*** メインコーナー ***

旧理由もなくこればかり聴いてしまうCDのコーナー       

 

 

もくじ




さて・・・
ベンジャミンさんhttp://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/ですが・・・

(引用)

欧州政治家と協力して9.11を暴く

日本の政治家がようやく9.11の真実について気付き始めました。

藤田幸久先生の国会での発表により、議員の間では9.11がアメリカのやらせであったという認識が広まっています。今後民主党の先生方と協力して進めていきたい計画ですが、日本とヨーロッパが共同でアメリカ政府に9.11に関わった派閥を削除するように要請することです。

因みに9.11の犯人は、軍事産業と石油利権が目的で、そのお金によって生活をしている族議員が中心です。ペンタゴンのまじめな米軍の殆どは騙されており、これについては関わっていません。

(以上)


ということです。


よく分からないですが・・・
自民党はじめ、日本の政治家の方々は、アメリカや裏の権力のやっていること、意図していることを知っていて、したがっている人と、知らないで、本当に上辺で言っていることを真に受けて信じている人の2通りいる、ということのようですね・・・。


たとえば、「テロリストがいて、何かやろうとしている」を本気で信じている人と、「裏で自作自演をして、表では違うことを言っておいて、人民を操作している」ということを知っていて、それに乗っている、の2通りという意味です。

もちろん中には、「裏で何かやっていて」を知っていて、そうはいくか、と気づいている方もいるようではありますが。


ただ、政治家というのは、一応、「心が清くて暖かく、お金にきれいで、正義感に満ちていて、慈悲深くて、頭が良くて、指導力があり、政治・経済に詳しい方々の集まり」ということになっているはずですので、全員気づいて当たり前のようにも感じますが・・・

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?



で・・・TBSで、「肝炎問題も年金問題も、自分で証拠を出してくれと政府は言っている。この2つの問題の構造はまったく同じ構造だ」とやっていましたが、その通りですね。

一応、今、肝炎も年金も政治家と官僚が悪い、ということになっていますし、そうなのだと感じますが、白峰さんによれば、日本の官僚システムというのは、基本的には世界に誇るべきすばらしいものだ、ということです。

それをアメリカというか裏の権力が何とか叩き潰したくて、いろいろと画策をしているようです。

そういう流れがあるようですので、官僚の方々も、政治家同様、一応、「心が清くて暖かく、お金にきれいで、正義感に満ちていて、慈悲深くて、頭が良くて、指導力があり、政治・経済に詳しい方々の集まり」ということになっているはずですので、肝炎でも年金でも、相当その一応に沿って処置しませんと、潰したくてしょうがない権力の思う壺になってしまいますね。

そうならないように、がんばって欲しいと感じますが。


気づいた方々は、どう感じるでしょうか?




で・・・
岡田多母さんの「ラブコール あなたへ」
http://tamo.thd-web.jp/ですが・・・
(引用)

タモのリサーチ(2/23−2)

☆暴力を振るわない
☆所有しない
☆盗まない
☆真正である



これらはとても道徳的な価値に聞こえる   もちろん道徳的概念として、教えられてきたものでもあるでしょう〜

努力すれば立派な人間、立派な社会人になるでしょう


『暴力を振るわない:非暴力』    他人を傷つけてはいけない

確かにそのとおり☆☆☆


でも…
他人を傷つけないために本当に非暴力があるのだろうか…


単に他人を傷つけてはならないから 『暴力を振るわない』のだとしたら〜


もちろん、他人を傷つけないことは、他人にとっては良いことですよ〜
自分にも大切です☆


だから〜
この非暴力は、自分と他人との間で、潤滑油となってくれるでしょう〜
界面活性剤のようにも、働いてくれるでしょう〜

人生がより快適に過ごしやすくなるでしょうね〜
素晴らしいですよ〜


でも…
自分の本質の純粋性は…  これで本当に得られるのかしらん〜?


究極の純粋性を知ることになるのかしらん〜?

『他人に良い』が理由であるところに…

本当の意味で〜
究極の満足、究極の至福が訪れるのだろうか…?


自分自身の中心から始まっている満足でなければ〜
本当ではない…でしょう☆

だから、本当の非暴力にはならない〜でしょう☆


巡礼にとっては…    自己満足は達成されなければならない〜課題です☆   あくまでも、どこまでも、満ち足りている〜自己充足性…

不満無く
不平無く


すべてを受け入れて、どんな状況でも喜び祝っている〜
祝福の人生…


暴力を振るわない
所有しない
盗まない
真正である



『自分』が理由になっていないもの…
『他人』が理由になっているもの…

これらすべてを巡礼は…   ただそのまま   ありのまま受け入れて…


相手とは無関係で、 
常に自分自身の問題から始まる利己的探求を旅する〜

究極の利己主義から始まる非暴力は…

キット
究極の利他主義の花を咲かせる



利己的である究極の花が開くところから、  利他的である究極の花が咲く…

真に利己的であることは…
それが自然だから…
ソレ以外、在りようがない…じゃん〜


アァァ…


いついかなるときも
何ものも自己のなかに不満を生み出さず
何ものも自己のなかに不安を生み出さず
何ものも自己の中心から逸脱させずして



完全なる受容に開かれて  究極の至福の訪れを待つ…


今サラに
巡礼の旅は続く〜

アァァアァァアァァアァァ…



(以上)

ということですが・・・

そうかもしれないな・・・と感じます。
(そうだ、と言わないですみません)


先達て依頼の”エゴ”の話にも通じるのですが、私は今までずっと利他的に焦点を置いて、心の充実を目指してきたように思うのですが、どこか違うな・・・と感じることがあります。


とは言え・・・上で岡田多母さんも書いていますが・・・なんでも良いのですが、総称して「人に迷惑をかけるのはいけない」という概念を考えれば、始めは「人が迷惑がるから」やらないであったわけですが、それがいつの頃からか「そういうことを自分がしたくない」に変わって言った頃からなのでしょうか・・・何かが変わってきたようにも感じます。

しかし、それは、自然発生的にそうなったわけで(そうだから正しいとも言えますが)、自発的には、「利己的」ではなく、「利他的」から発想して、何かを立て直そうとし続けているのは事実のようです。

しかし、どうも、それを続けていては、よく分かりませんが、一生どこか同じところをぐるぐるぐ回るだけで、終わってしまうような感覚があります。



森田健さんは最近、「自分で計画してする行動はみんなエゴ」、「無意識を起源として、そこに理由がつけられない行動は、エゴではない」と書いています。


そうだとすると、岡田多母さんの書いている「私は暴力を振るうことをしたくないからしない」ということは、自分でそう考えて・・・感じて、そうするわけですので、エゴなわけです。

では、エゴだからいけないのか?と考えれば、これは「良い」のだと感じます。



精神世界でも一般でも「エゴは(とにかく)いけない」と言われますが・・・どうも違うのではないか???と最近感じます。

エゴとは、くどいですが、船井幸雄さん式に言えば「我大事」に基づいて行動することですが、これは言ってみれば、普通のことであり、普通どころか、すごく大切なことでもあるわけですね。

一時期、私などは、あまりに善行にとらわれ、そして、我大事がいけないことと思っていましたので(船井幸雄さんの本に会うずっと前ですが)、「どうやったら、この命を善行にささげることができるだろうか?」のようなことばかり考えていた時期すらあります。

それも相当に幼稚な部類で・・・一日中それを考えているわけですので、道を歩いていても、「どこかで事件の現場にでも出会い、そこでだれかを助けるために、命を投げ出せたら、これほどに、自他ともに認める善行はないだろう」などのように発想して、「どこかでか弱い女性が引ったくりにでもあっている場にでも、遭遇できないだろうか。そうしたら、そこで、命を捨てよう」のようなことばかり考えていました。

しかし・・・これなどは、利己的にも、利他的にも、ぜんぜん、善行ではないのですね。
いつだったか、山手線の駅で、韓国人の勇敢な方が、線路に落ちた方を救おうとして、なくなったことがありましたが・・・こうなりますと、当然、ご両親も、ご友人も悲しむわけです。
善行をもしするなら・・・助ける方も、助けられる方も・・・両方助からなくてはいけないのです。



で・・・いろいろあって、今は「我大事」が必ずしも悪ではない、と思っていますが・・・
船井幸雄さんも「我大事が行き過ぎて・・・」のような表現していたかと思います。


で・・・何が言いたいかと言いますと・・・結局、岡田多母さんが書いていることではありますが、「利己的から生じなくては、どう変化しても、意味が無いのではないか?」ということでしょうか・・・。

もちろん、その過程においては、初めは「利他的」から・・・もありだとは感じます。


で・・・上で書いたように、森田健さんがエゴの定義のようなことを書いていますが・・・

私は最近・・・いや、よく考えますと、ずっと考え続けていますが(笑)・・・
エゴというよりは・・・日月神示にも書かれているように、「人を陥れる行為」がいけないのであって、「利己的」であろうが、「人を陥れることなく、達成される」ならば、それは、エゴであっても・・・違う言い方をすれば、欲であっても・・・宇宙の理的には、「いけいないことではない」のではないだろうか・・・と感じています。


それは、結局、どこか上で岡田多母さんが書いていることにも通じるわけですが。
違う言い方をすれば、やはり、「人を陥れるようなことでなければ、利己的でもよく、利己的でなければ、何も生まれない」ということなのかもしれません。

それは、意識したことであっても、無意識にでもあっても・・・ということですが。

但し、意識したことも、どうも、それは自分で考えたことではないようですが。



そうなってきますと・・・ムー、アトランティスを崩壊に導いた「エゴ、お金、儀式」、今回の文明を破壊に導こうとしている「エゴ、お金、科学」ですが・・・

「エゴ」そのものが原因になったのではなく、「エゴ」の本質を読み間違えることによって、何かが生じてしまい、それが、文明の崩壊を導いた・・・ということなのかもしれません。

まだ、よく変わりませんが。


気づいた方々は、どう感じるでしょうか?

 

 


さて・・・
岡田多母さんの「ラブコール あなたへ」http://tamo.thd-web.jp/ですが・・・
昨日の続きです。
(引用)

タモのリサーチ(2/25ー2)


『利己的探求』についてもう少し説明を加えて、
掴みオッケーに〜とリクエスト☆☆頂きました

チャンスを頂きありがとうございます
タモのスケ、精一杯頑張りまぁ〜す
よろしくお願いいたしますデス



自己探求は「知りたいという心の作用」が、
自己の内面に向かうことがその始まりです

内的宇宙の旅のハジマリですね〜ウフフ

ちなみに〜
内面に向かうとは…
より精妙な方向、より微細な方向、より秩序的調和的な方向、
より神秘的な方向、より純粋な方向、
より単純な方向へ向かう〜ことです☆
より五感を超えた感受のことでもありますね☆


心は欲求を抱き、満足を得るために身体の行動器を使い、
動かして欲求を叶え、満足を得て幸福になる☆

ご承知のとおり〜
心は欲求を抱くもので、
身体は心の欲求を具体的に叶えるものですね☆

人間の心の作用は〜
最初は、肉体の感覚器から情報を得て、欲求を具体的に抱き、
行動器を動かして欲求を叶える、「知覚」から始まります。

心は欲求を満足させた経験から、
さらに満足を得たい欲求を拡大して、
満足を得られるようにと思考をするように成長していく☆
次の成長段階ですね〜

この成長段階から、五感覚からの情報だけではなく、
経験から推測した思考を組み立てて、
心自体が欲求を抱くようになって、具体的な欲求の段階から、
抽象的な推理の思考欲求を始めますね〜

お腹すいた、何か食べたい〜ゲーム買いたい〜から、
コレはなんだ?コレはどうなるんだ?どうしてコウなんだ?
どうなっているんだ?などなど〜

そうして、コレならこうだろう〜アレならアァ〜だろう〜と
アレコレと推理予測して行動に移す〜
バッチリもバッテンも経験し始めますね〜


そうして、アレコレ聞いたり見たり〜
自分自身の具体的な経験以外の情報まで取り込んで〜

ここからさらに、心がいろいろ様々諸々を経験して、
推理憶測、誤解錯覚、空想想像など、
試行錯誤を繰り返しながら成長して…

五感という外側からの情報による欲求だけではなく、
「心それ自体からの欲求」が湧き上がります…
外部入力された外因的なものではなく、
本体内部からの湧き上がり、内因的欲求〜☆


この「心それ自体の欲求」が、
願う望む「願望」となって現れて自覚された時、
自分以外に満足する理由のない
「自己の願望成就・内的探求」が始まります


願望の主体が「自分が自分に願って望む」自分であって、
自分自身が欲求の中心であり、
自分以外に欲求を叶えるものが存在しない〜


すべてが自給自足の自己満足のプロセスですよねぇ〜☆


他人から見て良き願望を、自己の願望に組み立てるのではなく、
自分がソレ以外にないと感じる願いや希望、
叶えたい理由が自分の思い以外に見つけられない、
自分本意な湧き上がる願望〜


この願望は〜
すべて自らの「自己の自発性・自主性・主体性しかない」わけです☆

つまりこの願望の成就の恩恵は、
本人、つまり自分の自己以外ないわけですから、
私的な利益ですね
従って「利己的願望成就」利己的探求と呼ぶわけです

もちろん、願望成就を遂げた幸福な人の周りには、
幸福が溢れていますよ これが本当の利他成就
これは自然法の摂理です!
私益は公益 つまり徳の巡りですね


非暴力をはじめ、あらゆる善の願望が、
悪から想定される善の願望である場合と、
善そのものから想定される善の願望である場合とでは、
全く「善の願望」それ自体が違うように、
他者の善から想定される善の願望と、
自らの善そのものから溢れる善の願望とでは、
探求の旅それそのものが違うのです〜

従って探求の旅路で授かる恩恵が全く違う〜

自己探求は「自己を知る」純粋な意識の開花ですね☆

ですから、この探求の旅路には、
気づき、目覚め、浄化、祈り、悟り、至福、自己実現、
自己成就などのたくさんの祝福恩恵がいっぱいです☆

このたくさんの祝福恩恵は、まさに自分のためにある…と、
深く神性に感じて、感謝のなかで生きて成就する巡礼が歩く道…
これが利己的探求の道なのです


こんなところで如何でしょうか〜
ヨロシクお願いいたしまぁ〜す


(以上)


ということです。


心が望み、それをかなえるのが肉体、心が望むものをかなえていく過程で、成長していく・・・
望む理由そのものは、外側から言われた「これが正しいので・・・」ということではなく、「叶えたい理由が自分の思い以外に見つけられない」という状態が、正に自分自身が望んでいるもの・・・・

あまり時間がないですので、何ですが・・・きっとこうなのだと感じます。


森田健さんの言う「無意識を起源として、そこに理由がつけられない行動は、エゴではない」・・・
で、「エゴ」が否定されるものであると定義するなら、きっと、岡田多母さんと同じことを言っているように感じます。


とても3次元的に見える欲求・・・たとえば「大きな家に住みたい」のようなものですが・・・
これが、人から「大きな家に住むのが常識よ」と言われ、「そうかな、じゃ、そうしよう」というような願望の持ち方であるなら、それは、ある意味否定されるものであり、欲求を持った理由を問われれば「世間の常識だから」・・・

それに対して、心から浮き上がる欲求・・・その中に「大きな家に住みたい」があるかどうか分かりませんが・・・
その欲求の理由が、「叶えたい理由が自分の思い以外に見つけられない」時、それは「すべき欲求」ということなのかもしれません。

「大きな家に住みたい」を例に出したので焦点がずれ気味かもしれませんが・・・
どうも、要するに・・・私はよくあるのですが・・・
「理由が分からないけど、そうしたい」という状態は、善悪は別として、「それに従って、動くべき状態」のようです。

「理由が無い」とは、要するに、3次元的価値観、常識的価値観を用いて、理論的に説明できない・・・という意味で、自分の中には、形の無い理由がある状態のことなのですが。

それをかなえる方法・・・そこに、他人を陥れるという行為、意図がある時、それエゴというのではないだろうか?とも感じます。
もちろん、「理由なきこと」だけではなく、3次元的理由によるものをかなえる方法であっても、そこに人を陥れるよおうなことがあるなら、それはエゴなのだ、と感じますが。


たとえば・・・人から「環境を保護しよう」と言われ、それをする・・・これも、また悪くはないのでしょう、しかし、もっと良いのは、「自分が環境をっ保護したい」と思ってそうしている状態・・・

そして、その方法が問われる・・・

というより、その方法を思いつく、試行錯誤する・・・それが、ある意味、目的なのでしょうか?

しかしそれだと、目的と方法が逆になっているようにも感じますが・・・しかし、この場合は、それでよいのかもしれません。

コレクションという行為は、目的と方法が逆になっている状態のように感じます。
楽器でもなんでも・・・

しかし、良い楽器とは・・・と、それを知る過程で、多くの楽器を弾いてみる、というのは、決して目的と方法が逆になってしまったことではないのかもしれません。


気づいた方々は、どう感じるでしょうか?


また、時間を取って、書いてみます。





船井幸雄コムhttp://www.funaiyukio.com/ですが・・・船井幸雄さんは最近、関英男さんについて、よく聞かれるそうです。

洗心、加速学園、電波工学ですね。
関さんと言いますと、なぜか東京工業大学という言葉が思い出されますが・・・
深野一幸さんや池田邦吉さんも東工大ですね。
ちなみに、私がTOEICを受けたのも東工大ですが(笑)。
今住んでいる部屋を見つけたのも、東工大の隣にあった(今は場所を変えた)不動産やさんですが笑)。
(もっと言えば、昨日、東工大の人からの電話を仕事で受けました・・・これもシンクロニシティでしょうか・・・昨日ちょうど、エハンさんの本で、シンクロニシティの項目を読んでいましたが・・・)


実は、昨日の夜から「明日の朝は、関さんのことが船井幸雄コムで書かれているので、政木和三さんもよろしく、と書こう」と思っていたのですが、こうしてソフトを立ち上げましたら、NHKニュースで出雲大社さん、大国主命についてやり始めました(笑)。

政木和三さんの本には、出雲大社の宮司さん(でしたでしょうか)が、政木和三さんに電話をかけてきて、「久しぶりに大国主命の像を拝見しましたら、政木和三さんにそっくりなのでぶっくりしました・・・」という話が書かれているのですね。


どういうシンクロニシティかは、まだ分かりませんが・・・とにかく、政木和三さんもよろしくお願いいたします。




先日、テレビを見ていましたら、日本人の書道家の方が出てきたのですが、その方は10代で認められて、アメリカに渡ったのですが、そこで、いろいろな人に騙されて、「人にさえ会わなけれ・・・」と引きこもってしまったそうです。
で・・・どういう風に復活したかといいますと・・・
ある日、「私はだれだ!!」という言葉が急にこみ上げてきて、それをいくつも紙に書いた・・・書きたくなった・・・書かされた・・・そうです。

その日は、あまり良い印象を持たなかったそうですが、次の日見たら、「なかなか良い」と思ったそうです・・・・・

で・・・うまく番組の様子が伝わりませんが・・・

要するに、その人は、「私はだれ」を紙に字に「ぶつけた」というような表現が適切なような作品を方のです。
日本語ですので、縦書きで・・・右から左へいくつも、「私はだれだ」が書かれているわけですね・・・
他にも、似たような言葉も含まれていましたが。


で・・・森田健さんなどが・・・もっぱら森田健さんですが・・・「私はだれ」という”根源的(森田健さん曰く)な問いを問う・・・ということを書きますが、「私はだれ」にかかわらずですが・・・”問う”というのは、このように、何か今の状態、やっていることに「込める」、「ぶつける」ことを言うのかもしれませんね・・・

よく分かりませんが、なぜか、そのように感じますが・・・。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?


で・・・今思い出しましたが・・・東京工業大学の方からの電話は「東京工業大学の○○と言いますが、先達て大阪大学の・・・」・・・・
大阪大学と言えば、政木和三さんですね。
工学部工作センター長です。

意味付けといえば意味付けですが・・・シンクロニシティといえばシンクロ・・・
まだ分かりませんが・・・関英男さんと政木和三さんをよろしくお願いいたします。




さて・・・
船井幸雄さんの口内炎ですが・・・
いろいろと試されているのだと思いますが、どうしても治らない場合、「あきらめる」をやってみたらどうなのだろうか?と感じますが。

政木和三さんの「あきらめる」ですね。

最近、森田健さんも「あきらめる」を書いていますが。

森田健さんの書いていることも合わせますと・・・
完全にあきらめて、その上で肯定をする・・・この肯定が政木和三さんでは”ありがとうございます”なのかもしれませんが・・・

船井幸雄さんは、病気になるたびに、いろいろな新しい治療方法が集まってきて、それが、あたらな情報となるのですが、ひょっとしたら、いよいよこの「あきらめる」を試してみる時になった・・・というのは、考えすぎでしょうか?

昨日のシンクロにシティが、これを書け、ということかどうかは、分かりませんが。


早く良くなることを、お祈りいたします。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?



で・・・
ベンジャミンさんhttp://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/ですが、

(引用)

 

February 26, 2008

こんなにもの沢山の方にご協力いただき、言葉にできないくらい感謝をしております。必ず世界平和という使命を果たし、皆様に還元ができるまでは精一杯身を粉にしても働かせていただきます。

皆様にいただいたアドバイスの中で、今後以下の項目を実行していこうかと考えております。

※出版停止になった本のネット上での販売

※ブログの一部有料システム

※PAY PALによるメールでの送金は可能になりました(benjaminoffice88@gmail.com

誠に勝手ながら只今事務所の人手不足と、システムに詳しい人物が周りにいないので、具体的な方法についてなどアドバイスをいただけるようでしたら、どうぞよろしくお願いいたします。
(以上)

ということです。

本は、ぜひ売って欲しいですね。
出版停止になっているとは知りませんでしたが。

普通に、明窓出版のように、メールで注文をもらい、銀行か郵便振込みにしてもらえばよいように感じますが、どうなのでしょうか?

そう言えば・・・森田健さんがワードでこまっているようですが・・・
私は最新バージョンは触ったこともありませんが、ネットオークションかなにかで、ワード’97だったか’98だったかを買い・・・要するに昔のバージョンを使えば、簡単にできると感じますが・・・どうだったでしょうか?

 



さて・・・
殺虫剤入り冷凍商品問題ですが・・・
私は中国という国は好きですが・・・
ですので、世界中のほかの国と日本の違いについて大事なことを書きますと、日本人は、素直に謝る人のことが好きです。
そして、誤って、是正しますと、根に持ちません。

アメリカの狂牛病菌入りの牛肉を見れば分かるように、日本人は「危ない食物」は絶対に買わないです。
そして、誰がどう見ても、間違えていることについて、どんなに議論がうまくて頭の良い人が、いくら屁理屈を並べても、ある時期から、すべて、右の耳から左の耳へ素通りするように作られています。

ですので、もし、今後の評価を気にして、非を認めない、という資本主義的思考から、発言をしているのなら、逆効果ですね。
本当に、「事実はこうだ」と感じて言っているのなら、それはそれで、良いのですが・・・


加えて日本人は・・・根に持たないにも通じますが・・・「絶対に安心な状態が、後々確かになれば」一度何かあった食物でも、買います。

・・・こんなに簡単な国民はいないと思います。
「殺虫剤は悪かったです、すみません。今はこんなに安全な食物が作られています」
で、良いのですから。

ですので、苦労して、理屈の限りを尽くしたり、変な科学的証拠を作ったりする必要は無いのですね。

私は、日本が食料自給率をい上げるつもりがないみたいですので、是非、安全でおいしい中国産の野菜が食べたいです。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?




さて・・・
三浦さんの事件は・・・・どう見ても、沖縄問題隠しのように感じますね・・・。
唐突すぎますね。

テレビでも、そういうことを言っている方がいましたが。

ですので、マスコミの方々も、三浦さん問題は、”必要”なだけは報道してよいと思いますが、沖縄問題もちゃんと取り上げて欲しいですね。

どこかの若いサッカー選手が「カズさんが逮捕された?」とかやっていたようですが(笑)・・・
そうですね、もう超ベテランの三浦知良選手ですが、三浦和義さん事件は、それよりもっと前です。

Jリーグ以降、急に、三浦さん事件がマスコミから消えたのは、いろいろあるのかもしれないですね。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?


で・・・
どう見ても、自民党は、終わるつもりですよね・・・
どういうことなのでしょう?

もし、今後10年以上、自民党を維持していこう、という意図があったなら、絶対にやらないようなこと、言わないようなことを、やっていますね。

考えるに、とりあえず、最後のアメリカからのご褒美をもらって、次の選挙では、自民党ではない党で選挙をする、ということでしょうか?

それとも、きつい要求が来ているということでしょうか?

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?

 

で・・・
ベンジャミンさんhttp://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/ですが、

(引用)

February 28, 2008

ライブドア事件の真相

ライブドアの元幹部に会いました。そこで話をして、ライブドア事件の真相について思ったことです。

ヤクザはライブドアに沢山お金をつぎ込み、色々な企業を買収してきました。そのヤクザの一部に欧米の結社も関係していました。彼らの最終目的はフジサンケイグループを買収し、日本人の洗脳許可を目的とすることだったのでしょう。しかしそれを追い払ったのは日本守ってくれる愛国者による秘密団体でした。私はその団体を支持します。
(以上)

ということです。

船井幸雄さんによれば、堀江さん逮捕には、デビッド・ロックフェラー派によって占められていた日本の経済界の流れへ、ジェイ・ロックフェラー派からの巻き返しによってなされた・・・ということのようですが・・・
それはそれで、裏の権力の流れからみれば、そうでしょうし・・・

実際に、ベンジャミンさんが書いているようなこともあったのだろうと感じます。

いずれにしても、どちらが、どちらの力を借りたのか・・・利用したのか、されたのか・・・
あるいは、協力したのか・・・

とても、一面からだけでは、分からないことなのかもしれませんね。

それでも、普通は、世界を裏で操っている「裏の権力」(どうやらアメリカ、ロックフェラー、ロスチャイルド、イギリス王室の更に奥にいるのが、ロンドンシティらしいですが)が、一番元にいて、いろいろやっている、で正解のようですが、こと日本という大きな元の部分では、裏の権力とは別の存在のものの中から出てきている勢力が、何かをした、となりますと、他の件とは、いささか別のようにも感じます。
(中国の方もそうでしょう)

もちろん、日本の政治・経済なども大部分は、裏の権力の影響が強いのだと感じますが、天皇制・官僚制度は基本的には、裏の権力からは、独立したものになっていると言ってよいのだと思います。

もちろん、官僚の方々の中にも、裏の権力と通じている方もいるでしょうし、政府から派遣されて天皇家の周りにいる人の中には、いろいろな方もいることでしょうが。


先達て、森田実さんをテレビ、久しぶりで見ましたが・・・私が見たからには、TBSかテレビ朝日か、テレビ東京かNHKですが・・・めざましテレビから、森田実さんが、追い出されて以来、私はフジテレビを見ませんが、あの状態でも、まだ、裏の権力的には、もっともっと取り込みたい、ということだったということでしょうか。

しかし、あれ以上やったら、普通の人でも「変なテレビ局」と気づいてしまうでしょうが・・・

いずれにしても、大きな流れでは、日本は良い方向へ行っているようです。

気づいた方々は、どうか感じるでしょうか?



で・・・ハワイについてテレビでやっていますが・・・
私がハワイへ行くには、どう考えても、アメリカがまともな国になってもらう必要があるようです(笑)。

ですので、きっと、2012年以降ですね・・・次に行くのは。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?

 

 

さて・・・
小野満さんがなくなられたそうです。
これで、ビッグ4のオリジナルメンバーの方々は、みな高次元に移られました。

オリジナルメンバーは、ドラム:ジョージ川口さん、テナー:松本英彦さん、ベース:小野満さん、ピアノ:中村八大さんですね。

私の年代ですと、普通一番縁のあるのは小野満さんでしょうか。
幼稚園〜高校生くらいまでが、歌謡番組全盛の時代ですので、フルバンドの伴奏が入っていれば、小野満さんのスイングビーバーズか、少し後なら、ダン池田とニュープリードが登場することがほとんどでしたので、記憶に残っていますね。

私も、小野満さんが、ジャズの人である、と認識したのは、後のほうで・・・中学生以降でした。

中学生(1976年くらい)の時に聞いた、中村八大さんのピアノアルバムに書いてあった経歴に、ビッグフォーという名前があり、それで知った、ということですね。

小野満さんのベースプレーは、ビッグフォーの昔の音源で聞くことができますが、比較的最近の音源では・・私が持っていたビッグフォーの何十周記念かのライブアルバムで、1曲ベースが主体の曲があり、そこでフンダンに聴けるのですが、まだCDにはなっていないようです。

あのアルバムに、中村さんの「It's alright with me」の良い演奏なども入っているので、是非CD化して欲しいと思いますが、その内、そういう日も来るかもしれません。




さて・・・
次元上昇以外に、3次元的に自分を考えますが・・・人間は自分を通じてしか何も分からないようですので・・・
私は結婚していませんが、ある意味意識的に結婚を避けてきたところもあります。

要するに、離婚はいてはいけない、したくない、と強く思ってきましたので、100%離婚がない状態でない限り、結婚などはしない、と思っていたのわけですね。

それはどういうことかと言いますと、金銭的にも、絶対に問題ない状態になり、人間的にも絶対に問題ない状態になり、その他すべての状況がまったく問題ない状態が訪れない限りは結婚しない・・・ということのようです。

よく、児童虐待などありますが・・・はたから見ていて、ほとんどが、金銭的に十分であれば起きなかった、親の精神レベルが、少なくとも最低限大人であれば起きなかった・・・と感じられます。

他にも、人の結婚生活を見ていますと、要するに、金銭的に裕福で、人間的に十分で、その上で相性が良ければ、最低限結婚生活が維持できるだろう・・・と見えてしまっていたわけですね・・・

その意味で、昔の私は、年収が1000万円を超えるまでは結婚しない、人間的レベルが私がOKを出せるまでは結婚しない・・・ほぼ間違いなくそう思ってきました。

人間的レベルと書きましたが、精神だけではなく、知識的にもですね・・・
子供の質問には、9割以上は自信を持って答えられるようになるまで・・・子供のことについては、9割方決方法を取得できるようになるまで・・・ということも含めてですね。

これは、「どうして空は青いの?」くらいの質問に当然として、「人間は死ぬとどこへ行くの?」のような質問に対しても、少なくとも、ここまでは事実で、ここからは、まだ解明が済んでいない・・・程度には答えられるまで・・・というような意味です。

変な話・・・思っているのですね・・・たとえば、例のイラン・イラク戦争で友人がなくなった私の友人だった東大生の女の子・・・「どうして神様は守ってくれなかったのだろう?神様はいるのだろうか?」に対しても、仮に彼女が自分の子供であった場合、全ての友人、知人、宗教関係者が回答を与えられなかった時でも、父親として自分が回答を与えられるようになっていたい・・・のように。


その意味では、船井幸雄さんの言う「人を育てるには、長所を伸ばし、欠点には触れない」を読んだとき、「ああ、少し結婚に近付いただろうか・・・」のように感じたようにも思いますが、どうだったでしょうか・・・。




ですので、大きな理由のひとつとして、私は無類の照れ屋である、というものがありますが(笑)、異性とある程度以上の関係になる、あるいはなりそうになりますと、「もうここから先へは入ってきてもらっては困ります」という態度を自然に取るようにもなっていました。

それでも、今は、少なくとも、「神はいるだろうか?」については、「間違いなくいる」と回答できます。

そして少なくとも、みんが言うような「何でもかなえてくれる存在」ではない、ということも言えます。

「何もかなえてくれないか?」と言えば、そういうことでもない・・・とも言えます。


但し、22%の運命は自分で作っている・・・78%は生まれた時から決まっている・・・と、どうしても思えてなりませんが・・・。

こんなことを結婚ということに対して考えているわけですが(笑)・・・

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?



さて・・・

22%の運命は自分で作っている・・・78%は生まれた時から決まっている・・・と、どうしても思えてならない・・・
ですが・・・

井出章彦さんhttp://raphaelchama.thd-web.jp/ が、良く「反省が一番大事・・・」と書きますが・・・
これは、井出さんが師を仰ぐ、高橋信次さん(ウィキペディア:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E4%BF%A1%E6%AC%A1_%28%E5%AE%97%E6%95%99%E5%AE%B6%29)の影響にもよるのだと感じますが・・・

私はこれが、どうしても納得がいかないのです。

高橋さんは、中丸薫さんとも親交があった方ですし、政木和三さんによれば、同じ魂の分け御霊の方であったようですし、船井幸雄さんも一時期、推薦して本に名前を書かれていた方ですので、すばらしい方なのだろうと思います。

井出さんも、現在立派な活動をされていますし、過去にも、空手などで立派な結果を出した方のようですので、すばらしい方なのだと思います。


但し矛盾しますので、書きますと・・・そのうち78%は、宇宙が始まった時から決まっていたことなのではないだろうか・・・と感じています。




で・・・回り道をしましたが、今書いていますのは、
「22%の運命は自分で作っている・・・78%は生まれた時から決まっている・・・と、どうしても思えてならない・・・
ですが・・・」で、
「反省が一番大事が、納得いかない」ということですが。


精神世界には立派な精神性を有している方がたくさんいますが・・・
私はこれすら、「それはあなた方の努力ではなく、前世のカルマを解消したからではなく、そういう運命・・・もっぱら78%の運命がそうなっていたからではないだろうか」と感じています。

もちろんそうだからといって、悪いということでもなく、良く知っている方から学ぶということをするのですが。


先達てテレビを見ていましたら・・・忘れましたがスポーツ選手でしたでしょうか・・・
「今の私があるのは、私の力だけではなく・・・」
と言いましたら、ホスト役の人が「そうそう、天才が努力をして、初めて結果が・・・」のようなことを言っていました。

私は「今の私があるのは、私の力だけではなく・・・」と聴いた時「そうそう、創造主からそういう運命を与えてもらったということであり、22%もまた、自分の努力だけではなく、高次元を含めた多くの方々の協力のもとにある・・・」
と心の中で言っていましたが、ホストの方の言葉が、あまりに的外れでしたので、ずっこけてしまいました(笑)。

私の感じでは、そのスポーツ選手だったか、だれかだったかの人も、私の言ったことと、ほとんど同じようなことを言いたかったように見受けられましたが、「そうですね」と言っていましたので、私より大人なのか、私とは別意見だったかの・・・そこら辺はよく分かりません。


私は努力も反省も必要なことだと思います・・・22%に対しては。

しかし、どうしても、残りの78%・・・22%と78%は白峰さんがそう定義しましたので、仮にそうしているだけですが、森田健さんなどは、ほとんど決まっている、のように表現しています・・・には、いわゆる3次元的意味での努力、反省というものは、関係ないのではないだろうか、と感じます。

もし関係あるとすれば、その言い方は、「自分の力でどうこうしようなどとは、二度とせず、すべて創造主の作ったシナリオに任せなさい」ということを分からなかった・・・ということに使う言葉でしょうか・・・。


そもそも、「自分の長所を伸ばす」ということと、「運命は自分が作っている」は矛盾した言葉のように感じます。

もちろん、22%をできるだけうまく乗り切るため、という意味で、「著所を伸ばして、短所には触れない」は非常に正しいと感じます。

但し、長所が仮に勉学的なところにあったとするのなら、その人にスポーツ選手になりたい、という希望があったとするのなら、普通は、まったく逆な方向性のはずです。

もちろん、野村監督のように、頭を使って、稀に見るような好リードをするキャッチャーになった・・・というようなこともあるかとは思いますが。



アナウンサーの草野さんがいますが・・・
この方は、東大を主席で卒業して・・・
いつだったか、草野さん司会の番組に桝添さんが出ていた時は、どことなく枡添さんにいつものような毒を感じられませんでしたが・・・
NHKに入社して、その後フリーになって活躍して、運動神経もオリンピック強化選手とレスリングをしても、返してしまうほどに抜群で、しかも、下世話なギャクもいけるという、「非の打ち所が無い」を具現化したような方ですが・・・

これは努力だけでしょうか?
努力だけでしたら、精神世界の人もみな、その方向性を好めば、そうなれる、ということでしょうか?
違う、と感じます。

私は、だから一般的な精神世界の方々が、どうだと言いたいのではなく、精神世界の方・・・船井幸雄さんのようなすごい方も含めて・・・自分では意識してはいないが、自然に、政木和三さん式に言えば「完全にあきらめる」といつもやっており、森田健さん式に言えば「ハンドルを手放す」をいつもやっているのではないだろうか?と感じるのです。


だからこそ、自分の作った運命ということではなく、創造主(阿弥陀仏でも良いですし、高次元全体でも何でも良いのですが)が、勝手に、もっとも適した状態にしてくれているのはないだろうか?ということですが・・・少し表現が足りませんが。

船井幸雄さんの病気が治りませんが・・・
政木和三さんは、確か2度寿命を延ばしてもらっています・・・高次元的に。

そのときは、確か・・・2度とも、「もう気力も何もわかなくなった・・・死ぬときとはこういうものか・・・」と、およそ精神世界のビッグネームとは思えないように、死ぬことに対して抵抗もないにもしなかったのですが・・・
そうすると、勝手にハワイやら、どこかからやら、霊能者の方や、いろいろな方が現れて治療に来たり、創造主に通じている人は、「まだ必要な方なので、寿命を延ばしてください」とお願いをしたり・・・

で、同じようなことが、2度あり、2度寿命が延びたようです。

確か「ゴーダマブダの命により、何時の寿命を後、何年伸ばす・・・」のような神示があったようですが(違ったらすみません)

ちょっと違いますよね・・・一般的な精神世界の方々のありようと・・・
もっとも、寿命が来て、伸ばした、という話は、政木和三さん以外には聞いたことがありませんが。

もちろん、船井幸雄さんにも、いろいろな方々が新しい治療法を持ってきたり、霊能者、超能力者の方々は、それなりのことをしているのだろうとも感じます。

しかし・・・あきらめずハンドルを手放さないでいると、どうも・・・決まった運命のまま、行く可能性が高い・・・
しかし、ハンドルを手放すと、決まっている運命が勝手に、もっと良い運命に変わる可能性が高い・・・


で・・・是非読んでもらいたいと感じましたので、いくつもある政木和三さんの本から引用しようと思ったのですが、どれだか皆目分かりませんでしたが、直感に従って(あるいは守護神に任せて、あるいは・・・)一冊取り、数ページめくりますと、ちゃんとそのページが出てきました・・・ですので、長いですが引用します。


この世に不可能はない―生命体の無限の力  出版社: サンマーク出版 (1997/07)
(110ページより引用)


陰徳を積んで寿命が延びた(※私はそれだけではないと感じます)
人間の寿命は誰でもみんな決まっている。生命体がそれを知っているし、フーチーパターンで測定して確認することも出来る(※これは政木和三さんから教わってっ船井幸雄さんもできます)。
私自身のことでいえば、実は以前、私の死は昭和五十四年の一月末に訪れることに決まっていた。そのことを私は、フーチーパターンの素気宇低によって確認していた。だから、自分の寿命はそれまでと覚悟していたのである(※これが”あきらめる”ではないでしょうか?)。ところが、死ぬはずの非の少し前、「七十九歳の十一月二十四非まで寿命を伸ばす」というメッセージが生命体から私にあった(※この生命体とは守護神という意味だと感じます)。私はっそれ以前、瞬間湯沸かし器や児童炊飯器(※白峰さんの本で、藤木相元さんも自動炊飯器を発明した、と書いていますが、政木和三さんが先でしょう)を発明していたのだが、それが「陰徳である」と神の世界から認められたのである。


 もちろん私は、それらを金儲けのために発明したわけではない。女性たちの仕事が少しでも楽になるようにという願いが発明につながっただけだ※政木和三さんの場合、良いことをしよう、というのではなく、女性が楽になったら楽しいな、と思ったのでしょう)。それが数知れぬ多くの人々に幸せを与えたとして、陰徳を認められ、寿命を七十九歳まで延ばされたのである。
 ところで、私が七十九歳といえばへ平成七年である。つまり、生命体からのメッセージによれば、平成七年の十一月二十四日に、またしても私は死ぬ運命いあったのだ。当然、私はその日の死を覚悟していた。
 その五日前の十一月十九日に、東京で私の講演会があった。それが自分の最後の講演のつもりだったので、二三〇〇人もの聴衆を前に三時間も熱を入れて講演したせいか、岡山に帰った後は、私は体中からすべての力が失せていた。毎日の2万五〇〇〇歩の散歩もできず、食欲もなく、頭の中も真っ白になって、考えることも何もできなくなっていた。「ああ死ぬとはこんなに楽なことか」と、そのとき私は思ったものである。
 生命体から再び私にメッセージがきたのは、講演から二日後の二十一日であった。
「汝は神経波磁力線発生器の発明によって、スぬべき人を何百人も生き返らせ、救うことができた。これは陰徳である。その功績として汝の寿命を延ばす」
というメッセージがあった。
 そのメッセージがきた翌日の二十一日。どんなに小さな背骨の狂いでも正確にわかり、それをきちんろ矯正できる、日本に一人しかいない整骨の名医が、
「私は以前、先生に寿命を延ばしていただきました。どうしても先生に恩返しをしたいのです」
と言って京都から私を訪ねてきた。
五,六年前、その整骨の名医が突然心臓発作で倒れ、救急車で運ばれて入院したことがあった。奥さんから電話で緊急事態を知った私は、何とか生きて欲しいと願い、フーチーパターンで測定してみると、「あと数時間の命である」という。そこで、「私が、身代わりになります」と瞬間的に私は必死に思った。しばらくすると、急に彼の容態が回復し、そして、入れ替わるように私が心臓発作で入院したのである。もっとも私は、自分は死ぬ心配はないといって、それ以上の検査を断り、入院した期間は一週間だけであった。
 不思議なことは続くもので、さらにその翌日、今度はハワイから、心霊治療で有名な一人の女性がやってきた。
「日本で重大なことが起こるから、すぐ行けという命令で日本にやってきました。何かと思ったら、政木先生のことでした」
と言う。私は、やはり五,六年前、彼女の心霊治療の力を強めてあげたことがある。私の家に彼女が遊びに来て、「先生、お願いします」と言うので、私は椅子に座り、彼女をすぐ横の絨毯に座らせて、両手を挙げると、彼女の体がフアッと宙に舞い上がり、一回転してドーンと落下した。その瞬間から彼女の心霊治療のエネルギーが協力になったのである。
今度はそのお礼返しにきたのだという。
 彼女も、三時間いわたって私を治療してくれた。彼女が私のお腹に手を当てると、エネルギーが入り、腹がグルグル鳴って、お腹の中が大きく動き出す。翌日には食欲がわいて元気が戻っていた。
 整骨の名医と心霊師のおかげで、私の体は完全に回復したのである。
 実はその1年前、私が七十八歳のとき、「七十九歳の寿命をクリアできたら、汝の寿命をさらに九十二歳まで延ばす」というメッセージが生命体から私にあった。どのようにしてクリアできるのかと思っていたのだが、それ以前にちゃんと私は、救うことのできない人の命を救ったり、心霊治療の力を強めてあげたり、人に喜びを与えていたのである。
 そういうことをやっていると、新しい生命体のエネルギーが自分の方にやってくる。寿命はそれで延びるのである(※私はむしろ、政木和三さんの生命体に任せきっていることのほうが大きいのではないかと感じるのですが)。
 こうして七十九歳までであったはずの私の寿命は、九十二歳まで延びることになったわけだが、もちろん残された私の命は、人々に幸福を与えるために捧げられていくことになるだろう。
(以上)

ということです。


ここでは、2度目の延命のことが書かれていますが、確か他の本に、1度目のことも書いてあったようななかったような・・・

政木和三さんの最後の様子は、政木ワールド の、http://www12.ocn.ne.jp/~agosu1/page005.html (人物像→葬儀)に書かれています。

平成14(2002)年8月6日(火)になくなられたということですので、1916年生まれですから、86歳でなくなられたわけですので、九十二歳までは生きなかったようです。

確かどこかに、「そんなに長く生きたくないな・・・」というような政木和三さんの言葉があったような、気もするのですが、どうだったでしょうか?

九十二歳まで生きられたなら、今年がその年ですね。





で・・・ここで、政木和三さんは、私が想像するに・・・テレもあるのではないかと思うのですが・・・隠匿にとり寿命が延びた、ということを強調されているのですが、私には、むしろ政木和三さんが、他の人に薦めるように書かれています「完全にあきらめたなら軌跡が起きる」的要素の方が、大きいのではないかと感じます。
そして、政木和三さんも、それを良く分かっていたのではないだろうか、と感じてしまいます。




よく「自分で努力したなら、守護神も他の存在も助けてくれるのですよ」という内容を他で読みますが・・・
確かに、22%の世界には、そういうこともあるだろう、と感じます。
ピアノなら練習するとうまくなります・・・それなりに・・・決してショパンコンクールで世界一にはならないだろうと思いますが。
それでも、相当うまくなります。
(政木和三さんは、練習しなくとも弾けました:http://www12.ocn.ne.jp/~agosu1/page002.html



しかし、22%の世界だと思うのです。

残りの78%の世界・・・宇宙が始まった時から決まっていた運命のシナリオは、少し性質が違うのだと感じます。

家の家族は、みなそれなりに努力家です。

父親は、空手の師範の資格を持っていますし、母親は、ダンスの先生の免許のようなものを持っています。
私は資格はなぜか、大嫌いですので(笑)、そういうものは、持っていませんが、普通並かもう少し激しい程度には努力をしますので他の人にできないようなこともでも、できることはあります。

それでも、別に世界一とか、日本一とか、そいうものはないですね。
それでも、良いと思いますが。

妹は、それこそ、資格のようなもので、目を見張るようなものはありませんが、一番運は良いですね(笑)。

本当にだれも知らないような短大を出ていますが、一部上場企業に正社員として2社勤務しました。
寄ってくる男性はみな、いわゆる高学歴、高身長で、性格も良く、顔も(笑)なかなかです。

子供は、2人女の子がいますが、上の子は今年、高校受験で、ICUから何から、すごいところばかり合格しました(感謝)。
みんなで、「そんなに勉強したら、体によくないからやめなさい」と言われているのに、猛勉強したようです(笑)。
ちなみに、ICUはよくないから止めなさい、と言いましたら、「行ってみたら、よくない感じがしたので、いかない」ということでした。

下の子は、どうも超能力者です(笑:上の子もそうですが)

で・・・身内の話は良いのですが、別に私は、家系的にも何的にも、おそらくは、普通以上に努力をする体質です。
ですので、ほっておいたら、他力ではなく、自力でやりたいタイプですが、それでも感じますが・・・自力ではありません。
78%を司っていらっしゃる他力・・・創造主がいらっしゃるように感じます。

そして、私には、どうしても、「私に任せきりなさい。早くあきらめさない」と言っているように感じてなりません。

この「あきらめる」とは、何もするなでもなく、どうでもいいでもなく・・・任せる(委ねる)・・・・・



ただひとつ感じるのですが・・・
精神世界の人や、うまく行っている人の言っている「努力」と、私を含めた普通の人の使っている「努力」は違うものかもしれない・・・と。


それは、ひょっとすると、初めからハンドルの握りしめる度合いが、違うのではないだろうか・・・と、いうことなのですが。


実際はよく分かりませんが・・・それにも増して、人のことは、分かりませんが。


井出さんは、体をやわらかくするために、家がきしむほどのことをした・・・と書いていますが・・・
これは、もう努力ではありませんね・・・私の感覚では。
そんなことをしたら、まず、家の人に怒られます。
そうでなくとも、迷惑が掛かりますので、やりませんね・・・
こういうことをしている自分を「普通」だとか、「常識がある」とか言ってはいけませんね・・・きっと。
私はこういう人は、好きですが、そういう自分をもう少し考えてみると、「努力」と言う言葉は、超えていると感じるのではないでしょうか?
どうでしょうか?

なぜ、そんな非常識なことができるのか・・・・
それは、たとえば、非常識だからではなく、違うのではないだろうか?と感じます。

何が違うかと言えば・・・たとえば・・・時空を信じている度合いかもしれません。
創造主との距離とでもいいましょうか・・・


岡田多母さんは、4でしたか、5で次元したかの神様から、自動書記を命令された時、神様から持ち上げられて落とされても、断ったようです。
人間として、母親としての生を生きたい、ということだったと思いますが。

これも一般的に言いましたら、非常識ですね。
普通・・・神様から直接命令されたら、断りませんね・・・断れません。
私は、それができる岡田多母さんを好きですが。

なぜ、そんな一般的には非常識なことがっできるのだろうか、と想像すれば・・・それは、時空を信じている程度が、普通とぜんぜん違うのではないでしょうか?


政木和三さんも、いろいろありますが・・・
東条さんのことでもそうですし・・・たくさんあるように感じます・・・思い出したら、また記載します。

上でも少し書きましたが、練習しなくともピアノが弾けるということは、どういうことかは、とりあえず分かりますが・・・当人もよく分からないようなのですが、どうも、ピアニストの霊が乗り移り、その間、自分は、良く覚えていないそうです・・・http://www12.ocn.ne.jp/~agosu1/page002.html

ただ、なぜ政木和三さんはそうなのか?
他にも、ドイツの旧家に招かれ、相手はドイツ語なのに、普通に意思疎通ができてしまったり・・・などなど。



要するに、もともと時空との関わり具合(信じる度合い)が、一般とは異なっているのではないだろうか?と想像しますが、どうでしょうか?


もし、そうだとしたら、それを認識することなく、「こうである」と言ってしまうのは、???かもしれません。

実際は、どうかは、良く分かりませんが・・・


時空との関わり方・・・距離が違うとは・・・時空へのゆだね方が違う・・・ということのように感じますが。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?




で・・・何が言いたいのか、と言いますと・・・
どうも・・・船井幸雄さんの今回の病気がなかなか治らないことと、次元上昇で言われているこれまでの流れには、関係があるのではないだろうか?ということなのですが・・・

つまり、78%には、努力とか反省ではなく、政木和三さん、森田健さん式の「あきらめる」が必要なのではないか?ということですが・・・

ただ、この「あきらめる」は、むつかしいのです。
「あきらめる」ことがむつかしいというよりは、政木和三さん、森田健さん・・同じことを言っているのかも分からないのですが・・・の言っていることを、実践するのが、むつかしい、ということですが。

船井幸雄さんなら、できるのではないだろうか?と感じるのです。

そして、もし、それで、病気が治ったのなら・・・それは、意味が大きいですね・・・。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?






さて・・・
森田健さんの不思議研究所に、森田健さんの撮った水玉の写真が掲載されていますが・・・
私は見たとたん「金魚さんみたいだ」と心の中で言いました(笑)。

金魚がこっちを見て、笑っているように見えたからですが・・・

日本人は動物に「さん」を付ける・・・と良く言われますね。

これは、どいうことかと感じますと、動物との距離感が少ない、ということではないだろうか?と感じます。

ただ、いつでも「さん」をつけるかと言うとそうではないように感じます。

私も普通は「金魚」です。

但し、今回は「金魚さん」です。

どう違うかといいますと・・・きっと、「感情」を感じたからではないでしょうか?
「笑いかけている・・・」という。

動物園で、「トラさん」とか、「ライオンさん」と言いますね。

「トラ」、「ライオン」という時もあります。

どう違うかと言えば・・・「トラさん」と言う時は、どうでしょう・・・よくあるケースでは子供連れで動物園に行ったりした時ですね。
そういう時は、子供と同じ感覚になるのか・・・それとも、「トラさん、子供の方を向いてください」と思うのか・・・
つまり、やはりどこか、動物を、人間以下の生き物、と解釈するのではなく、「人間と通じる感情のある生き物」のようなスタンスで捕らえているのではないだろうか・・・と想像しますが、どうでしょうか?


鳩やスズメは、町によくいます。
普通は、「鳩」、「スズメ」ですが・・・
私はよく心の中で話しかけたりしますが(笑)、その時は、やはり「鳩さん、鳩さん」であり、「スズメさん、スズメさん」ですね。


その意味で、「さん」は、「Mr.」とはぜんぜん違う言葉ですが・・・
「さん」も、「よろしくお願いいたします」と同様、英語には、ない表現ですね。

みなさんは、動物に「さん」を付けて呼ぶことはあるでしょうか?

気づいた方は、どう感じるでしょうか?





さて・・・
危ない思いをしている方ですが・・
最低限、胸とお腹には、防御をしておくべきですね。
防弾チョッキのようなものですが・・・



NHKで「二重敬語」というのをやっていますが・・・
「お召し上がりください」は二重敬語だ、という無いようです。
「先生がお見えになる」もそうだ、ということです。

「召し上がってください」が正しいそうです。
ただ・・・「お召し上がりください」でよいのではないでしょうか?

テレビでも、そう言っていますが・・・。

確かに変な二重敬語はありますが・・・

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?




さて・・・・・・
船井幸雄ドットコムからメルマガが来ています。

(引用)

さて、この3月と4月はとくに大切な時だといろいろなところで聞きます。

3月からは、世の中のエネルギー波動が良く変わり、上昇し、良い意味での
「変容」の時期に入るようです。そしてそれを迎えるために1、2月は
「浄化」の時期だったようです(作家・佳川奈未さんの情報などより)。

そして船井会長のところにも、いま強いエネルギーが注がれているようです。

また、「今が大切な時だ」と言われても特に怖がったり焦ったりする必要はないでしょう。

こういう変化の時代こそ、基本をしっかりとさせることが大切です。すなわち、

(1)人間性を高め、(2)世のため人のためになることをし、ならないことをしない、 
(3)働き、学び、前向きに生きる

ような生き方が良いようです。基本はシンプルなことなのですね。
一人ひとりがプラス思考で、地に足をつけて、目の前のことに一生懸命取りくんでいたら
きっと明るい未来が待っていることでしょう。楽しみですね!

(以上)


発行責任者は、藤原かおりさんという方になっています。



3,4月に、大きく何かが変化する・・・改善する、というのは、なんとなく感じますね。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?







いろいろ感じますが・・・
鷹のような鳥がいますね・・・大田区大森辺りですが・・・
そらを見ていますと、旋回しながら飛んでいる大き目の鳥を2度ほど見かけました。

以前からいるのでしょうか?
あまり見たことがありませんが。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?




で・・・危ない思いをしている方ですが・・・
危なくなくなったようですね。

良かったです。




で・・・・
自転車が速いですね・・・
気のせいでしょうか?

精神世界的に考えれば、時間が短くなりましたので、無意識にそれを是正しようとする気持ちが働き、自然に速くなってしまう・・・ということかもしれませんが。

今は、24時間が16時間ぐらいになっているようですが・・・(もう少し古い情報かもしれません。もっと短いかもしれませんが)。

気づいた方々は、どう感じるでしょうか?





さて・・・
ベンジャミンさんhttp://benjaminfulford.typepad.com/benjaminfulford/ ですが・・・

http://www.768.jp/ondemand/viproom/archive/16.phpで、原千春さんに番組に出演した模様を見るころができます。

原さんは・・・にんげんクラブの会報でしたでしょうか・・・船井幸雄さんの何かで、インタビューが掲載されていたものを読んだことがありますが。

とてもきれいな画質の動画で見れますので、どうぞご覧ください。

どうも、ヒトラーはロスチャイルド系の人だったようなことを話しています。
そのほかにも、いろいろな話を聞く頃ができます。




さて・・・
どうでも良い話ですが・・・NHK教育の英語のレッスンの番組があるのですが、ハワイを紹介していますので、たまたまチャンネルをあわした時にやっていますと見るのですが・・・
そこに老夫婦(中年より少し上ですか・・・)が登場するのですが、昨日までだれだか気づきませんでしたが、チェッリッシュのお二人でした(笑)。

姿を見るのは・・・おそらく10年くらいぶりだろう・・・と思いますので無理もないのですが、
お元気なようです。

歌も歌っているのでしょうか?
もっと歌も歌って欲しいですね。
私はあの歌声は昔から好きです。
(少し”ヤッターマン”の女性の方に似ていますね)



しかし、分からないものですね・・・以外と
気づいた方々は、どう思うでしょうか?



もくじ

 



 

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