら・・・副島隆彦さんやベンジャミンさんに興味がある、と言います。
「政治経済に興味があるのですか?」と聞きましたら・・・なというか・・・まんざらでもないような感じで・・・
でも、職業を聞きましたら、農家でお米を作っているということでした。
無農薬でやっているんだそうです。
色々話しましたが・・・聖書の暗号の話になって、「英語のソフトを買いましたが難しくて・・・」というような話ですね・・・
「水澤心吾さんのような方はお芝居が大好きなんでしょうね。私だったら2回も同じことをやったら、もうやりたくなくなるかもしれないのに、101回もやっている・・・」とかですね・・・
私の方が若干長く続けてきているようでして「すおぎですね」とか言いますので、「嫌、ほかの人と話しますと、10年連続で来ているとか・・・そういう人も結構しましたから、ぜんぜん・・・」と謙虚に答えて置きました。
左の女性達は、来ようかどうか迷っていたようなのですが・・・直前で決めたということで、ローソンで買ったそうです。
但し11日だけの参加です。
やはりですね・・・船瀬俊介さんの時が一番受けていました。
2日目は・・・右の男性は・・・30代でしょうか・・・スーツで来ていましたが・・・左は50代・・・ずっと本を読んでいました・・・
なんか、私もそうですが、慣れているというのか・・・あまりわくわく波動は出ていないのですね・・・真面目に勉強しに来た、ということだったのかもしれません。
11日は、右の方は、久しぶりの東京(横浜ですが。)、左の方は初体験・・・
どこか・・・話しかけ易い波動なのです。
きっと私は・・・本当に固い雰囲気が苦手なんでしょうね・・・カジュアル波動が好きなんですね・・・
よく分ります。
例の大宮支社のあった会社も結構カジュアル、開放的でしたし、留学の会社もそうでしたし・・・
逆に、上場企業などは、異常に堅苦しいのです・・・その後入った全ての会社が堅苦しい・・・
時代もあるでしょうか?窮屈にして搾り出す方向をやってしまいがちな時代・・・
お弁当は2日間ともおいしく食べました・・・
初めは、どうなるかと思ったのですね・・・
「素直にお弁当買ったらどうかね?」とか思いましたが・・・
結構おいしいのです。玄米20%のご飯入りです(笑)。
で・・・顔付きもどうもですね・・・少なくとも「怖く」はなくなったようで・・・女性性の肯定ですが・・・ただ・・・どうでしょう?
だれか私を知っている人の反応を分析しますと・・・どうも私はいくらか「怒っている」時の方が生き生きしている、というようなメッセージを得ましたが・・・どうです?
怒ることを肯定すると、怖い顔にはならないのだろうな・・・とも思います。
それまでずっとそうだったのですから・・・
それが怒るのはいけないことだ、としてから、確かに何かおかしいのですね・・・そりゃ、無用に喧嘩などはしてはいけませんが・・・
また何か気づきましたら追記します。
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